第三話
家の食卓に翠がいる。それだけで、いつもと全く景色が違って見えるから、おかしなものだ。
翌朝、琴羽、翠、父と三人で食卓を囲んでいた。今日の朝食メニューもお雑煮。丸っこい茶碗の中は、味噌風スープ、青菜、かまぼこ、焼き餅。かまぼこは翠がいるので、一応飾りとそて入れた。これで正月料理はほぼ全部完食だ。あとはお餅が少し残っているが、ぜんざいにでもする予定だった。甘いもの好きな翠がいる間にそれも消費されるだろう。
まずは三人で食前の祈りを捧げ、食べ始めた。翠はまだ寝ぼけた様子で寝癖もあった。兄が使っていた変な柄のパジャマも着ていた。いつものイケメン御曹司らしさは崩れ、世の女性達の夢は一気に覚めるようなルックス。
一方、琴羽は仕事へ行くためにパンツスーツ、父も今日は他の教会へ仕事がある為、スーツ姿だ。
パン屋の景品の皿やスプーンにもいちいち驚いている翠は、余計に食卓で浮いていたものだが、もう目の色も正常となり、悪霊の影響は薄まっていた。
「翠くん、昨日はよく眠れたかい?」
父は雑煮スープを啜ったあと、翠に話題をふった。
「それはもう、ぐっすりですよ。金縛も何もないです。ていうかうちのタワマンは何かあるのかってうレベルですよ」
翠は生き生きと語る。少々騒がしい翠に、琴羽は少々呆れてくるが、一応霊的な説明をしておいた。
「タワマン自体に何か悪さするパワーはないわ。でも、ああいった場所は、成功者に向けられる念とか、欲望とか色々あるからね。それに土地を支配する悪霊もいるのよ」
「へー、まじか!」
翠は子供のようにこくこくと頷いていた。
「だから、悪霊たちの足場が出来やすいのよ。まあ、イエス様を信じていれば影響はさほどないけど、ちょっとでも隙ができるとね……」
その隙が例のタンブラーだったりする。一応その場で処分はしたが、霊媒師・蓮月紀香の意図は読めず、ただただ不気味。
「まあ、琴羽。日本の土地はそんな安全な所もないよ。地鎮祭とかやってるからね」
父の冷静なツッコミ。
「そうなのよね。ぶっちゃけ、日本の土地はどこいっても、あんまり変わりないといえばそうだけどね?」
「なんだよー」
翠は上唇を尖らせる。
「でも、使い魔っていうのも気になるよな。あれもなんなん?」
文句を言いつつも翠は、そこも気になるらしい。
「雑魚悪霊よ。人々の調査して、上の方の悪霊、または契約している人間に情報を与えるやつ。人間社会で言えば情報屋ってところ」
「多くの霊媒師や占い師が無自覚とはいえ、契約している悪霊だね。こういう雑魚悪霊から、顧客の情報を調査させ、タロットや水晶など様々な手段で聞き出すわけさ」
「えー!? 占いや霊媒師の言う事が当たるってそういう意味!?」
翠は琴羽と父の説明に目を丸くしていた。
「そうよ。占いや霊媒は、影にいる悪霊たちを使った結果。多くはそう。綺麗なもんじじゃない。もちろん、統計学っぽい占いはあるけど、大概は悪霊の入れ知恵の結果なんだよ」
「そうだぞ、翠くん。だから我々クリスチャンは占いなんて見ないんだよ。そんな悪霊の情報ではなく、神様から守りで十分だしね。血液型占いなんかもいじめや差別にも繋がりやすい気がするね」
父はそう言うと、テレビをつけた。チャンネルは天気予報と子供向けアニメを放送予定だ。この朝の番組は占いはやっていないらしく、琴羽もホッとする。
「じゃあ、霊媒師が死んだ人のことを知っているのも、ま、まさか悪霊の情報!?」
翠はテレビなどに目もくれず、雑煮もあまり食べず、身を乗り出し、どんどん質問していた。
「霊媒の場合は二パターン。一つはさっき言ったような雑魚悪霊に情報収集させるやり方。もう一つは死んだ人間の記憶をぱくった悪霊たちを呼び寄せて、情報を聞く」
琴羽は説明しながらも、あまり良い気分ではない。
「は? 悪霊って死んだ人間の記憶をパクる?!」
それは翠は初耳だったらしく、もう箸も置き、質問責めだ。
「そうよ。死んだ人間の幽霊なんていない。死んだ時の恨みの念も、悪霊達がパクって、その人のフリするのよ。平成時代にあったオレオレ詐欺みたいなもん」
「琴羽、朝する話ではないな」
父からさらに冷静なツッコミが入ったが、一応翠に最後まで言う。
「死んだ人の魂は全部イエス・キリストが管理中よ。そんな人間を脅すような事をするのは、全部悪霊」
「そうか……」
翠は初めて聞く事実に言葉を失いつつも、深く頷く。
「だったら霊媒師がやっている事って何? 詐欺?」
翠の指摘はもっとも。いわば霊的オレオレ詐欺の協力者的な立場だ。ここで琴羽も箸を置き、ピンときた。
霊媒師達にとってエクソシストはかなり邪魔な存在だ。せっかく霊的な詐欺ができている状況なのに「幽霊なんていない。幽霊は死人のフリする悪霊」なんて事実を発信したら、商売の邪魔だ。だんだんと蓮月の意図も見えてきた。もしかしたら、翠のSNSの発信を見た蓮月の顧客が来なくなって可能性もある。そこで逆恨みされた。これはこのまま放置しておくのは危険?
「ねえ、翠。御曹司特権で、今日、仕事を休めるようにできる?」
本当は有給が溜まっていたが、年始早々に休めるかは疑問だったが。
「お安いご用だ。経理部に言っておくわ。でも、琴羽さん、なんで?」
「そうだよ、琴羽。今日、仕事休むんか?」
父の問いに頷く。
「ええ。このまま蓮月の挑発を無視できない。翠、一緒に彼女のオフィスへ行きましょう。場合によっては一緒にエクソシストするかも?」
「お安いご用だ!」
翠はさっきと同じ台詞を言う。といっても、さっきより胸を張り、目は好奇心に満ちていた。
父はこんな二人にため息をこぼしていたが、もう仕事の関係で向こうに出かけなくてはならない。
残された琴羽と翠は朝食を片し、出かける準備をテキパキと終わらせた。結局、また雑煮を残してしまったが、今はもう二人とも食欲はなかった。
会社を休むのも後ろめたい。それでも、このまま放置はできそうになかった。




