第六話
お祓い対決となる廃神社は、蓮月のオフィスから北に向かって徒歩十分ほどの場所にあった。オフィスはごちゃごちゃとした場所だったが、神社の周辺は工場や廃墟ビルも多く、怪しい雰囲気は否めない。
撮影スタッフも何人かいた。意外と大掛かりの撮影らしいが、動画サイトで無料で生配信されるという。
「絶対私が勝つから!」
廃神社での蓮月は、そう宣言し、自信はありそうだったが、琴羽達は全く別の行動をとっていた。
まずは廃神社周辺に聞き込みをし、どんな心霊現象があるのか噂を収集。
「まあ、あなたイケメンね! なんでも話すわ!」
廃神社近くのパン屋に行くと、翠のルックスに女性店員は一秒で陥落。左手の薬指には指輪もあり、どう見てもアラフォーぐらいの主婦だったが、目をハートにさせながら、ペラペラと話す。
「あそこの神社は、いわくつきよ。なんでも戦時中、空襲から逃げてきた人達の幽霊がいるとか。実際、近づいて幽霊に追いかけられたり、怪我したり、急に貧乏になった人の噂も知ってるから」
「この辺りは空襲はなかったんじゃ?」
翠の指摘はもっともだ。琴羽も頷くが、女性店員は、首を振る。
「この街の空襲はなかったわ。でも隣の街で大きな空襲があったのよ。その時、こっちに逃げてきて亡くなった人も多いみたい」
ここで女性店員はわざとらしく震えた。
「怖いわね。霊媒師でもなんでもいいからお祓いして欲しいわ。あ、あなた、イケメンだから揚げパン、ドーナツ、シナモンロール、全部あげるわ!」
「わーい、店員さん、ありがと!」
翠は甘いパンをどっさりと貰い、ご満悦だが、琴羽は笑えない。すぐにパン屋へ出ると、通行人からも噂を収集。貰ったパンを配るとみんな口が軽くなり、ペラペラと噂を語ってくれた。
あのパン屋の女性店員がいう噂は間違いではないらしい。地元では有名な心霊スポットで、過去にも何人もオカルト系の動画配信者や編集者、記者などが来てお祓いをやったそうだが、何の効果もなかったらしい。
「どう思う? 琴羽さん」
「そうね」
翠はドーナツを食べ歩きながら、すっかりご機嫌だ。これから廃神社に戻り、霊媒師の蓮月と対決するようには見えないだろう。
「そんな空襲時の幽霊なんていないわ。空襲の時は何人死んだと思うのよ? あり得ないわ」
「でも、パン屋の店員もここの住人もみんな噂してるじゃん。中には怖がって腰抜かしてる人もいた」
確かに翠が言う通りだ。さっき会った老人は「廃神社」と言っただけで、怖がり、腰を抜かしてしまい、今は近隣の接骨院まで送って行った帰りでもある。ちなみに接骨院の医者や看護師にも廃神社について聞いたが、いい表情はしていない。医者も看護師も理系。そんな人達も良く思っていない廃神社。翠はパン屋からもらったドーナツを齧りつつも、だんだんと表情が険しくなってくる程だ。
「そうね。でも、こういう人々の『恐怖心』は悪霊にとってパワーアップさせるエサだからね」
「マジで?」
「だから聖書でも『恐れるな!』っていう言葉が何度も何度も出て来るのよ」
「マジで? 聖書ってそういう意味もあったんか?」
翠はまさに目から鱗といった表情だ。
「だから心霊スポットに行ってわざわざ肝試しするような行為は、危険。まあ、もう手遅れね。悪霊達が人間のそんな気持ちを養分にして、元々雑魚だったのがパワーアップしている可能性があるわ」
「そんな、どうするの? 琴羽さーん!」
「大丈夫。撮影はじまる前に、私達がさっさとエクソシストやってしまいましょう!」
気づいたら、もう廃神社の鳥居の前まで来ていた。鳥居の朱色は剥がれ落ち、周囲は雑木林だ。参道のあたりは蓮月や撮影スタッフ達で騒がしい。もうすぐ撮影が始まる夕方のなろうとしていたが、まだ蓮月達は余裕がありそうだ。
「まあ、とりあえず境内の方へ行きますか」
琴羽は参道で呪文らしきものを唱えている蓮月を無視し、境内に直行。
