鷹の問答
半壊した家屋の数々、そこかしこに夥しい量の黒泥がぶち撒けられた大地を、4機の妖精機が注意深く調べていた。
『フィガロス騎士団です!誰か居られませんか!』
生存者の捜索を行いつつ、黒泥の中に埋もれた魔核を回収していく。
『凄いな、これを本当にあの男が?』
魔核はどれも暴走級と断じて構わない大きさだ。
村の入り口で出会った男の話を鵜呑みにするならば、これらは全てロックフリンガーだったというのだから当然だ。ただでさえその危険度から暴走級として分類されているロックフリンガーがヴォミド化しているのだから、品質でいえばかなり上等な、ともすれば災害級に迫りうるモノさえあるだろう。
『怪しいものだ、隠れてた間にコイツらがドラゴンに滅ぼされたってほうがまだ頷ける』
『だが、魔核はこんなにも綺麗に切断されている。魔物の手では不可能だ』
『なら流れの1級傭兵か?』
『それこそありえない。傭兵達が魔核をわざわざ放置してここを去るか?』
『それもそうか』
妖精機の動力源としてヴォミド化した魔核は非常に都合が良く、狙って手に入れるのは困難な為希少だ。故に価値が高く、倒せるのであれば傭兵達にとってはお宝だ。
『ならば本当に、あの男が?』
『—―――』
その非常識な可能性に、騎士達は言葉を失う他無かった。
現在地、キヴの村――つい先ほどまで魔物の群れが跳梁していた、今では風すら息を潜める焼け跡の一画である。
そこに立つのは私ことシュウ、当面の身分は傭兵組合の新人傭兵。有り体に言えば今は無職の男。
今、私の眼前にいるのは、公爵。そう、フィガロス王国の公爵などと名乗る男、レオン・フィガロス・オブ・ヴェルセリス。
「この状況、あなた一人の手によるものだと?」
状況を整理しよう。私は現在、彼から極めて丁寧かつ“好奇心に満ちた”聞き取り――すなわち尋問を受けている。もっとも、形式は尋問でも、応対はまるで茶会のように穏やかだ。
レオン殿は一見して隙が無い。鷹のような鋭い眼光と、滑らかな物腰を併せ持つ。先日、傭兵組合で出会った熊のような男(名前は失念)とは対照的で、理性と洗練の塊だ。おそらくIQも、あの熊とは三桁ほど違う。
問題は、こちらが嘘をつく余地がないほどに、彼が「聡い」ことである。
今後、彼との友好関係を維持できるかどうかは、こちらの弁明スキルにかかっている。だが、異世界人であるという事実をどう説明すべきか? 率直に話せば狂人扱い、隠せば矛盾の山だ。
はて、地雷原をダンスする妙案はあるだろうか?
「恐れながら閣下、私は世間一般で言う所の、所謂普通の傭兵ではありません」
「――続きを聞こうか」
「私は故郷を失い遥か遠方よりこの地に参りました。武力という一点において一日の長があり、縁あってお世話になった傭兵団から傭兵登録を奨められて今に至るのですが、正直な所私も困っているのです。このような過酷な戦闘が度々起こるような地では先が思いやられる。おまけに閣下のような方から見れば変に目立って怪しい存在となります。その為の疑いを晴らす準備など態々する訳も無く、これでは私の目的の達成がいつになるやら知れたことでは無いと――」
「つまり君は、自らの腹の内は伏せたまま、こちらの関心を逸らし、都合よく協力を引き出そうと?」
失敗だ。1分も持ち堪えられなかった。
馬鹿正直に話す事も無いが、嘘というわけでもない。それでいて相手の気になる話題へ誘導する。そんな思惑を完全に見透かされていた。やはり熊男よりIQが4桁ほど違う。
「降参です。私は閣下に何を答えればご満足頂けるでしょうか」
腹の探り合いなど趣味では無い。下手に気分を害されるぐらいなら正直に聞いてしまおう。
「名は? 所属は? 目的は?――そして、我が国への敵対の意思はあるか?」
ありふれた、先程も聞かれた内容だ。要は"嘘偽りなく話してみろ"とのことだろう。
「名前はシュウ、所属は無し、厳密に言えばこの地にどんな組織があるのか、国の配置すら分からぬ世間知らずです。目的は私の相棒である機体、こちらで言うところの妖精機が破損しており、修理の目途を立てたいです。あとは普通に暮らしていけるだけの稼ぎ口と衣食住の確保です。敵対の意志は毛頭御座いませんが、悪意や暴力には、相応の武力で以て応じますので、相手次第です」
「ではここの戦闘は君の妖精機で?姿が見えないが」
「いえ、はい閣下、ここでの戦闘は組合から同行した者の妖精機を借りました。途中数に押されてからは機体を降りて各個撃破した次第です。私の機体はなるべく人目に付かないよう使用を控えています」
「それは異邦の技術が狙われる事を危惧して?」
「それも無いとはいえませんが、単純に強力すぎるからです」
閣下の鋭い目が更に強くこちらを見据える。
『報告します!』
その時、村の内部を捜索していた妖精機が帰還し、レオンの前で膝をつく。
『村の外にあった巨大な魔核を合わせて、推定80個の魔核を回収しました!何れも暴走級、村の外にあったひと際大型のものは災害級と推定されます』
「ご苦労、生存者は」
『は!村長宅の地下室に少女が1名、衰弱しておりますが生きておりました!ただいま応急処置を施して休ませております!』
「よろしい、他に生存者が見られないのであれば、一先ず帰還します。その少女の護送は任せましたよ」
『は!』
妖精機に乗ったレオンの部下は立ち上がると、足早に村の方へ戻って行く。
「例えばですがここで倒した魔物達は、君の機体で戦えばどの程度で倒せるのですか?」
「事実を率直に述べれば、逆に嘘と疑われかねませんが――それでもよろしいですか?」
「言ってみなさい」
「前準備も一切無く、5秒とかかりません」
「―――」
「ご参考程度にではありますが、私が縁あって助けた傭兵団は、空艇を丸のみできそうな竜のヴォミドに襲われておりました。それを排除するまでに掛かった時間は――」
〈23秒〉
「23秒です」
ありがとうアイリス、君のおかげで閣下が黙ってしまわれた。話を盛り過ぎただろうか、いや実際に起きたことなので盛るもクソも無いのではあるが、もしかするとお立場の都合でフレイの戦力を聞いて様々な政治的問題を憂いていらっしゃるのかもしれない。だとすれば恐縮だ、要らぬ心労を与えてしまったかもしれない。
「――成程。確かに、君の言う通りだ。あまり目立つと、周囲が騒がしくなる。……それと、ひとつ提案がある。君に協力できるかもしれない」
「おお、内容を伺っても?」
このような根無し草に対してそこまで考えて頂いていたとは、この世界の貴族というのは大変真面目でいらっしゃる。これからは創作物のイメージで応対してはいけないだろう。
「ああ。ただ――ここで話すには少々、都合が悪い。まずはリオネスカへ戻ろう。詳しい話は、それからだ」




