苦戦の仕方
傭兵組合の混雑する時間は朝と夕方、そしてお昼前である。
傭兵達が仕事に向けて依頼の受注と出発する朝と、完了報告などの処理を行う夕暮れ時は特に混雑するが、お昼前には、依頼人からの新規依頼がよく集まるのだ。
時間の掛からない依頼であれば、午後の便で完了して報告できるので、その日暮らしの傭兵達にとって臨時収入足り得る為、手隙な者は訪れるという寸法だ。
よって、職員達の休憩もお昼を過ぎた辺りでまとまって取るのが慣例となっており、ここ傭兵組合リオネスカ支部においても、閑散としたアフタヌーンに組合職員達の談笑する姿が見える。
そんな時だった。
「大変だ!応援を頼む!」
バァンと扉を弾くように開けて飛び込んできたのは、今朝がた妖精機を伴ってキヴの村に向かったウェンツだった。
「っだぁぁ!キリが無いぞ!」
皆さんこんにちはシュウですいかがお過ごしでしょうか。
私はトイレ休憩すらままならないまま薄汚い猿どもを切り伏せる作業に邁進しています。なんと素晴らしい仕事だ。最高ですね訴えてやる。まぁ訴える先が無いんですけど。
ロックフリンガーを倒した後、ウェンツとこの後の処理について相談していた矢先、キヴの村からロックフリンガーが一回り小さくなったような、小さな猿が複数体現れた。
そのどれもこれもが黒泥に塗れたヴォミドだ。
何体も、何体も、何体も――
逃げようと喚き散らすウェンツに応援を呼びに行くよう伝え、自分はネイキッド・ディナ・シーにもう一度乗り込み注意を引くために群れへと突っ込んだ。
正面の猿たちは素手や棍棒を持った個体で、勢いのままに切り伏せ、受け流し、叩き潰した。そこまでは良かったが、四方を別の個体に囲まれて投石されてからは流石に躱し切れず、装甲も外したディナ・シーでは当然耐えられるはずもなかった。バキンバキンと砕け散る筋繊維の結晶、機体が重量を支え切れず倒れ込む前にハッチを開放し飛び降り、直剣を抜いて走り出したのが数分前。
ウェンツにみられる心配が無くなったので、素粒子エンジンを用いて加速しロックフリンガー達の心臓を次々に突き刺して行く。
臓物ではなく岩を砕いたような感触がすれば魔核とやらを割れたのだろう。黒泥を噴き出していたロックフリンガー達がそれだけでたちまちに崩れ落ちていく。
〈お手伝いしましょうか?〉
〈いい、多少は面倒だが一人でやる。フレイの痕跡はあまり残したくない〉
無線越しにアイリスが話しかけてくる。
エアに助言を受けてからフレイの隠し場所を考えていたが、結局の所光学迷彩を電力の心配無く使用できるEL.F.なのだから、高空で随伴させていれば良いだけという結論になり今のような状態になった。高級なお守りみたいなものだ。
無心で猿の群れを切り刻んでいく。泥を噴き出すので身体が泥まみれになってしまって大変不快だが、鼻の曲がりそうな臭いも慣れてしまえばどうということはない。
〈アイリス、あと何体だ〉
〈処理済みが50、残りおよそ30です〉
〈了解〉
カウントアップをアイリスに任せて、身体の動きに集中する。
飛んでくる石を躱し、飛びかかってくる敵を突き刺す。四肢の感覚と心肺機能に意識を向ければ、身体の疲労度がなんとなく掴めてくる。
「はは、生身の身体も中々面白い」
ロックフリンガーが囲むようにタックルしてくる。回避の為に高くジャンプすれば、見計らったかのように4方から別個体が勢いよく飛んできた。
だが勢いが良すぎる。まるで岩を投げつけてきたかのような――
――なるほど別の猿がこいつらを投げつけてきたのか。
ヴォミドというのは理性が失われた狂獣ということらしいが、どうもそれでいて知恵が回るような動きをするじゃないか。
或いはこれも狩猟本能か何かの残滓なのか。
空中で捕まえられる直前に真下へ急降下する。標的を失ったロックフリンガー達が空中で衝突して落下してくると、同じく地面で群がっていたロックフリンガー達を足蹴にしながら上方向へ刺突を繰り返し、次々に串刺していく。
〈残り16〉
再び岩が無数に投擲される。
やはり速い、ロックフリンガーと名付けられるだけはある。長い腕を鞭のようにしならせて投擲するそれは、時速にして300キロは超えようか。
生身の肉体でそれを受けてしまえば、たやすく身体に巨大な風穴が空くことだろう。
「なるほど暴走級か、確かに脅威なのだろうな」
迫りくる岩を前にして、一気に加速する。
四方八方から致命の投擲物があろうとも、それらより速く1方向に動けば、躱すのは1方向からの岩だけでよい。
日常的に時速4000キロオーバーの世界で戦う為に調整した脳の反応速度を以てすれば、この程度はウォームアップにしかならない。
物理的に身体の反応が間に合わない部分に関しては、素粒子エンジンが背中を押し出す。強烈な横Gが襲い掛かるが、過剰なほどに強度を高めた肉体は内臓損傷にすら至らない。
無駄に拘った自分の身体だ、こんなことを期待していた訳では無いがなんだかんだ役に立つと得したようで嬉しい。
飛来する岩が僅かに掠めることすら許さず接近し、次々に刺突していく。
〈残り12〉
ああ、楽しい。
〈残り8〉
もう終わってしまう。
〈残り4〉
終わってしまう?
