第四話
突然の暁人の訪問で戸惑ったものの、このまま立たせておくわけにはいかない。
琴羽はキッチンでお茶を沸かし、チョコレートを皿に盛り、暁人を普通にもてなす事に決めた。
チョコレートは翠がバレンタインに大量にもらってきたもので、冷凍庫の中にあった。しばらくお茶菓子は困らないぐらい。
「おお、この生チョコレートってやつ美味しいな。和風で柚子の香りがするよ。暁人くんはどうだ? 学校は楽しいか?」
翠はこのチョコレートを食べ、ニコニコと笑い、暁人にコミュニケーションを取ろうとしていたが、彼は下を向き、チョコレートなどは全く手につけていない。
「暁人くん、おうちはどこ? チョコレート食べたら、送っていくわ」
内心、琴羽が暁人がここに来た意味がわからず、さりげなく、帰る事を促した。確かにチョコレートは和洋折衷のセンスの良いもので美味しかったが、琴羽は笑顔はつくれない。もう夕方すぎているし、大人として帰すべきかとも冷静に考えていた。
「いや、琴羽さん、いいじゃん。しばらく暁人くんと話そうぜ。暁人くんは、キリスト教の礼拝堂来るの初めて?」
一方、翠は楽観的だ。チョコレートをバクバクと咀嚼しながら、暁人に笑顔を絶やさなかった。
「いや、なんかガッカリだよね」
子供らしく、まだ背丈も大きくない暁人だったが、翠に張り合うように顔を上げていった。こうして二人を見ると、美男子兄弟のように見えるが、暁人の方は一ミリも笑っていない。
「教会ってステンドグラスやマリア像とかないの? 何でこんな学校みたいな雰囲気なのさ。ガッカリだよ。パワースポット感も何もないじゃん。琴羽さんは、シスターみたいな格好していないの? 何で二人とも普通の大人みたいにスーツ?」
暁人はため息をつき、心底ガッカリしたように礼拝堂を眺めていた。
「教会なのに、何で神聖なムードがないの? おかしいよ!」
涙目で訴える暁人は、少なからず教会に良いイメージはあったようだ。おそらく海外の観光地にあるようなカトリック教会をイメージしていたのだろうが、残念ながらここは日本の一般的なプロテスタント教会だ。
「琴羽さん、暁人くん、何か期待してガッカリしてますよ。まあ、気持ちはわかるけど」
「そうね。まあ、仕方ない。ちょっと神聖っぽい讃美歌でも歌う?」
琴羽と翠は小声で話し、讃美歌を歌うことにした。暁人のイメージに合うような静かで聖歌隊っぽい讃美歌をチョイスし、琴羽はギター。翠には普通に歌って貰ったが、ここで暁人はようやく納得していた。
「でも讃美歌は普通にロックっぽいのもあるよ。最近はボーカロイド使ったり」
讃美歌演奏し終えた琴羽は一応そう言うと、暁人が口をへの字にしていた。
「讃美歌はいいけど、やっぱりこんな学校みたいな教会ってなんだよ。納得できないから」
暁人はあくまでもそこにこだわっているらしい。
「ごめんよ、暁人くん。プロテスタント教会は、あんまり派手じゃないんだ」
翠はそんな暁人にも気を遣ってはいたが、琴羽の目は上がってくる。見た目はよく、宇宙人少年だと持ち上げられているが、中身は全くそうではない。琴羽の頭には「クソガキ」という言葉が浮かぶ。
大人気ないと思いつつも、琴羽は、暁人の目をじっと見ながら、なぜこの教会に来たからとう。
きっかけは琴羽が送ったDMだったが、オカルト界隈では翠も琴羽も有名らしい。特に蓮月の一件で、翠については元々会ってみたかったとも言う。
「でも、僕はそんな教会とか神は信じていない。僕自身こそが神だよ。そして宇宙人の声も何でも聞けるんだ」
胸を張って語る暁人。
琴羽はそんな暁人を黙って見ていたが、違和感を持った。単なるクソガキの可能性も高そうだが、厨二病疑惑ももつ。だとしたら、こんな宇宙人少年などとやっている事も納得だが、親はどうしているんだろうか?
「ねえ、暁人くん。ご両親の連絡先教えて。今、ここにいる事を伝えたいの」
「そうだよ、暁人くん。いつまでもここに行くわけにはいかないよ。送って行ってあげるから」
琴羽だけでなく、今まで優しかった翠にまで現実的な事を言われ、暁人は押し黙っていた。
どうやら暁人の弱点は親らしい。琴羽は親についてさらに問い詰めたが、オカルト的なことを主張されてしまう。
「僕のパパもママも離婚しているからね。ママも病気で入院中。でも、僕はそんなパパとママをお空から選んでやって来たんだ」
「バカな事言わないで。自分で両親なんか選んでないわよ。虐待や孤児の子にも言えるセリフ?」
「まあまあ、琴羽さん!」
翠に無理や口を塞がれた。
「あの子の言うことが本当なら、今、一人なんでは? 無闇に責めたら危険だって!」
「そうだけど。そんな親を選んで生まれてくるってなに? ちょっとあんた、それ悪霊の入れ知恵だからね。これ以上、バカな事ばっかり言ってたら……」
琴羽は翠の忠告を無視し、暁人にきつく叱ってしまったが、失敗だった。暁人は泣き始め、自分には前世の記憶があるとか、本当に宇宙人ちチャネリングができて死体を見つけたと騒ぎ始めた。
「やばいよ、琴羽さん。暁人くん、泣いちゃたじゃん!」
翠にも責められ、琴羽は押し黙る。これだから子供は苦手だ。おそらく子どもゆえに悪霊に良いように使われているのだろうが、琴羽は肩を落とし、ため息しか出ない。
いっそここでエクソシストをしても良いとも思ったが、この様子では悪霊の姿を見せないだろう。それにもし悪霊を追い出しても、戻って来る可能性も高い。
「本当だから! 本当に宇宙人の声が聞こえるんだから! 信じてよ!」
すっかり暁人に悪い印象を持ってしまった琴羽だが、こう泣かれると困る。子供の泣き声は破壊力もあり、琴羽は途方に暮れてしまった時。
ちょうど父が帰ってきた。この惨状を手早く説明し、父が暁人の家まで送って行くことになった。人畜無害そう、いかにも「優しい牧師さん」という雰囲気の父には、暁人も心を開いたらしく、あっという間に帰っていく。
残された二人は頭を抱えた。
「琴羽さん、どうする?」
「どうしようかしらね。あの子、すっかり悪霊の声に従っている感じ。私達が何を言っても聞かないでしょう」
「そんな……」
結局、何もわからず仕舞いだった。悪霊の意図も分からない。ただ暁人の家庭環境が複雑そうである事、厨二病を患っている可能性が高そうな事以外は、何もわからず、ため息をついていた。




