プロローグ
年末年始。世間では温かい冬休みのイメージだったが、琴羽は全く違った。またエクソシストを依頼されてしまい、今は依頼者の自宅にいた。
といっても、依頼者は初対面ではない。クリスマス時期に巻き込まれたエクソシスト事件の一人、佐伯からの依頼だった。
佐伯はAIアイドルに夢中になり、ついにそのフィギアと結婚式までする男だったが、実は恋人もいて、メディアに載せられてキャラも作っていた。
今は恋人を優先すると決め、メディアの依頼も断るとも決心したらしい。自宅にあるAIアイドルのフィギアやグッズも全て処分したというが。
年明け、そんな佐伯から琴羽は連絡を貰った。
「実はAIアイドルのレミナのグッズやフィギアを処分してから、体調が悪いんだよ。原因不明の鬱っぽさや無気力感もあって、まさか呪い!?」
電話に出てみたら、エクソシストの琴羽としてはくだらない悩みで頭が痛い。
「前も呪いの人形なんて無いって言ったでしょう。むしろ、呪われる時は人形を過剰に崇拝したり、依存した時です。その背後に悪霊が入り、人形のフリなどをして、人を脅したり、縛ったりするようになるんです」
「確かにそう聞きましたけど、この原因不明の鬱や無気力感ってなんですか? 正月なのに、本当に何もしたくない」
佐伯は涙声をあげる。仕方がない。年明け早々だったが、佐伯の自宅へ向かい、エクソシストをする事にした。
本来は相棒の翠とも行くべきだったが、セレブ一家の彼は海外でバカンス中。こんがり日焼けした顔写真や美しい海辺の写真は大量に送ってきた。どちらかといえば貧乏よりの琴羽はそれを見るたびに、ギリギリと歯を噛み締めてしまうが、今は佐伯の件が先だ。
こうして再び佐伯の自宅へ。姉のすず花や美穂も近所の初売りセールに行ってしまったらしいので家の中は静か。
「そうね。この部屋に悪霊の雰囲気はないわ」
佐伯の部屋の様子を調べたが、AIアイドルのグッズは全て処分され、むしろ綺麗に片付いていた。
「そんな。じゃあ、何が原因?」
佐伯は眉を下げ、今にも泣きそう。
「悪霊にはランクがある。無気力や鬱を引き起こすようなものは、いわゆる雑魚悪霊。もしかしたら、ごく簡単な事で追い出せるかも?」
琴羽がスマホで川のせせらぎ、小鳥や猫の鳴き声が入ったヒーリングミュージックを流した。
「え、琴羽さん。そんな事で追い出せるんです!?」
佐伯は、目から鱗というか、拍子抜けしていた。
「雑魚悪霊はこのぐらいでも消えるわよ。あと栄養素摂取もしっかり、筋トレと散歩、風呂とサウナもしっかり実践してみて」
「えー、それでエクソシストできるなんて」
「信じられないでしょ? でも、こういう地味で基本的な生活習慣を整える事が意外と大切。もちろん、ランクが上位な悪霊はいくら基本的な事やっても無理。聖書のみことば、イエス様の御名前、讃美歌などで追い出さないと無理」
「へえ。あ、運動と栄養で鬱が治るって言われてるのは、そういう事か。確かに正月休み入るからって、ダラダラしていて、こうなったら気が……」
「でしょう?」
佐伯にも思い当たる事があるらしい。
という事でこの日は特にエクソシストのような事はせず、川のせせらぎの音楽とともにお祈りをし、帰った。
その後、実践に佐伯も調子が良くなったとお礼のメールもきた。琴羽の見立ては間違いではなかったらしい。
「やっぱりね。なんでもかんでも、無闇にエクソシストすればいいってもんじゃないのよね」
この結果に琴羽はホッとした。エクソシストをした後、かえって悪霊が倍増して返ってくる事もある。原因が雑魚悪霊の場合は、きちんとした生活習慣が一番だったりする。もちろん、ポルノ、酒、タバコ、暴食など一般的に悪いとされる生活習慣を辞める事も大切だ。掃除や断捨離も悪くない。執着や欲望を捨てる事も大事。執着や欲望はやはり悪霊の餌食になりやすい。
この結果を翠にも送った。本人はバカンスで腑抜け中だが、勉強にもなるだろう。
すると、意外な返事が。
「スピリチュアルの人や霊媒師系の人がいう、掃除とか、栄養とって筋トレしろっていうアドバイスは、あながち間違いでもない?」と。
翠の指摘はもっともだ。琴羽の目からはスピリチュアル系や霊媒師のいうアドバイスは大幅にズレている事が多いが、ごくごく一部分は合っている。
「やっぱりエクソシスト面白いな。これ、SNSで拡散していい?」
そんなメッセージも届いた。琴羽としては、こんな事はSNSで拡散されても、全く問題がない。むしろ、聖書やキリスト教を知るきっかけとしてどんどん発信して貰いたい。
しかし、琴羽は翠がイケメン御曹司である事をすっかり忘れていた。翠のSNSもそこそこのフォロワーがいた事も。
翠の発信は瞬く間に拡散され、いわゆるインターネット上でバズってしまった。スピリチュアルや霊媒師にもよく見られているらしく、なんと琴羽の教会なで問い合わせが入るように。
「ちょっと琴羽。またスピリチュアル系の人から問い合わせだよ」
父が困るぐらい問い合わせが入るように。しかも、好意的ではないというか、明らかにアンチの意見も来るという。
「困ったわね」
波乱の年明けが始まったらしい。琴羽は嫌な予感しかしなかった。




