番外編短編・イースター前日譚
イースターが近づく春のある日。凛花は教会の子供向けのイベントに参加中だった。
ひよこ、ウサギ、卵のオモチャやマスコットを作ろうという企画で、礼拝堂の隣にある多目的室で子供達が集まっていた。
教会の牧師は優しいおじいちゃんっぽい人。その娘さんの琴羽という女は、特に見た目に特徴はない。二十五歳ぐらいで、普通っぽい人。あと、教会関係者の神尾翠という男もいた。
この男がいわゆるイケメン。翠に近づき、上目目線を使っている女子達もいて、凛花はウンザリする。
この教会に来たのも、単なる偶然だった。母が精神疾患になり、ろくに働けず困窮。各種福祉のおかげでなんとか母子共に生活しているが、食糧も足りなくなった時、役所の福祉課の人から教会で子供食堂や学習支援をやっていると聞き、家も近くだったから来ただけ。
正直、こんな手芸をやっていても楽しくない。母の病気は年々悪化しているし、家にいると憂鬱。凛花は小学五年生にしてすっかり笑い方を忘れてしまった。今ではクラスメイトにも怖がられているし、先生からも好かれていない。影で「可愛げない子」「家庭に問題アリな子」と先生たちが話しているのを聞いてしまった。
「凛花ちゃーん、ひよこのマスコット作るのうまい!」
そんな笑顔のない凛花に翠が話しかけてきた。翠の無邪気な笑顔に、凛花は逆に睨みつけた。こんなにヘラヘラ笑っている大人なんて信頼できない。
「そっかー。凛花ちゃんはクールだね」
しかし全く翠はへこたれず、凛花にチョコやクッキーをくれた。
全く意味がわからない。こんな塩対応しているのに。凛花の顔はさらに暗くなる。
そして家に帰り、母は相変わらずだった。体調が悪いのか、ずっと寝ている。部屋も散らかっているし、ご飯もない。
仕方がないから、パックご飯を温め、ふりかけをかけて食べた。
なんの気なしに、スマートフォンで教会とか、キリスト教で調べる。よく見るSNSを調べると、いわゆるクリスチャンという人達がイースターを祝うか祝わないかで揉めていた。
「何これ?」
凛花は引く。それに精神疾患や生活保護の人に「献金や祈りが足りない」などと言う人もいて、ゲンナリしてしまった。宗教とか、やっぱり何かおかしなと思った時。
チャイムがなった。あの教会の女性、琴羽だった。家で煮物やスープを作りすぎたから、届けに来たという。
「へえ」
お礼が言えない。先程のSNSの内容を思い出すと、顔が引き攣ってしまう。しかしこの琴羽も翠も、塩対応をする凛花に何も言わない。確かに一度だけ礼儀作法については琴羽に注意された事もあったが。
「何で、こんな自分の得にもならない事しているの?」
普通に疑問。
「そう? 私は楽しいからやってるだけだよ。エンタメみたいな感じ」
「そうかな?」
全く意味がわからないが、琴羽は笑顔だった。今度凛花が作った手も礼拝堂に飾るという。
「そう」
「もう、凛花ちゃん、塩対応すぎない? 本当は嬉しいんでは?」
「そんな事ないし」
そうは言っても、琴羽は笑顔で帰っていく。やっぱり意味がわからない。わからないが、琴羽が持ってきた煮物やスープは不味くなく、もう一度琴羽に会いに行っても良い気がしていた。




