番外編短編・伊織の独り言
伊織は自宅で聖書を読んでいた。ホテルのエクソシストの事件以来、目に見えない世界について興味を持ってしまった結果だ。宗教は好きじゃない。むしろ嫌いだが、何か答えがあるような気がする。
「聖書読んでると、イエス・キリストはどうも悪霊も悪魔も可視化できた感じもするね……」
そんな独り言が溢れた時、また部屋にいる幽霊、いや悪霊が見えた。
見た目は可愛い。ウサギと犬を足して二で割ったような雰囲気だったが「聖書を読むな!」などと吠えている。
あきらかに聖書を嫌っている模様。試してに琴羽に教えてもらった讃美歌を流すと、余計に悪霊は嫌がらる。
「イエス・キリスト」
そう言っただけでも、相手は動揺し始めて、目の前から消えた。
「どういう事かな?」
さっぱりわからない。あのホテルのエクソシスト事件も夢だったような気がするが、今、目の前で長年悩まされてきた悪霊が消えたとなると……。
偶然にも今の季節はゴールデンウィークだ。伊織は三日ほど実家に帰る事にした。両親や姉も何か見えている伊織を不気味がっていたが、子供の事のがよく悪霊みたいのが見えた。何かわかるかもしれない。
「そうねぇ。伊織は昔から変わった子よ。幼稚園児ぐらいの時? 天使や神様が見えるとか言ってた」
「え、ほんと?」
実家の母から重要な証言を聞いた。
「なんなら押入れ見てみたら? 子供の頃の絵が残っているはず」
母に言われ、実家の子供部屋の押入れを漁る。すると、子供の頃の自由帳、スケッチブックなどが大量に出てきた。伊織はもともと絵が好きだ。今もネットでイラストを描いたりしていたが、子供の頃ももっと好きだった。一日中かいていても飽きなかったぐらいだが。
絵は子供らしく下手だ。色もメチャクチャだったが、幼稚園ごろの絵をみたら、息を飲んだ。
「何この絵?」
天使の絵があった。子供の頃の自分と遊天使の絵。
「ちょ、何これ……」
さらに自由帳をめくると、神様らしき絵もある。といっても首から上はモヤがかかったように見えないが、手の甲に傷痕?
「意味がわからない。琴羽さん、どういう事ですか?」
その自由帳を持ち、琴羽の教会に向かった。礼拝堂はもうイースターの飾り付けが撤去され、想像以上に学校の教室みたかったが。
「そっか。子供の頃に天使や神様見えてたの?」
しかし琴羽は全く驚かず、穏やかに笑っているぐらいだ。
「小さな子供はまだまだ普通に霊的なもの見えるからね。あと、絵を描く人や音楽するクリエイタータイプは元々霊的に敏感体質だから見えやすい」
「ほ、ほんと?」
「やっぱり良くも悪くも純粋で子供っぽい人は見えやすいね。私はそうじゃないから、エクソシスト以外の時はあんまり見えないけど」
「そっか……」
伊織は深く頷く。子供の頃は変な子扱いされ、精神科やカウンセラーの元のたらい回しされた。霊媒師やお寺でお祓いもしてもらった事もあったが、そこで伊織が肯定される事もなく、お金だけ取られるケースも少なくなかったから。
「実は私の母も霊が見える人だから。今は海外で仕事中だけど、日本に帰ってきたら、色々聞いてみればいいよ」
「琴羽さん、本当?」
「ええ。別に伊織さんは変わった人でもない。むしろ霊的なもの見えるのは羨ましいし、あんまり自分を否定したらダメだよ。他の人が悪く言ってきても、無視してね」
琴羽の言葉がすっと胸に響く。もしかしたら、誰かにずっと言われたかった言葉かもしれない。
「ええ、琴羽さん、ありがとう」
顔を上げ、御礼の言葉を口にする。礼拝堂は相変わらず学校のように見えたが、他の場所より息がしやすい気がした。




