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第四話

 エクソシストを副業感覚でやっていた琴羽だったが、普段の生活は地味だ。朝早く起き、会社に行って仕事をする。エクソシスト以外では日曜日には礼拝に出るぐらいのもんだ。聖書を読んだり、祈る時間も多いが、あとは普通のアラサー女の生活と変わらない。


「琴羽さん!」


 仕事中、キーボードを叩き、電話応対をそていたら、御曹司から電話がかかってきた。思わずガチャンと受話器を置く。


「ちょっと、早乙女さん。誰からの電話だった?」


 同じ島にいる上司の花岡に見つかった。お局で面倒な人物だ。


「いえいえ、何でもありません」


 琴羽はわざとクールな表情を作り、仕事を続けた。


 最近、こんな風に御曹司から電話がかかって来ることがあった。向こうは御曹司特権で琴羽お携帯電話の番号も把握しているのだろう。携帯にもかかって来ることもあり、恐怖心もある。


 他にも行き帰りの道、家の前、教会の前にも御曹司が現れる事もあり、頭を抱えていた。


 ストーカーというやつだろうか。なぜ御曹司のエクソシストなんてやってしまったのか後悔しかない。


 これが会社にバレたら厄介すぎる。御曹司は女子社員に人気があるイケメンだ。琴羽の目からは全くそう見えないが、嫉妬され、根も葉もない噂をたてられ、ろくでも無い事になるそうなのは、想像がついてしまう。


 逆に琴羽も上司や他部者の社員から御曹司の人柄、噂も収集する事にした。この前ストーキングされているのも放置できない。


 午前中の仕事が終わると、混み合っている女子トイレに向かい、他部署の女子社員にさりげなく噂を聞く。トイレはメイク直しをしている女子社員も多く、化粧品や香水の匂いが混じり合い、いい匂いはしない。


 御曹司の名前は神尾翠。この会社、神尾香料の社長令息で副社長。年齢は二十八歳。幼少期からフランスやアメリカ、ドイツなどで過ごし、語学堪能なハイスペ。最近はニ年ほどアメリカに留学してきたが、今年の秋、戻ってきた。


「まあ、御曹司はイケメンよねー。でも、仕事はできないっていう噂。女の噂も多いっぽいけど、あのルックスならしょうがないよ」


 そんな噂も女子社員から聞き出した。


 琴羽はクリスチャンとして、女遊びがいかに重い罪が知っていた。世間一般の人はそんな事何も知らずにワンナイトや風俗で遊ぶが、かなり大変なことにになる。まあ、昼間、女子トイレの中で考える話題でもなく、琴羽はそれについて考えるのは辞めた。


 その後も上司や清掃業者の人にも御曹司、神尾翠の噂を収集した。上司からは、新しい情報は何も得られなかったが、清掃員の山田愛子からこんな事を聞いた。


 愛子はよく女子トイレで会う事が多く、六十過ぎのシニア世代だが、仕事ぶりも丁寧で、信頼できる。


「ああ、あの御曹司!」

「愛子さん、知ってるの?」

「なんかね、体調悪いっぽいよ。いつも男子トイレで具合悪そうにしてて」

「本当?」

「何かの病気かねぇ。病院行ったらって勧めたけど、検査では何の異常もないとか」


 愛子は首を傾げていた。


「あ、もう仕事戻るわ。琴羽さん、おつかれ様」

「ええ、ありがとう」


 愛子は女子トイレから出て、他のフロアの仕事へ戻って行ってしまった。一人、女子トイレに残された琴羽は考える。


「原因不明の体調不良ね……」


 姦淫の罪の結果、体調不良になる事はよくある。実は肉体的の交渉、セックスは、人間の「霊」と「霊」を一体化させるのだ。


 人間は肉体、魂(心)、霊という三位一体で構成される。「霊」の概念はなかなか難しいのだが、魂(心)のさらに奥にある核みたいなもの。目には見えないが、肉体、魂(心)を動かす為の電池ともいえるかもしれない。それらは違いに影響し、霊や魂(心)が弱ると肉体も病気になる。日本にあることわざ・病は気からというのも全くその通りだ。もちろん、逆パターンもあるが、多くは霊が先だ。


「それがセックスすると、相手と一体になり、肉体的な呪いや精神疾患も受け取ったりするのよね……」


 結婚間の肉体関係は、神様に守られているものだから安心だが……。複数の人と手当たり次第などと想像すると、琴羽はぷるぷる身震いする。


 さらに、当人についている悪霊も姦淫で力を増す特徴もある。だからエクソシストする時は、姦淫の罪の断ち切りもよくやっていた。現代ではカジュアルに成り下がった性だが、本当は取り扱いが危険。だから、未成年にはちゃんと性について学ぶ必要もあったし、妊娠や性病だけがその害でもない。


 確かに翠のようなイケメンは、異性からの誘惑も多いだろうが、必ずしも幸運とは言えない。この堕落しきった世の中では、そういう事に縁がない方が幸福ともいえよう。


「こんな事、仕事終わった後に考えるんじゃないわね。やっぱ、さっさと帰ろう」


 姦淫の罪については、考えれば考えるほど憂鬱になるそうだ。


 とりあえず、ここで考えるのは辞めて帰ろう。気を取り直し、女子トイレから出た時だ。


「琴羽さん!」

「ひぇ!」


 女子トイレを出ると、翠がいた。イケメン御曹司らしく、高そうなスーツをぱりっと着こなし、長めの前髪は実に綺麗にセットされていた。顔立ちも整い、高い鼻や大きな目は芸能界にいてもやっていけそうだが、顔色は青い。あまり健康そうではない。


「もう逃がさない。この前何をやったか聞かせてもらおうか?」

「ひぇ」


 琴羽の口元から変な声が出る。このセリフだけなら、まるで口説いているようだ。真剣な目で見つめられ、熱意も伝わるが、これは恋愛感情ではない。その証拠に琴羽の頭は冷静だ。


 廊下の方から花岡や他の女子社員も見え、これ以上、翠と一緒にここにいるのは、危険だ。


「わかりましたよ。とりあえず、うちの教会行きません?」

「教会?」

「ええ。キリスト教会です。プロテスタントの。エクソシストがどういうものか、牧師の父とともに説明しましょう」


 今はこう言うしかないはずだ。こうして琴羽と翠は、会社から駅へ。電車に揺られ、家の隣の教会に向かう事になった。

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