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第八話

 翠のエクソシストをしてから数日。琴羽はいつも通りの地味で平凡な生活に戻っていた。


 翠は父から聖書の勉強を受けるため、週に数回教会に来ていたが、悪霊が戻った様子はなく、健康そのもの。仕事も忙しくなってきたようで、琴羽へのストーキング行為は完全に無くなった。


「聖書の勉強は進んでいる?」


 琴羽はコーヒーや菓子をもち、礼拝堂で聖書の勉強を受ける翠に声をかけた。


 今は金曜日の夕方だ。あのエクソシストの日から四日がたっていたが、顔色は良好。イケメン御曹司らしく、スーツ姿も髪型も様になり、礼拝堂にいるのは、少し浮いてはいたが。


 それのしても翠はかなりの甘いもの好きだ。琴羽が菓子としてクッキーを持っていったが、すぐに食べ、うっとりと目を細めていた。普段、温厚な父も少し引き、頬の辺りが引き攣っていた。


「いや、でも翠くんはに見込みがいいよ。聖書の言葉もすぐ覚える」


 父は咳払いし、誤魔化すように翠を褒める。


「えー、嬉しいな。牧師さんに褒められるなんて」


 翠は嬉しさを隠しきれないらしい。外見はイケメン御曹司ではあるが、中身は少し違うようだ。


 琴羽も父の隣に座り、もう一度目の前にいる翠の様子を観察。特に目の様子を観察。悪霊が戻ると、目の雰囲気や表情が変わる時もあるが、今のところ、そんな兆候はなかった。エクソシストした時と同様、つきものが取れたようなすっかりとした雰囲気。


「あれから様子は? 悪霊が帰ってきたなーという雰囲気や気になる事は?」


 その点はエクソシストをしている琴羽が一番気になる事だった。


「いや、ないね」


 翠は天井の方を見つつ言う。琴羽が観察するような視線を向けていたので、少々居心地は悪そう。


「そう。念の為、スピリチュアル、神社参拝、エロい動画閲覧、暴飲暴食、飲酒で酔い潰れる事などしていない?」


 これも気になるところだ。これは聖書でいう罪。罪というと犯罪者のようだが、悪霊を舞戻す足場になる。


 この、エクソシストをしたすぐ後は、一番デリケートで神経を使う時だ。酷い場合、悪霊は仲間を連れ、舞い戻り、前より悪くなる。琴羽はついこ口元に力を込めて言ってしまうが、父には止められた。


「おいおい、琴羽。今の段階で罪とか厳しいこと言っても躓きになる」

「そうだけどー」


 当の翠くを無視し、親子で深刻になってしまうが。


「あ、二人とも! そんなナイーブにならないでよ。大丈夫だよ。今は何も困った事ないから」


 そこに割って入る翠。無邪気な子供のような笑顔を見せ、琴羽も父も毒気を抜かれてしまう。


「まあ、琴羽が心配しすぎだ。最強の神様がついているのに、心配する事の方が聖書に反して罪では?」


 父も翠についたらしい。ここまで言われると、琴羽も押し黙ってしまう。


 確かに父の言う通り。聖書には「おそれるな」という勇気と励ましの言葉がたくさん出てくる。人の心配する思考も悪霊の足場になる事。琴羽は思い出し、さらに何も言えない。


「というか、こんな無料で悪霊追い出しや聖書勉強してもらって悪いよな。そうだ、今度お礼しますって。三人で高級ディナーへ行きましょう」


 翠は高級フランス料理やイタリアンレストランの名前を出す。サラリと高そうなレストランの名前が出てくる事に琴羽は完全に言葉を失う。


「いやいや、翠くん。そんな高級ディナーとかいいから。感謝の気持ちは全部イエス様に捧げてほしい」

「そ、そうよ。私たち、エクソシストも聖書勉強も好きでやってるエンタメみたいなもんよ」


 ここでようやく琴羽も反論できた。


「は、エンタメ?」


 翠はこの単語にやたらと反応。


「ええ。エンタメ。今までもお金は一円も取ってないし。副業感覚? いや、ライフワークかしら?」


 なぜかここで翠は大笑い。


「琴羽さん。君、おもしれー女だな」


 またこのセリフを翠に言われた。エクソシストした日にも言われたが、やはりカチンとする。


 父は逆にクスクスと笑っていたが。


「もう、御曹司だからって何なのよ……」


 琴羽は口を尖らせて文句を言うが、この時は何も起こらず平和だった。


 エクソシストに成功し、悪霊が戻ってくる懸念しつつも、気が抜けていたのかもしれない。


 だから翌週、月曜日。


 会社のロッカーに、弁当やペットボトルのゴミが投げ込まれていたと気づいた時、琴羽はまた何も言えなくなってしまった。


 その上、会社の机の中には「翠に近づくな!」という手紙もあった。パソコンで打った文字だ。誰が書いたか見当もつかない。


「な、何この手紙……」


 思わず隣にいる上司の花岡に相談してしまうぐらいだった。


 花岡は「知らない」と言いつつも、小さな声でこうも語る。


「やっぱり御曹司関係の女性の仕業じゃない? あの顔よ、きっと彼女もいるでしょうし」


 いや、エクソシストした時にそっち方面の事情は聞いたので、翠は今フリーで片想い相手すらいないが。


「何かの誤解ですよ。翠、いえ、御曹司はうちの父とちょっとした知り合いってだけで」


 花岡にはそう言うしかない。エクソシスト関連の事など口が裂けても話せないが。


「へー。あ、もう始業時間よ。さっさと仕事よ」

「え、ええ。花岡さん、仕事します」


 仕事が始まってホッとするぐらいだったが、当然、エンジンもかからない。手紙やロッカーのゴミの件も気になる。


 これは翠の女関係の仕業か。花岡の言う通りだろう。側をうろつく琴羽がうざくなったのだろうが……。


 そんなので仕事の効率は落ちつつもどうにか定時になった。ここでまた何かあったら面倒だ。急いで会社を出てまっすぐに家に帰ったが、また、面倒な事が発生していた。


「ちょ、翠! どうしたのよ?」


 翠が教会の門の近くで倒れていた。初対面の時のように、ぐったりと力が抜け、顔色は真っ青。一瞬、死体かと思ったが、脈はあった。まったく心臓に悪すぎる。


「これは悪霊が仲間を連れて帰ってきたかも……?」


 夕暮れの空は、カラスが飛んでいた。カァカァとうるさい鳴き声が響いていた。

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