Side:小夜
任務内容は、ヴァルザー子爵を継承したシュウ殿の補佐――そして監視。命令は唐突だったが、それに異を唱える理由はない。私たちは、常にそうしてきたのだから。
対象者は騎士養成校"ガーデン"への編入予定、私の任務は補佐官として、また妖精機の騎兵となる子爵の従騎士として振る舞い、彼を助け、実現可能性があれば懐柔すること。
そして、王国に仇成すとあれば彼の研究成果を奪取し、秘密裏に処理すること。
今回、ヴァルザー家再興のニュースはヴェルセリス公爵家が後ろ盾となり大々的に公表された。
若き天才が、独自の技術で新たな妖精機の技術体系その雛形ともいえる形を作っているというものだ。
公爵家が後ろ盾となる以上、迂闊に深入りしようなどとは常識的な貴族は思わないのだが、それ以外となれば話は別だ。取り込んでしまおうと接近してくる者、力付くで研究成果を奪おうとする者を炙り出し、それらを捕らえる事も我々の任務なのだ。
だというのに。
彼を出迎えた初日、早くも計画が暗礁に乗り上げた。
新たなヴァルザー家の当主であるシュウ殿は公爵閣下から聞き及んでいた通り武術に精通しているようで、気配を殺すのが非常に達者だった。
足音を立てる、立てないも自在で、極めつけは妖精機を全くこちらに気付かせず屋敷内に搬入してみせていた。
気配が掴めない。
足音を残さない。
視線すら感じさせない。
――監視が、出来ない。
その日の夜、突然彼に散歩へと誘われた。月明かりに照らされた庭先で、彼は突然話を切り出す。
「セレス、君は結構戦えるだろう?」
「――何故そのように?」
「今日紹介された使用人達は全て足捌きや身体つき、視線の配り方――戦闘経験が長い者のソレだ。君も含めてね、詮索はしないが、荒事を内々で処理する技能者が集められたんだと認識している」
心臓がドクンと跳ね、脈が上がる。一体どんな経験を積めば、そこまでの事をこの短時間で見抜けるというのか。
「俺もこの身分を利用させてもらう立場だから、君達のやり方に文句は言わないし、それなりに信頼するつもりでいる。その証明に私の実力を少しお見せしよう」
「は――」
そう言って彼は、庭先から周りをグルっと見回して、徐に指をさす。
「一人」
反対方向へ向き直る。
「一人」
そして屋敷の裏手に向き直り――
「そして二人だ」
「あの、シュウ殿?」
そう言って彼は私の隣まで歩み寄り、不意に告げた。
「今日、忍び寄ってきた不審者達がその方向で伸びている」
今度こそ、心臓が止まるかと思った。
「俺に力で以て干渉してくる奴は、力で対応するということだ。腕に自信があっても、くれぐれも暴力で訴えて来ないようにな」
「なぜ、それを私に?」
「一人ずつ来ていた奴らは余所者だろうが、裏手の二人は君の仲間だろう?」
「っ――どうして」
「使用人だったじゃないか。変装していても分かる。俺には優秀な目があるんだ」
一体いつから――
散歩に誘われる前の夕食時には、何ら変わった様子は無かった。
何とすれば料理の味を絶賛し、調理担当者を褒め殺していたぐらいだ。
我々の目を盗んで、これほどの行動ができる。シュウという男の実力は我々では全く推し量れない領域にある、そのような気がした。
これは拙い、非常に拙い。
"彼と我々が対立するような構図は、避けるように"
任務が下された際の一言が脳裏を過る。
他の要員達が秘密裏に背後関係などを洗うという情報はあった。
彼の素性を調べる手掛かりの為に格納棟へ忍び込み、妖精機を調べるというのも理解はできる。
だが今回はそれが完全に裏目に出ている、疑念の目が、私に突き刺さる。
信頼関係の構築もままならない初期段階でなんという失態をしてしまったのか。
「一体どういうつもりだ?」
ドクドクと脈が早まる。彼から、眼に見えない重圧が圧し掛かってくるようだ。
本能が、命の危険を嫌という程にかき鳴らす。
考えるより先に手が、足が動く。いや、動いてしまった。
相手の力量も測れずに仕掛けるなど愚の骨頂だというのに、恐怖を振り払うかのように駆け出した私は、腰に仕込んだ短刀を振り払う。
一瞬の浮遊感、ぐるりと視界が回転する。私は認識できない速度で投げられたのだと理解した。次の瞬間、背中を地面に打ち付け、頭を打つ――そう思った。
だが意外にも彼の手が、私の頭をそっと支えていた。
実に無様な話だ。私はそれを、図々しくも有難く感じてしまった。
頭が冷え、急速に理性を取り戻す。ああ、私は何ということをしてしまったのだろう。
任務が本格化する前に失敗してしまった、しかも原因が新人を脅すような威嚇となれば、私の籍など残らないだろう。いや、生かしておくメリットすら無いかもしれない。
「おっとすまない、怪我は無いか?」
何故、私の失態に彼が謝るのか。事もあろうに凶器を持って襲い掛かった私に。
「何故――」
「脅したのは俺だ。君達の振舞いは責任者が謝罪すれば不問にするつもりだ。そうすれば、君は変わらず優秀な補佐官を続けてくれるのだろう?」
そう言って私を軽々と引き起こし、更には背中の汚れを払い、彼は続ける。
「レオン公に伝えてくれ。何か希望があるなら正面からお願いすると。そして出来る限り協力はするつもりだが、コソコソと動かれるのは不快だし、今回ぐらい分かりやすくなければ手加減はできないと」
用は終わりだ、片づけを頼むと告げて彼は屋敷に戻ってしまった。
「これは、どうしたら...?」
私の問いに答えてくれる人は居なかった。




