エピローグ
時が動いた。琴羽もあのホテルの悪霊が全部一掃されたかは、自信がないが。
あの後、原因不明の停電、物音、火災が相次ぎ、しばらく調査の為に休業になっているという。
近隣では悪霊ホテルと噂になっているらしく、支配人の斉藤から「やっぱりホテルの部屋に聖書置いた方がいいかもしれん!」とこ琴羽に泣きついてくるぐらいだった。
パワハラ上司だったとはいえ、これまで様々なホテルで働いて来たというが、聖書の置いたあったホテルは、おかしな現象が少なかったらしい。
そうは言っても琴羽の身分は派遣社員。聖書の配布方法などは知らないので、とりあえずギデオン協会に連絡するように勧めた。ギデオン協会はホテルに聖書を配布している団体だった。
という事でこれで、ホテルのエクソシスト騒動は解決した。琴羽もホテルの副業を辞め、これから来るイースター礼拝に向け、準備中だ。
礼拝堂のあちこちにカラフルな卵のおもちゃを隠す。エッグハントの準備だ。もちろん、エッグハントなんて聖書に記述はないが、子供たちが楽しむ様子を思うと、余計に笑顔になってくる。
その時だった。ミユキが礼拝堂へやってきた。前来た時と比べ、明らかにさっぱりとした表情だった。これから実家に帰り、いろいろと人生を立て直すという。
「うん。私が婚約破棄されたのも、翠さんの言う通りだったかも。表面的には宗教が問題だったけど、私は彼に幸せにして欲しい事ばかり考えていたのも事実で……」
「もう、そんな自己嫌悪したらダメだよ。次行こ、次。ミユキさんにはいい男が絶対いるから、大丈夫」
琴羽はそう言い、派手なカラーリングの卵を渡す。おもちゃの卵だったが、ミユキはこれを見つめて笑っていた。
「大丈夫だよ。ミユキさんも復活できるから。死なないで」
「う、うざいけど……」
最後まで悪態をついていたミユキだったが、笑顔で帰っていく。その足取りも軽やかだった。
そしてミユキと入れ替わりのように伊織も礼拝堂へやってきた。案の定、地味な礼拝堂に驚いていたが、ホテルの仕事を辞め、今は見えない世界の事も勉強中とか。聖書も勉強したいらく、琴羽にもいろいろ協力して欲しいと頼まれた。
「もちろん、いいけど」
「ありがとう。やっぱり、霊的なものが見える自分を活かしたいと思って」
そう語る伊織は、もう弱々しさがない。パワハラ被害者にも見えなかった。
「昔は目に見えるいじめっ子やパワハラ上司を恨んでいたけど、違うかもね」
「伊織さんの言う通り。いじめっ子やパワハラ上司の裏にいる存在を打たないと意味ないからね」
琴羽は伊織にも派手なカラーリングの卵を渡す。
「はは、面白いね。見えないものもちゃんと学びたい。夢ができたかも」
「そう、私が出来る事は何でも協力するから」
「ありがとう、琴羽さん」
伊織も笑顔で帰っていく。伊織がクリスチャンになるかは不明だが、見える体質の彼女は聖書を勉強しても無駄ではないだろう。
「さて、卵はどこに隠そうかな」
再びエッグハントの準備をした時だった。翠がやって来た。というか帰ってきた。
あの後、翠は懲りずに色んなホテルへ行き、エクソシストをしたそうだが、一人ではなかなか難しく、一旦休憩し、この教会で暮らしたいという。
「やっぱね。そうなると思って、もうパジャマとか歯磨き粉とかもう買ってるから」
「本当、琴羽さん! 助かった!」
涙目で喜ぶ翠。琴羽はそんな翠に呆れてものが言えなくなったが、郵便が届いた。
母からだった。国際郵便で外国からのメールだが、母のいる国の詳細は控える。
母は宣教旅行中だったが、最近はうっかりキリスト教が禁止された国へ入り、牢屋に入れられたり、殺されかけたという。こういった国に宣教中は、基本的に国名を無闇に出さない事が暗黙の了解だったが、予想外の展開だった。
「ひぇ、お母さん、何やってるの?」
「ちょ、琴羽さんのお母さん、どういう事?」
それを聞いた翠は引いていたが、まだ続きがあった。
殺そうとしてきた現地人と母は親しくなり、宣教は順調なのだという。身分を隠し、スパイみたいな事をするのも楽しいらしい。敵国に侵入するのも迫害されるのも最高に嬉しいとも書いてあったが、嘘ではなさそう。
「琴羽さんのお母さん、すごい。強すぎる!」
翠は何が面白いのか、腹を抱えて笑っていた。琴羽も母の手紙を見ながら、笑ってしまう。楽しそうで羨ましいぐらいだが、手紙の最後にはこんな聖書の言葉が引用されていた。
「最後に言う。主により頼み、その偉大な力によって強くなりなさい。悪魔の策略に対抗して立つことができるように、神の武具を身につけなさい。わたしたちの戦いは、血肉を相手にするものではなく、支配と権威、暗闇の世界の支配者、天にいる悪の諸霊を相手にするものなのです」(新約聖書エフェソ信徒への手紙 六章十節から十二節より引用)。




