第六話
「早乙女さん、どういう事!? なんかお客様から、霊現象を祓ってもらったとか言われたんだけど!」
仕事終わりの深夜の更衣室。伊織の声が響いた。
伊織は普段は大人しい。支配人の斉藤にパワハラされてもグッと我慢するタイプだが、今はそうでもない。若干興奮気味でもあった。
「それにイケメンのお客様、神尾様と親しげに話しているのも見た! え、早乙女さん、どういう事!?」
もう言い逃れはできない。伊織には全て話した方が良いだろう。翠も更衣室に呼び出し、事情を説明する事にした。
女子更衣室に入る翠は、相当気まずそう。目も泳いでいたが、他に適当な場所がない。監視カメラがついている所もある。それに琴羽も伊織も着替えは終わっているので、特に問題はないだろう。
こうして翠とともにエクソシストをしている事、土地の情報、呪い、幻の事も事情説明した。
「信じて貰えないと思うけど、幻とか聖書やキリスト教ではよくある事で」
翠の声は真剣だった。見た目はチャラそう、軽薄そうなイケメンの翠が真剣。このギャップに伊織も言葉を失った。しばらく黙っていたが、「なるほど」と伊織はいう。
「なるほど。幽霊とか、見える事って特別じゃなかったのね」
伊織は安堵のため息をつく。
そういえば伊織は幽霊が見える人だった。伊織はその事でいじめに遭いやすく、風俗街や神社のパワースポットと呼ばれる場所に近づくだけでも、吐く事が多かった。このホテルもそう。最初は特に違和感はなかったものの、働くうちに幽霊も多く見るようになり、最近は斉藤の背後にも幽霊みたいのが見えるようになり、困っていたという。
思わず琴羽と翠は顔を見合わせる。伊織はクリスチャンではないが、霊的なものに敏感。可視化もできる。
「正直、今も心というか、霊? 自分の心の奥にあるような霊? そこが妙に重苦しい。違和感がある。あの時、早乙女さんにキリスト教風のおまじないして貰った時は、なぜかそこが軽くなったけど……」
伊織はそう呟くと、小さなリスみたいに震えている。目に光もない。
「なぜか早乙女さん、それに神尾様は、背後に何も見えない。むしろ、優しくて強そうな存在が後ろにいるような雰囲気が……」
また琴羽と翠は顔を見合わせる。たぶん、それは神様の霊、聖霊の可能性もあったが、確実ではない。その話は一旦おき、特に幻の女性について探している事。何か知っていないか琴羽が聞いた時だった。
震えていた伊織の表情が変わった。視線は遠くにある。そして、うめき声もあげる。
「あれ? 何か私も幻のようなものが見えた。今、一瞬、若い女性のお客様が部屋で遺書を書いていた……。どういう事?」
さらに伊織はメモ帳を取り出した。幻の様子をサラサラと絵にしていく。
残念ながら琴羽も翠も絵心はない。絵心がある伊織に二人とも称賛してしまった。
「伊織さん、すごい!」
「琴羽さんの言う通りだよ。すごい、神様から才能を貰ってるね」
単に褒めただけだったが、伊織はまた泣きそうだった。今まで人に褒められた事がないらしい。その上、今は斉藤からパワハラを受け、全く自信が無くなっていたと言うが、琴羽はそんな事はないと否定した。
「そうだよ、伊織さん。伊織さんも神様に愛されてるよ。霊が見えるのも、俺らには無い敏感さだ。あんまり自分の事否定したらダメだ。自分を否定したら、伊織さんを愛している神様が一番悲しむしね」
翠の声は優しい。こんな声は普段は絶対に出さないが、伊織を励ましたい気持ちは琴羽にも伝わってきた。
伊織にも伝わって来たのだろう。ゴシゴシと涙を拭き、笑っていた。無理矢理作ったような笑顔ではあったが、案外、伊織は強い人かもしれない。見かけは弱々しいが、心は一本芯が通っているよう。
「わかった。私もその幻の女性について、気になった。このお客様見たら、早乙女さんにも神尾さんにも報告する」
この伊織の言葉には、琴羽も翠も笑顔になった。
「ところでキリスト教って宗教のイメージ強いけど、霊とかオカルトも詳しいの?」
伊織の疑問はもっともだった。
「もしかして聖書にも幽霊の話とか書いてあるの?」
伊織は困惑していた。確かに世間一般的に、キリスト教は宗教だ。清くて正しい行いをしているようなイメージが強いだろうが、実は聖書にも霊的な話題が満載。一見道徳的だったり、愛の言葉に見えるものも、紐解くと霊の事ばかりかもしれない。
「なんかイメージと違う。クリスチャンってもっと真面目でいい人っぽいイメージだった。早乙女さんや神尾さんみたいな変わり者というか、面白い人でもいいんだ?」
「うーん、伊織さん。意外とはっきりしているね?」
翠のツッコミに、三人とも笑ってしまった。更衣室に笑い声が響く。もう伊織の涙は乾いていていた。




