第八話
悪霊の性質の特徴。その一つは傲慢さだ。元々悪霊の親分・サタンは天界で天使長をしていた。ところが「自分の方が神様だ」と傲慢になり、地上に堕とされた。いわゆる堕天使と呼ばれている存在だ。
その後サタンは旧約聖書で描かれるアダムとエバにも「神様になれる」と唆し、堕落させた。
そんな事を思い出しながら、琴羽と翠はとある女性と向き合っていた。
名前は奥村香澄という。暁人の母だ。あの後、暁人のタワーマンションに向かった二人だったが、偶然、門の側で香澄と会い、こうして部屋にあげて貰っていた。
タワーマンションのリビングといっても、ソファの周りはゴミが服が溜まり、あまり綺麗ではなく、終始香澄は恐縮していた。
「いえいえ、急に押しかけた俺らが悪いんですから」
翠は全く気にしていなかったが、琴羽は違和感。先日まで入院していたというが、今は無気力になり、全く家事もできないのだという。
「正直、息子がしている事が分からない。なんで宇宙人少年? オカルト? どういう事? 確かに私は育児ノイローゼがあった。天国で息子に選ばれた母と言われると嬉しかったけれど……」
香澄は苦いため息をつく。年齢は四十代半ばだったが、目元は暁人とそっくり。髪や肌の様子から苦労してきた事が透けて見え、痛々しい雰囲気の女性だった。
「わからない。暁人は何を考えているんでしょう?」
とりあえず困惑している香澄に、琴羽は全部事情を話した。エクソシストや悪霊などという非科学的な事も一旦は全部聞いてくれた。
「そう。私もキリスト教の女子高に通ってたの。あなた達の言いたい事はなんとなく分かるけれど」
意外な香澄の発言に、琴羽も翠も胸を撫で下ろす。
「ねえ、だったら私にもエクソシストしてくださらない?」
その上、もっと意外な事を言われ、琴羽と翠は目を見合わせた。
「この精神疾患も何? いつも原因不明って言われるのよ。どういう事かしらね? 私がキリスト教でいう罪ってやつをしてるから? 確かに私、夜の店で働いている時があった。私が悪いのかしら? 私のせい? 私のせい?」
琴羽は自分を責めている香澄の目をじっと見つめた。確かに悪霊の影響は感じたが、問題はそこではない。自分を責めている人間のさらに正論の言葉を送っても、何も響かないどころか逆効果になる事は、琴羽も経験上、知っていた。
「香澄さん! 自分を責めないで。聖書でイエス・キリストはどんな人も全員癒してたわ」
思わず香澄の手を握ってしまう。翠もそうだ。香澄の肩を持ち、一緒に祈った。今はエクソシストよりも癒しの祈りをする。勝手に身体が動き、琴羽も翠も止められない。
「大丈夫。神様は愛だから。どんな罪人でも大丈夫。過去は関係ない」
そう翠が言った瞬間だった。琴羽が握っている香澄に手がカッと熱くなった。
その瞬間、暗かった香澄の目に光が戻り、まさに憑き物がとれたようなスッキリとした表情を見せていた。
「あれ? なんか頭がスッキリしてる。何か心の中に不法侵入してたような悪いものが、抜けた? え? 何これ?」
香澄はその場に立ち上がり、笑顔まで見せている。さっきまでは一ミリみ笑わなかったのに。
この変化に二人とも言葉を失った。確かにエクソシストをしながら悪霊を追い出していたが、結局は神様の愛以上に必要なものは、無いのだろう。
「神様、ちょーすげー!」
翠も無邪気に喜び、琴羽も笑顔だ。三人で抱き合って笑っていると、当初の目的は全部忘れそう。
「は? ママも琴羽おばさんも翠兄ちゃんも何をしているんだ?」
暁人が帰ってきている事にもしばらく気づかないぐらいだった。
「暁人! ねえ、ママ、なんだがすごく元気になったのよ。神様が癒してくれたみたいなのよ!」
香澄は笑顔で暁人を抱きしめていた。
「暁人、ごめんね。ママのせいでずっと苦しい思いをさせていたよね。もうママを気にして宇宙人少年とかしなくて良いんだよ。暁人、ねえ、もう無理しないで」
「……」
「あなたはお空から私を選んでいない。神様が私に送ってくれた大切な宝物よ」
香澄の言葉に、暁人は固まっていた。なぜか暁人の目元も、あの暗さのようなものが消えていた。
「そんな……」
この親子には、もう琴羽も翠も間に入れない。このまま後にする事にした。
「え? 琴羽さん、あれで大丈夫なの?」
帰り道、翠は暁人達のタワーマンションを振り返りながら呟く。
「確かに香澄さんの病気の癒しは起きているけど。え、大丈夫?」
「ええ。たぶん、香澄さんの病気の癒しと同時に、悪霊も出たでしょう。側にいる母親があんな調子なら、暁人くんに啓示を与えている悪霊もそう好きに活動できない」
「つまり、簡単に言うと、聖書の『愛は全ての罪を覆う』って事か!」
物分かりの良い翠は、手を打ち、合点がいったようだった。
「まあ、でも。その後処理は大変そうだけど……」
この後の事を考えると、まだまだハッピーエンドとは言いがたいが、ひとまず、大きな山は超えたらしい。琴羽もホッと肩の荷を降ろしていた。




