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とある牧師の娘と御曹司のオカルト事件簿〜牧師の娘、御曹司とエクソシストはじめました〜  作者: 地野千塩
第三部 vs霊媒師!エクソシスト対決事件

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第八話

 その女の名前は幸田幸恵。年齢は三十五歳。職業は漫画家。高校生の時に少女向け雑誌でデビューし、そのジャンルの中では安定した人気を誇る。ドラマ化、映画化多数。漫画家のペンネームは西村寧々子。数年前に会社員の男性と結婚したが、相手は浮気性。度重なる不倫に疲れ果てた幸恵は、ついに霊媒師の蓮月に復讐を依頼するが、あろう事か、夫は蓮月と不倫を始めてしまった。二カ月前の事だ。


 蓮月のアシスタントのミサキから、幸恵の情報や連絡先を聞いたが、これは酷い。ついつい幸恵に同情しそうになったが、彼女が霊的に何かやっている可能性もある。


「ねえ、翠。幸田幸恵なんていう名前なのに、なんという事? 皮肉過ぎない?」


 琴羽は思わず呟く。今日は幸恵と会う為、翠と一緒彼女の家の向かっていた。といっても翠のタワーマンションだった。驚いた事に幸恵は翠と同じタワーマンション暮らしだった。階数が最上階ではばいが、その一つ下だ。そこでも十分な眺めだろうが。


「そうだけど、幸恵さんがうちと同じマンションだって驚きだよ」


 翠は琴羽の疑問より、同じマンションだったという偶然の方が驚きらしい。エレベーターに乗りながら、何とも微妙な表情を浮かべていた。


「それにしてもうちの空気悪い気がするね。教会にいる時は心が軽いのに、うちの敷地に入ってから、何かだるい。これも土地の悪霊? 地縛霊みたいな?」

「そうね。一概には言えないけど、やっぱりこういうマンションは、人々の念が重くるしいわ。性的な事、金銭欲、成功欲が渦巻いてる感じよ。人間は元々霊的に作られいるから、そういう念も心に悪い影響がある。満員電車乗ると気分悪くなる人が多いのも、同じ理屈」

「もしかして、最近ネットで騒がれてる繊細さんとか、珍しい事ではない?」

「ないわね。むしろ鈍感な方が異常かもしれないわ」


 そんな話をしつつ、翠はもう教会でずっと暮らしたいなどと言い始めた。実際、もうすっかり居座ってしまい、追い出すチャンスを逃している。夕食も朝食も翠と父で三人で取る事が普通になってしまい、最初に持った違和感もすっかり消えた。


「そうだよ。俺、お父さんと琴羽さんとずーっと暮らしたい」

「あのね、私の父のこと、お父さんと呼ぶのが辞めて」


 翠との暮らしは何の不満もないが、この一点だけは妙に引っかかる。実際、久々に帰ってきた兄には「は!? 翠さん、琴羽と結婚して婿入りでもしたの!?」と誤解し、それを解くのが面倒だった。今も思い出して、琴羽はため息が出そう。


「いいじゃんか。一緒に住んだらお父さんだよ。実際、お父さんは何の文句も言ってないじゃんか」

「そうだけどね」


 翠本人は無邪気に笑っているだけだ。頭も痛くなってきたが、このタワーマンションも土地柄のせいだろうか。だとしたら、ますます翠を追い出せず、困ったものだが。


 そうこうしているうちにエレベーターが着き、幸恵の家に向かった。こんな高階にあるので、エレベーターに乗る時間も長い。庶民とそても、琴羽はこんな所に住むのはコスパが悪そうだと感じるが。


「あなたが琴羽さんと翠さん? ミサキさんから話は聞いているわ。どうぞ、上がって」


 幸恵はすぐに出てきた。琴羽の想像以上に幸薄い美女だった。色は白く、目も細めで、覇気が全くない。髪も黒いせいか、余計に不幸そうな雰囲気が漂う。今は茶色いセーターとジーンズという服装だったが、白いワンピースや白装束が似合いそう。昔話にでてくる雪女にも似てる。こんな雰囲気なのに、幸田幸恵というのは、琴羽も何かの間違いか、盛大な皮肉にしか見えず、全く笑えない。


 その上、通されたリビングの壁がひどかった。一面に蓮月の顔写真が貼ってあったが、その上に藁人形が。「殺す!」や「呪い!」という言葉も貼り付けてあり、翠は石のように固まった。


 幸恵はこの酷い壁に悪びれずも、恥じらいも全く見せない。死んだ目で遠くの方を眺めていた。窓からは昼間の都心のビル群、遠くには山も見える。素晴らしい眺めだが、幸恵の心には何の影響も与えていないよう。


 とりあえずリビングのソファに座らせられ、幸恵はお茶やクッキーも持ってきた。甘い香りが漂うが、翠は一切手をつけない。甘いもの好きな翠だが、この酷い壁を見ながら呑気に菓子を食べられる人は少ないだろう。


