離脱ー1
薬の離脱に2〜3日かかる。
赤の戦士は戦いに出る前、恐怖心を失くす為に薬を飲まされる。
その薬は、人間の凶暴性を引き出し、五感全てが研ぎ澄まされ、痛みさえ感じなくなる。
リミッターが外れている状態だ。
そして、命令遂行のみに向かって戦場に出る。
俺と少年の双方の安全の為に、体が痺れる薬をほんの少し使った。
それは、とても危険な毒薬で、摂取量や投与の間隔を間違えれば死に至る。
できれば使いたくない。
でも、そうでもしないと太刀打ちできないだろう。
その日の深夜から、それは始まった。
傷口の様子を見ている時だった。
例の赤く光る鋭い目を見開いたかと思うと、拘束された少年の手に俺は髪の毛を掴まれた。
そして、それを指でどんどん手繰り寄せてくる。
俺の顔がその指に触れようものなら、コイツは俺の目をえぐりにかかるだろう。
ゲンガーがポケットからナイフを取り出し、俺の髪の毛を切って事なきを得たが、
「ナイフを捨てろ!武器になるものは、コイツに近付けるな」
そうこうしているうちに、今度は足元からバキバキと音が聞こえてくる。
関節を外して、拘束を外そうとしている。
「ゲンガー!ロープを持ってきて、もう一カ所拘束してくれ」
ゲンガーが片足ずつ拘束している時に顔を下げてしまった。
膝に捕まった。
ゲンガーの顔にどんどん両膝で圧力をかけていく。
このままでは、ゲンガーの頭蓋骨が潰されてしまう。
「すまない」
そう言って、少年の顔を思い切り殴った。
気絶してしまったのか、目を閉じ大人しくなった。
「何だ、コイツは!許さんぞ!」
と怒りまくるゲンガー。
両膝も拘束しないといけないな。
大人しくなった隙に、薬を飲ませて少し眠らせる。
その隙に、傷の手当てをする。
俺が思い切り殴ってしまったせいか、首の傷が少し開いて出血してしまった。
全ての処置をし、疲れ切った俺達はやっと椅子に座った。
そんな事が3〜4時間おきに起こる。
時には、眠っているかと思い、傷口を見ようとした俺に肘鉄かましてきたり。
時には、手をバキバキいわせて、危うく拘束を外されるところだったり。
時には、ゲンガーが押さえつけすぎて、腕の骨を折ってしまったり。
その度に拘束と治療が増えていく。
「すまないな」
そう言って、眠りについた少年の白い頭を撫でてやる。
3日目になったところで、目を覚ましても少し大人しくなった。
今迄とは違い、力の無い虚ろな赤い瞳でただ天井を見つめ、手や足をユサユサと動かすだけになった。
まぁ、その様子も不気味ではあったが。
その夜、ゆっくりと見開かれた少年のその赤い瞳から狂気が消えている様に思えた。
俺は声をかけながら、彼の瞳に灯を当てた。
ずっと縮瞳していたその瞳孔が反応するようになった。
「どこか痛い所はないか?」
その時初めて目が合った。
少年は答えず、目を逸らしてしまった。
「すまなかったな!辛かっただろう?傷が治るのにまだ時間はかかるが、お前はこれで自由だ」
チラッとこっちを見た。
拘束を外す前に言っておかなければいけないことがある。
これは、赤い戦士として死を宣告するようなものだろう。
いや、もっと酷なことだろう。
でも、これを言っておかなければ、この少年に次の人生はやってこない。