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第二話

 琴羽が務める会社は、都心部にある香料メーカーの経理部だった。


 経理部にある本社ビルは、オフィス街にあり、香料の研究開発している部署とは、少し離れていたりする。おかげで琴羽にとっては、あまり香料会社に勤めている感覚はない。研究開発部は、香料の匂いで充満し、人によっては体調不良になるらしい。


 午前中はサクサクとルーティンを終わらせ、あっという間に昼に。元々家族経営の会社で、大きな企業ではなく、経理部でも人間関係が密だが、それ以外は特に不満もない職場だ。


 自分の席でお弁当を食べていると、上司の花岡に話しかけられた。花岡は、いわゆるお局だ。年齢は恐ろしくてとても質問できないが、おそらく五十代ぐらいだ。正直、長くいるだけで仕事もできず、部署内では軽んじられていたが、派遣社員の琴羽が何か言えるはずもない。聖書では「敵を愛せ」といっているが、クリスチャンは神様ではない。当然、苦手な人はいる。話しかけてきた花岡にも適当に話を合わせる事にした。


「早乙女さん、知ってる?」

「何がですか?」

「こんな噂を聞いたのよ」


 花岡は噂も大好きだ。正直、人の悪口は苦手。聞かされるよりも、言った本人の方にダメージがある。聖書でも愚痴を慎むように言われていたが、会社でキリスト教の話などナチュラルににできない。花岡の話に適当に相槌を打つ。


「社長の御曹司がアメリカ留学から帰ってきたみたいよ」

「へえ」


 そういえば、この会社の御曹司がイケメンだと女子社員の間できゃーきゃー騒がれている事は知っていた。


 ただ、典型的なボンボンの御曹司で、社内での評判は二分化。基本的に女子社員が肯定的、男性社員が否定的という感じ。外見が良く、地位もある男は、自ずと同性に嫉妬されるのだろう。


 興味が全くない話題だが、花岡はほうれい線の皺を濃くしつつ、下衆っぽい目を向ける。


「なんでも御曹司、遊びが激しいらしいわ。でも、イケメンですもの。許すって感じ」

「へ、へえ」

「この会社でも美人調香師なんかを口説いているらしいわ。手当たり次第ってらしいけど、イケメンだったら許す」

「そ、そうですか? いくらイケメンでもしちゃいけない事ってあるんでは……」


 正直、琴羽は全く興味のない話題だった。モテる事もキリスト教的にはさほど良くない。むしろ、悪魔から攻撃される隙もある。結婚も神様が作った神聖なもの。婚前交渉するのは、全く賛成できない。本音ではこんな御曹司など興味は無い。


「あんまり興味無さそうね?」

「ええ。私がガチ童貞のフェアリンくんのファンなんです」

「あの童貞お笑い芸人の!? 早乙女さん、趣味悪いわ」


 花岡は呆れていたが、聖書的には童貞・処女は尊いのだ。だから世間からちょっと馬鹿にされているお笑い芸人・フェアリンくんも琴羽は好きだった。苦労人で知的障害の妹の面倒をずっと見ているらしく、お笑い芸人らしくない真面目そうな雰囲気も好ましく、父と一緒に推しているぐらい。


「やだ、早乙女さんって変わり者?」

「はは、そうかもしれませんね」


 こんな話題をしたおかげか、お局の花岡とは仲良くなってしまったが。やはり面倒そうなお局には「 変わり者」ぐらいに思われていた方がいいかも。前の職場では新卒の美女が嫉妬され虐められていたし、お局に嫌われない事も処世術として必須スキルといえよう。


 そんな事を考えつつ、午後の業務もサクサクと終え、定時になった。花岡達正社員は残業があるが、派遣社員の琴羽には基本的にない。その分、琴羽は趣味のエクソシストもできるので、派遣社員という働き方も、さほど不満はなかった。


「お先に失礼しますー」


 笑顔で挨拶し、オフィスを後にしたが、トイレに行きたくなった。


 この時間はトイレでダラダラしている他の社員もいないようで、使いやすい。たまに女子社員がトイレで悪口大会たっている時は、とてもついていけないが。


 スッキリした気分で手を洗い、ハンカチで手を拭いている時だった。


「だ、誰かー。助けてくれよ〜」


 男子トイレの方から声がした。ただならぬ様子の声だ。琴羽は急いで隣の男子トイレに向かった。


「え?」


 我が目を疑った。男子トイレの床には男が一人倒れているではないか。


 男は仕立てのいいスーツ、高そうな時計を身につけていた。残念ながら倒れているので、髪はぐちゃぐちゃだったが。


 この男には見覚えがある。確か花岡が噂していた御曹司だ。今は苦しそうな表情だったが、鼻は高く、切れ長の目、高い幅、スマートな顎は、どう見てもイケメン。琴羽は全く興味の無い男だったが、御曹司の周りから嫌な空気を感じた。


 トイレの芳香剤の匂いが鼻につく。たぶん薔薇の香りの自社製品だろうが、琴羽は鼻をハンカチで抑えつつ、男の周囲を観察。


『許さない! この男は絶対に許さない!』


 黒い何かが、そう叫び、御曹司の首を絞めているではないか。


 これは単なる体調不良ではなさそう。どう見ても「エクソシスト案件」だったが、ここで祓うべきか?


 会社でエクソシストしていいのか。どう考えても相応しくない。


 それでもバチリと黒い影と目があう。


『お前、クリスチャンか!?』


 黒い影は明らかに動揺し始めた。


 悪霊だ!


 自分の事を見てクリスチャンだとすぐに分かるのは、あっちの霊しかいない。


 こんな状況はエクソシストをやっている琴羽は珍しくはない。この前放置しておくにだって出来るが。


「イエス・キリストの御名で命令する! 今すぐこの男から出て行きなさい!」


 思ったより大声が出たが仕方ない。悪霊を追い出す時は、命令口調ではっきり声に出すのがコツだ。


『その名前を出すなー!』


 黒い影は逆ギレしながらも、御曹司の側から離れていく。御曹司の顔も憑き物が取れたようだ。


「は? あれ? 俺、なんでここ? 君は誰だ?」


 御曹司は立ち上がり、琴羽に近づき、壁の方へ。いわゆる壁ドンのような形になったが、琴羽は全くドキドキしない。相手の身長や体格の良さに震える。しかも、エクソシスト行為がバレたのは大変だ。


「なんでもありません! 失礼します!」


 琴羽は再び大声を出し、御曹司の前から逃げた。


「ちょ、君。待ってくれよ!」


 御曹司も追ってきたが、ギリギリエレベーターの中へ乗り込めた。これで捕まらないはず。


「はあ、エクソシスト会社でやってしまった。まあ、バレないよね?」


 エレベーターの中で一人呟く。そう、こんなエクソシストやってしまった事はバレないで欲しい。


 もっとも御曹司に悪霊が報復にくる事もある。雑魚悪霊はともかく、強いのだと面倒だった。


「ああ、やってしもた……」


 頭を抱えてしまう。これから、大変な事になりそうな悪寒がしていた。


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