「琴羽さーん、待ってくださいよ!」
翠は後からついて来たが、賽銭箱もなく、境内の中は何もない。がらんとした道場のような場所だった。埃や土の臭いは漂うが、見事に何もなかった。
「あれ? 琴羽さん、境内の中って何もない? なんで!?」
翠はまた目から鱗が落ちたような顔をしていた。
「ええ。廃神社の中なんて何もないわ。人々の恐怖、欲望、エゴなどを吸い取ってパワーアップする悪霊はいるけどね」
琴羽はそう言うと、目を凝らす。埃や土の臭いと混じり、硫黄のような腐った臭いもした。これは悪霊がいるサインだ。
琴羽はさらに目を凝らすと、こう言った。
「イエス・キリストの御名前で命令する! さあ、人々を怖がらせる悪霊よ、今すぐ出て来なさい!」
風の音が響く。雑木林の方から葉が擦れる音だったが、急に目の前にもんぺ姿の少女が現れた。皮膚は爛れ、頭の防災頭巾も焦げていたが、すぐにピンときた。死人のフリをしている悪霊だと。
「お前、幽霊じゃないな! 悪霊だよな!」
翠の声は若干、震えていたが、彼の目もこの悪霊を可視化できたらしい。普段は悪霊など目には見えないが、わかりやすく見せてくるものもいる。時に幽霊のフリをし、人を怖がらせ、エネルギーを吸い取る悪霊は典型的な姿を見せに来るものだが、手の内がわかると、怖くもなんともない。
琴羽と翠は、聖書を開き、御言葉でこの悪霊を祓うことにした。
『は? セイショってナニ? 私、バカだからわかんなーい!』
しかし向こうは嘘つきな悪霊だ。聖書の言葉など知らないフリをしてきた。
『私、眠いわー。こんなエクソシストのお嬢さん達でなく、愚かな霊媒師やオカルト系のYouTuberの方が好き!』
無邪気でバカなフリをし、眠って逃げようとしていた悪霊だが、逃すわけにはいかない。翠と目で合図をし、作成を切り替えた。
まずは祈りを捧げ、二人で讃美歌を歌う。
二人で手を叩きながら讃美歌を歌う。正直、歌唱技術に関しては最低レベルだったが、悪霊はだんだんと力を失っていた。
まるで讃美歌のメロディや歌詞が悪霊を縛っているような感じだ。
『やめろ! やめろよ! 私は人間を怖がらせて、そのエネルギーを食べたいんだっ!』
そんな事を言われても、辞めるはず無い。琴羽と翠は止めどなく讃美歌を歌い、悪霊は目の前から去っていく。
「琴羽さん、良かったじゃん!」
「あ、でも待って! このまま逃がすのは!」
琴羽は慌てていた。実は悪霊が去ったら万事OKでもない。仲間を連れてかえってくる可能性もあるし、追い出した悪霊をどこへ向かわせるかも問題だ。最後のこの仕上げを怠ると大変な事になると、琴羽は経験上、よく知っていた。
「ちょ、琴羽さん、待って!」
翠の言葉を背中に受けながらも、琴羽は急いで境内から出る。
「あぁ、一歩遅かったわ……」
参道であの悪霊が蓮月を襲っているのが見えた。他の撮影スタッフはとっくに逃げたらしく、蓮月だけが悪霊に首を絞められていた。
もちろん、すぐに悪霊を叱りつけ、イエス・キリストの足元へ行けという命令も下したが、手遅れだった。蓮月の呪文などは全く歯が立たず、泡を吹いて倒れていた。
「蓮月さん!」
琴羽と翠は駆け寄る。脈はあり、命には別状はなかったが、魂はかなりの打撃を負ったらしい。意識を失い、何かうめいていた。
「とにかく、翠。救急車を呼んで!」
「わ、わかった!」
翠が救急車を呼んでいる間、琴羽はため息しか出ない。最後の仕上げを怠った為、蓮月にも被害が出てしまった。
「蓮月さんが無事なのは良かったけど……」
琴羽は蓮月とエクソシスト対決するする事など、すっかり忘れていた。むしろ、聖書の言葉がわからないフリをしたり、最後の最後に反撃をしてきた悪霊の狡猾さに頭が痛くなり、顔を両手で覆ってしまう。
蓮月の呪文も全く歯が立たなかった。やはり人間の力だけで悪霊に対抗するのは無理だ。最強の神様の力を借りなければ。