〈残り2〉
残り2体のうち1体の魔核を刺し貫き、動きを止める。
「いかん、忘れていた」
今回、ほどほどに苦戦する予定だったのをすっかり失念していた。目立ちすぎるのも反って面倒なことになりかねない。
剣を抜かず、そのまま背負い投げるようにフルスイングする。
黒泥にまみれた猿を地面に叩き付けると、泥が勢いよく飛び散り、魔核が致命的な損傷を受けた影響でそのまま抵抗無く崩れ落ちていく。
重量物を串刺しにして地面に叩き付けた直剣には、致命的な亀裂が入っていた。
「あ、エアには謝らないと・・・」
『アァァアアアアアアアア』
悲鳴のような奇声を上げて、最後のロックフリンガーが太い棍棒を振り回して飛びかかってくる。
「っふ!」
振りかぶる棍棒目掛けて、剣で刺突。耳障りな破断音と共に剣は柄の真ん中から折れ、剣身の半分が棍棒へと突き刺さる。
衝突した衝撃でロックフリンガーの手から離れた棍棒を飛び上がり奪い取ると、顔は泥に塗れて表情はハッキリしないが、驚いているようにこちらを見た。
棍棒で頭を叩き潰し、心臓部の核をめがけて横薙ぎに打ち据えれば、力なく倒れ肉体が崩れ落ちる。
〈お疲れ様です指揮者〉
〈アイリス、周囲の索敵は〉
〈こちらに接近する機影があります。数は5、望遠上の照合ではディナ・シーと呼ばれた機体と似ています。方角はリオネスカ方面からですので、援軍の可能性が高いかと〉
援軍、ウェンツと組合の仕事が随分早い。頭はポンコツでも部下は優秀なのだろうか、しかも5機とは。
リオネスカの傭兵って本当は羽振りがいいのか?俺だけ虐められた感じ?
〈なあ、これってパワーハラスメントってやつだろうか〉
〈それはより力の大きい者が弱者に対して行う嫌がらせという意味です。彼らではパワーが絶対的に足りていません〉
語気が強い。ちょっとアイリスさんは不満気だった。
否定しつつも、人の悪意というものにアイリスも思う所があるのだろう。
〈それで、どうするのですか?〉
〈もちろん助けてもらう。俺は今強大な敵の大群を討ち果たして満身創痍なのさ。もう指1本動かせないよ〉
〈よく言いますね〉
全身泥まみれのまま村の入り口で座り込んでいると、砂埃を巻き上げながら槍を前方に構えて疾走してくる機体達が見えて来た。
アイリスが計測した時点で時速にして140km/hほど、どうも槍に推進器が取り付けられていて加速しているらしい。
重量比で見ても素晴らしい機動力だ。そのまま運動エネルギーを突進に転用できるのも合理的だし、捨てれば推進器が重荷にならないのも良い。
距離200メートルほどに近づいてきたので試しに手を振ってみると、妖精機部隊はすぐに気付いて正面へと駆けて来た。
入口の前で機体が整列し、槍を構えて周囲を警戒する。
中央に立つ外套やエングレービングが施された隊長機のような機体が見下ろして、話しかけて来た。
『私はフィガロス王国軍のレオンという。君はこの村の生き残りか?ヴォミドは?』
「討伐に来たシュウだ!ヴォミドなら倒した!」
『何?話では多数のロックフリンガーがヴォミド化しているという話だったが』
「ああ!大型のが1,小さいのがざっと80だ!」
『私はあまり冗談が得意ではないんだけどな、アレは強力な個体だ、本当にロックフリンガーを?』
「そうだって言ってるだろう!核がその辺にボロボロ落ちてるんだから確認しろよ!っていうか降りてきて話せよ!なんで俺だけ声張り上げなきゃいけねーんだ!虐めか?これも虐めなのか?こちとら腕も上がらんぐらいヘトヘトだ!これ以上疲れさせないでくれ!」
『貴様!この方を――』
レオンの隣に居た機体から憤慨した声色が響き渡るが、それを制したのはレオン自身だった。
『止せ!ロブ、君の忠義は有難いが時に気持ちが走り過ぎるのが良くないといつも言っているだろう?』
『ですが!』
『君が怒った気持ちは嬉しい。だがそのせいで、私は彼にしなければならない謝罪が増えていくんだよ』
『このような下民に謝罪の必要など!』
『ロブ、これで謝罪がもう一つ増えた。まだ増やすつもりか?』
声は穏やかだが、極限まで研ぎ澄まされた刃から冷気が滲むような冷たさを感じた。
『――申し訳ございません』
『君の能力は高く買っているからこそ、敢えて言っているんだ。分かってくれ』
『はい、閣下――』
『うん、じゃあ各機は周囲を索敵し、核の回収と生存者の捜索だ!私は彼からもう少し話を聞かせてもらう』
そうして各機が散開し、レオンの機体がこちらの目の前まで歩いて来ると跪く、コックピットが開き、そこから飛び降りて来たのは金髪藍眼の美男子だった。
「改めて、私の名はレオン、レオン・フィガロス・オブ・ヴェルセリス。ヴェルセリス公爵家の当主であり、軍部監査長官でもある。軍ではレオン・ファルクという名で通っている。部下の非礼をお詫びする、この通りだ、許して頂けるだろうか」
そういってレオンは腰を直角にして深々と頭を下げた。
良いんだろうか、貴族というのは下手に謝罪とかしないモノなのでは。公爵といえばとんでもなく偉い人だと思うのだが。
「気にしないで下さい。それより――」
頭を上げて下さい――そう言おうとして、突然腹がギュルギュルと鳴り始めてしまった。
「ふっ、腹の虫が鳴るほど元気が余っているのかい?君は凄まじいね」
「トイレ!」