第九話
「神様は愛だよ。神は愛って聖書に書いてあるじゃん。さあ、ミユキさん、今ここでイエス様の懐に飛び込もうではないか!」
翠の言葉を聞きながら、琴羽は頭が痛い。ミユキのような激昂している相手に有効な言葉かわからない。それに、聖書の言葉を他人に突きつけているのもいただけない。翠は時々これをやっていまう。
本人に裁いている意識はなく、クリスチャンになりたの場合だから仕方ないと思っていたが、さすがに琴羽も注意したが、ミユキはさらに吠える。
「ほら、愛とか言って裁いてるじゃん。罪意識押しつけてくるじゃん!」
「ミユキさん、きみ、婚約破棄された原因はそういう被害者意識が強いところじゃない? 俺だったら、好きな子だったら仏教の子でも神道の子でもスピってる子でも結婚するもん。さすがに悪魔崇拝系女子はちょっと考えるけど」
こんなミユキに翠は火に油を注いでいる。見事の空気の読めなさ。琴羽はさらに頭が痛くなってきたが、ミユキの目をじっと見つめた。
おそらく宗教の悪霊が悪さをしている。宗教の悪霊は人々に罪悪感を煽ったり、善行のみに集中させようとする。娯楽などを無闇に禁止させ、その人を孤独にさせたり、不自由さを与える。宗教二世の問題も、宗教の悪霊が背後にいる可能性が高い。
「うるさい! だから教会って嫌い。大嫌い! この薄っぺらい容姿のイケメンも胡散臭いから!」
ミユキは最後にそう吠えると、逃げるように去っていく。
「わぁ、ショックだ。俺って薄っぺらい容姿?」
「しゃべり方もルックスもかなり軽薄ね」
「ショック!」
いつもヘラヘラしている翠も、これには傷ついたらしいが、ミユキには逃げられてしまったし、ここで宗教の悪霊のエクソシストをする他ないだろう。
「え、そんなミユキさんが目の前にいないのに、遠隔みたいにエクソシストできるの?」
「霊に関しては時間や場所は関係ないからね。でもあくまでも応急処置。まだミユキさんには会う必要はあると思うけど」
「えー、遠隔でもできるとか!」
翠は驚いていたが、二人でミユキに悪さをしている宗教の悪霊を縛った。まずはミユキを祝福し、彼女の背景にいる宗教の悪霊を縛る。宗教の悪霊は自由や解放を言う聖書の言葉が嫌い。ローマ書の八章一説から二節の聖書の言葉を引用しつつ、宗教の悪霊を縛った。
もちろん目には見えない。側からみたら、言葉だけで祈っているようにしか見えないだろうが、問題は目に見えるものじゃない。背後に動く悪霊を相手にしないといけないから。
「これで、終わり?」
「ええ。見た目的には全くエクソシストには見えないけれど、少しはマトモになったはず」
翠は拍子抜けしているようだったが、伊織にも連絡をとり、ミユキについて聞く。昨日から四泊ほどの予約のお客様で、先程ホテルに帰って来たと言う。伊織もあの幻の女とそっくりの女性が現れて、驚いたらしい。
「そう、伊織さん。引き続きミユキさんのことよろしく」
伊織にミユキを気にかけるよう伝え、琴羽は電話を切る。
「しかし、俺って軽薄? やっぱり言葉で言われると傷つくね」
一方、翠は叱られた子供のようにシュンとしている。
「そう、言葉には一応エネルギーがあるからね。いわゆる言霊ってやつ」
「確かに聖書でも言葉を大事にしている」
「言葉で傷つけられた時は、それと全く違う言葉を呟いて上書きしましょう。聖書の言葉でもいい」
「なるほど!」
ということで翠は、聖書を開き第一コリントの一章二十八節あたりを読み、回復していた。この箇所は、愚かな者や見下されている者こそ神様に選ばれていると書いてある。誰も神様の前で誇らせない為に。
「よし、何か元気出て来たかも?」
「翠はいつも元気な気がするけどね……。って言うかもう少し空気読んだりデリカシーとか持ってね」
「琴羽さんの塩対応!」
冗談を言い合っている二人だったが、まだまだ笑えない。一応宗教の悪霊は縛っておいたが、このままで大丈夫?
またホテルに潜入する必要はありそうだ。なぜか琴羽の背中がゾクゾクしてきた。
たぶん、今はまだ平和は遠い。イースターも無事に迎えられるかは、まだわからない。




