赤と青の出会いー1
昨日までの激しい戦いがピタリと止んだ。
戦いとなっていたこの地は、元々遊牧民たちが羊たちを放牧する為の地だった。
冬が近くなり枯れた山の斜面で、遊牧民たちは立ち往生を余儀なくされている。
俺も然りだ。
「今のうちにここを通らないと、またいつ戦いが始まるかわからん。ここを南西に向かえば、羊を放せる山がある。その先には町もある。急いで渡ろう!」
昨日まで戦場だったその地は荒れ果て、死体がゴロゴロ転がっている。
できるだけ死体は避けて通るが、どうにもならない時は、幌馬車の車輪が死体を踏みしだかなければならない。
バキバキと骨を砕く音が耳に残る。
その死体の中から生存者を見つけた。
「手当てをすれば助かるかもしれない」
「ウルフ先生、そんな時間はない。やるなら早くしてくれよ!」
俺は馬を幌馬車の後ろに付け、助かりそうな3人を中に乗せ手当てをした。
ひとりは腕が切断されている。彼に包帯をきつく巻き付け、俺はまた青い幌の中から生存者を探した。
数メートル程先の光景に、俺の目は釘付けになった。
荒れ果てた戦場だった地に、火が燃え立つかのように、真っ赤な布が翻っていた。
そこにいた誰もの目を引いた。
俺は幌馬車を降り近づいて見た。
真っ赤な布とは対照的な、真っ白い肌と髪の毛。
横たわるその顔を覗き見ると、まだ少年だ。
赤いマントを羽織った美しい少年だ。
その少年の口元に耳を近づけてみる。
「まだ息がある」
「うそだろう?矢が4本も刺さってるぜ」
「首を貫通してるぞ」
「この赤い奴を助けるのか?」
「誰か手伝ってくれ!慎重に運んでくれ」
毛布を持ってきて少年を乗せ、矢に触れないように慎重に幌馬車に運び込んだ。
再び動き出した揺れる幌馬車の中で、工具を使って慎重に飛び出た矢を切り、甲冑を外す。
そして、中を傷付けないように矢を抜く。
胴体に撃ち込まれた2本の矢と腕に刺さった矢は、驚くほど致命傷を外れている。
首を貫通している矢は、この揺れの中では無理だ。
傷を慎重に処置し、薬草を付け清潔な布を貼る。
「すまないが、先にこの馬車を走らせてもらえないか!そして、近くで馬車を停めてくれ」
「ちょっと先に寺院がある。そこまで走らせましょうか?」
「頼む。余り揺らさないようにしてくれよ」
「そんな無理言わないで下さいよ」
そう言いながらも、ベテラン御者は慣れたものだ。
走らせること数十分で寺院に到着した。
しかし、前日までの戦いで、寺院は怪我人で溢れていた。
「俺がここで処置をするから、アルコールと綺麗な布と灯を貰ってきてくれないか?」
手をアルコールで消毒し、少年の首元にもアルコールをかける。
傷口に指をゆっくりと突っ込みながら、矢を引き抜く。
首を貫通した矢も、驚く程致命傷を外れている。
しかし、喉が少し傷ついている。
声を失うかもしれない。
傷口を少しずつ広げ、喉の傷を縫う。
少年の呼吸はまだ弱いが、これほどの傷を負いながらも、出血は少ない。
助かるだろう。
「終わった」
「さすが医者もどき。お見事でした」
ふと隣を見ると、内臓が飛び出した男はすでに事切れていた。
すまない。
その足元の腕を切断した男も、すでにかなり出血していたのだろう。
もう長くはなさそうだ。
その男の隣に行き、残っている手を握った。
「すまない。あなたはもう長くはない。名前は何と言う?」
小さな呟きを聞き漏らさぬよう、その口に耳を近づけた。
「ゴロン村のボルだ」
「家族に言い残す事はないか?」
涙を流しながら、その男は言った。
「妻に愛していると、そして、息子に母さんを頼むと」
そう言うと、男は数分もしないうちに息絶えた。
俺は、その男のポケットを探り、形見の品を白い布に包んだ。
「必ず届けるとも」
御者が、顔の前で十字を切った。
その後遺体となったふたりを寺院の死体安置所に運んだ。
敷地内に溢れる死体を、近隣の村の者が次々に運んで火の中に放り込む。
胸が痛くなり、吐き気を催す光景だ。
そして、もう一人の男を寺院の医師に頼んで、幌馬車に戻った。
「もうひとつ頼まれてくれないか?俺とこの子を、近くの町まで送ってくれ」
「この子も連れて行くのかい?赤の戦士だろう?」
「赤の戦士だからだ。この子も人間には変わりない」
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