第五話
直前まで琴羽と翠が祈っていたせいだろうか。蓮月の調子はあまり良くなさそうだった。声は皺っぽく、顔色も良くはない。
それでも、琴羽や翠の前では、いかにすごい霊媒師であるか、悪いあやかしや悪鬼をいっぱい払ってきた過去の実績を述べる。
蓮月は口達者な事は間違いない。不健康そうではあったが、口元の筋肉は健康そのものだった。歳の割にはほうれい線も薄い。
「そんな西洋の宗教のキリスト教なんか負けませんわ。日本の悪霊は日本人が祓い、日本の神にお願いするのが道理では?」
明らかに挑発してきたが、蓮月の発言には間違っている部分も多く、翠はさらにニコニコ笑っていた。
「蓮月さん、キリスト教の神様は全知全能だから。そんな国ごとに囚われるお方じゃない。西洋の宗教でもないぞ」
「そうですよ。神社は元々ユダヤ人が建てた説もありますが、人間へ悪さをする悪霊を鎮める為に建てた説もありますね」
琴羽は翠の発言の加え、霊の世界にはヒエラルキーがあり、人間と契約している雑魚、死んだ人の記憶をパクリその人のフリをする悪霊がいる事も説明した。
霊媒師のような人間が悪霊を祓えるのも、雑魚悪霊がさらに下の領域にいる悪霊を追い出しているだけ。ジャイアンがスネ夫やのび太の悪霊を祓っているだけだ。
「悪霊を根本的に祓いたかったら、一番上の存在、イエス様に頼るのが一番です。ドラえもんで例えるとこうです。最強のドラえもんに頼るのが一番確実で根本的なお祓い方法です。この方法だったら我々のようなのび太でも勝てます」
琴羽は冷静に話していたつもりだが、向こうはイライラしはじめ、爪も噛んでいた。メイクは派手だが、爪は何もしていない。爪には噛み跡もあり、日常的な癖かもしれない。
「そんなドラえもんなんて知らないから。っていうか、あなた、なんでタワマンから教会へ? こっちはわざわざ幽体離脱してまで呪いをかけに行っているのに、できないじゃない!」
なぜか蓮月は暴露をし始めた。翠のSNSのおかげで顧客が減った。中には「イエス・キリストの名前で出てけ!」と命令した途端、家にいる幽霊が消えた報告もあり、翠に恨みを募らせていた。
タンブラーも送りつけ、幽体離脱で呪いの行くのは成功した。タワーマンションは土地的にも穢れがあり、侵入できる足場がいくつもあった。
しかし、翠が教会に寝泊まりするようになった。教会はなぜか一歩も侵入できない。
「どう言うこと? なぜか教会には幽体でも入れなかった。どういうことよ」
蓮月はさらにギリギリと爪を噛む。琴羽はむしろ、悪魔崇拝者達が言っていた「クリスチャンが祈っている所は侵入できなかった」という言葉が本当だった事に関心するぐらいだった。翠も「神様すげー! 祈りの力すげー!」と騒ぎ、さらに蓮月は不機嫌になっていた。
「うるさい! そんな西洋のキリスト教徒なんかが悪霊祓いなんてできるもんか!」
蓮月は特に翠が嫌いらしい。目を見開き、大声で吠えるぐらいだが、翠には全く響かない模様。ボリボリとチョコレートクッキーを食べていた。まさに暖簾に腕押し状態だったが、今度は応接室にミサキがやってくる。蓮月にスケジュール確認をしていた。心霊現象を追う動画配信の撮影スケジュールが前倒しとなり、今日の夕方になったという。
しかもミサキはこんな提案もしてきた。
「だったら翠くんも琴羽さんも私達の生配信の番組に出ません? お祓い対決やっちゃえばいいじゃないですか? ねえ、先生。これだったら視聴者数増えますよ。最近、登録者数も減って来たし、一石二鳥では?」
ミサキの無邪気な提案は、この場の空気をさらに悪くしていた。蓮月はもっと不機嫌になり、爪を噛んでいたが、翠はノリノリだ。「ミサキちゃん、エクソシスト対決しよう!」と大声で盛り上がっていた。
「そんな西洋の宗教の信者がお祓いなんて出来るわけがないわ。何言ってるのよ、今日撮影しに行きところは、空襲で死んだ人達が集まるヤベー廃神社なのよ!」
蓮月の声は誰も聞いていない。もう翠はミサキの提案をのみ、かなり乗り気だった。
「そんな場所、最強の神様だったら怖くも何ともないから! 琴羽さん、行こうぜ! エクソシストしようぜ!」
「本当に行くの?」
琴羽はため息をつく。一度火がついた翠を止めるのは経験上、難しいと知っていたから。
もうイケメン御曹司の姿はどこにもない。この翠の姿にミサキも目をハートにするのは辞めてしまった。
「そうね。こう何度も西洋の宗教って間違ったこと言われると、やる気になってきた」
「そうだよ、琴羽さん。いくぜ! おー!」
翠の大きな声が響く。
結局、エクソシスト対決になってしまった。長年、エクソシストをやっていた琴羽も初めてだが、あまり恐怖心はない。勝てるかはわからないが、琴羽達には最強の神様がついているのは確かだ。ビクビクと小動物のように恐る必要はなさそうだ。