「幸恵さん、蓮月さんを呪っているの?」


 誰も何も言わなかった。空気は張り詰めていたが、琴羽がそれを打ち破る。


「ええ。あんな女性、呪われればいい」


 薄く笑いながら語る幸恵に、翠の石化は全く変化なし。


「素人の呪い方ね。でもエクソシストをやっている私からすると、人間の念や想いは強いから、おそらく、それは蓮月さんに届いているでしょう」

「そう。ふふ、だと良いわね」


 琴羽は笑う幸恵を凝視。この様子では確実に悪霊が憑依しているはずだ。神経を集中させ、幸恵の目の奥を覗くと、だんだん見えてきた。


 真っ暗で黒い影のような存在が、ずーっと幸恵の耳元で囁く。


『ねえ、幸恵。蓮月が憎いでしょう?』

『呪っちゃえよ!』

『蓮月に復讐しなよ!』


 おそらくこれが悪霊の声だ。幸恵は全く気づいていないが、悪霊の声と自分の思考の声がどっちかわからなくなっている可能性が高い。それに、一度憑依した悪霊は二十四時間付きまとうことが多い。こんな声を聞かされるだけで、精神はボロボロだろう。


 実はこれがうつ病などの精神疾患の正体だ。幻聴や幻覚もそう。姿を見せない悪霊が人間を攻撃している結果だ。雑魚だったら、精神疾患に効くとも言われている散歩、栄養、筋トレなどで追い出せるが、そうでない場合、なかなかしつこい。もちろん、薬で追い出す事もできない。これを止める方法は本当はひとつだけ。


「で、でも! 幸恵さん、辛くない? 蓮月さん呪って楽しい!?」


 石化していた翠だが、ようやく正気を取り戻し、訴えていた。


「ええ。楽しいわ。こんな風に藁人形打っていると、蓮月が不幸になっていく幻覚が見えて最高……」


 薄ら笑いをしている幸恵に琴羽も石化しそうになるが、もっと彼女は語り始めた。蓮月の裏切りや、不倫工作する為に、幸恵にマインドコントロールや催眠もしようとしてきた事もあるという……。


「許せない。蓮月は絶対に許せないから。夫と二人で私の事を笑ってたんだ」


 幸恵の声はだんだんと湿っぽくなってきた。目からも、ポタポタと涙が落ち、琴羽はこれ以上、どんな言葉をかけて良いのかわからない。


「で、でも! 復讐はダメだから。幸恵さん、キリスト教の神様は不倫に一番怒るよ。復讐はイエス様に任せたくない? そっちの方がいいよ?」


 翠は必死だった。琴羽以上に幸恵の目を見つめ、つばを飛ばしながらも、復讐を止めるよう言う。


「復讐なんてやめよう。幸恵さんが傷つくだけだから! 神様も悲しむよ!」

「翠さん、うるさいわ!」


 幸恵が絶叫し、耳を塞ぐ。翠の言葉を遮るというより、悪霊達の声から逃げたのだろう。


 琴羽も石化している場合でがない。翠と共に幸恵に復讐を止めるよう言葉を送り続けたが、何の効果もない。


 そう人間の言葉など、こんなものだ。日本では言霊も言い伝えられているが、神様の言葉以上に強いものはない。


 翠と琴羽は聖書の言葉を引用しながら、幸恵に説得を続けた。幸恵本人というよりも、その背後にいる悪霊に向けての対処だったが。


 聖書の言葉に悪霊どもは明らかにビクビク、ザワザワとしてきた。このまま悪霊を追い出せそうだったが、幸恵がこれ以上話したくないと拒否してくる。


「うるさいわね。私はもう決めたのよ。今度メディアミックスされる作品があって、会場借りてお披露目パーティーもあるの。そこで、蓮月の悪行を全部暴露するから!」


 そう叫ぶと幸恵は、無理矢理、琴羽と翠を家から追い出す。


 幸恵があまりにも強く押した為、琴羽は玄関先で転んでしまうぐらいだった。膝を擦りむき、ダラっと血も流れた。


「よし! 琴羽さん、お姫様抱っこしてあげよう!」

「はあ?」


 翠は琴羽の許可も取らず、勝手にお姫様抱っこをし、悦に入る。おそらく、今までの女性にやってあげて成功体験があるのだろうが、琴羽は全く嬉しくない。宙に浮いた感が気持ち悪いし、至近距離に翠の顔があるのも、違和感。香水やシャンプーの匂いも鼻につく。それに今はこんな茶番をして楽しめる気分じゃない。


「ダメ? 琴羽さん」

「うん。とりあえず、降ろしてくれない。自分で歩けるから」

「そっかー」


 翠は子供のようにシュンとしていた。イケメン御曹司のお姫様抱っこ失敗経験は、おそらくこれが初めてだろう。琴羽の頭の中に「残念イケメン」という言葉が浮かんでしまう。


「今はそれどころではないから。問題は幸恵さん。何とかしなきゃ!」


 琴羽は決意した。この問題も必ず解決させると。

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