第六話
佐伯すず花は、以前会った時とイメージが違った。二階の礼拝堂に案内すると、壁に飾ってあるリースやサンタや天使の飾りを一瞥。教壇の前方に飾ってあるクリスマスツリーも睨みつけていた。
先程までの泣きそうな表情は綺麗に蒸発してしまったらしい。娘の美穂の方は無邪気にツリーに駆け寄って笑ってはいたが。
「天使ちゃんだよ、見て。ミユりん」
美穂は一人ごとをぶつぶつ呟いている。ミユろんって誰だ? 琴羽は疑問に思ったが、幼稚園生ぐらいの子供にあれこれツッコミを入れられない。おそらくアニメキャラなどの名前だろう。
琴羽は急いで礼拝堂の隣にあるミニキッチンへ行き、お茶を作って菓子も用意した。菓子はメレンゲクッキーだ。白卵と白砂糖のみで出来ている。クリスマス礼拝で配った菓子の余りでもあったが、サクサクと美味しいと評判の一品だった。
予想通り、翠はメレンゲクッキーを食べて笑顔。お茶には目もくれないが、メレンゲクッキーに大喜び。
一方、すず花の方はずっと冷ややかな表情だった。心なしか美穂を見る視線が特に険しい。カッチリとした紺色のコートも、余計に優等生らしさを強調し、琴羽は苦手意識も持ってしまった。琴羽はあまり優等生タイプではなかったから。
一応、琴羽、翠、すず花が並んで座ったが、何も盛り上がらない。すず花は特に表情を変えないからだろうか。天気や菓子の雑談も少しも盛り上がらず、萎んでいく一方。
「でも、もうすぐクリスマスですよね。俺はちゃんとクリスチャンになってから初めてのクリスマスだから、興奮してるんだ。クリスマス礼拝でも恥ずかしながら号泣してしまったよ」
翠はクリスマスの話題もしたが、さらにすず花の目は冷ややか。
「私、クリスマスは祝いませんから」
そう言うすず花の声は、氷のよう。
「クリスマスの起源知っています? 悪魔の誕生日、異郷起源のお祭りです。ミトラ教です。クリスマスは悪魔のニムロデの誕生日です。私は祝いません!」
すず花はキッパリ言うが、翠は目を丸くし、絶句。
琴羽は特に驚かない。実は聖書にクリスマスの記載などない。クリスマスの起源も、ローマカトリックがミトラ教の風習を取り入れたものとも言われていた。イエス・キリストの本当の誕生日は、夏の終わり〜秋ごろという考察が神学では一般的。この事はクリスチャンでも誰でも知ってる事実だが、せっかくのクリスマス。伝道のよい機会にしてしまおうと考えるクリスチャンが多い。家でもツリーを飾り、イブにケーキを食べているクリスチャンは、実はそんなにいないらしい。
そんな事は全く知らない翠は驚き口もポカンと開けていた。琴羽が事情を説明してもなかなか納得いかない模様。
「えー、でもクリスマスだよ。単純にイエス様が人となって地球に来られた事を喜ぶだけじゃダメ?」
翠の無邪気さは、すず花には全く届かないらしい。
「全く地域教会の人はこれだから。私は、土曜日の安息日も守っていますし、お酒だって飲まない。イースターもしませんね。もちろん、ゆるゆるで温い地域教会にも行くのをやめました。肝心なのは、私とイエス様の関係だけですから」
琴羽はすず花の声を聞きながら、頭が痛くなってきた。クリスチャンにも色々な考えがあるが、すず花は原理的というか、敬虔とも言えるかも。
一方、琴羽は別に敬虔でもない。こうして「起源が悪い」クリスマスも教会で祝う。日曜日に礼拝を捧げ、クリスマスチキンやケーキだって普通に食べる。酒やタバコはしないが、単に興味がないからやらないだけ。
「すず花さんは、そ、そうなんですね」
かといってすず花を否定するのも違う。単に聖書の「解釈違い」だ。この点はわざわ言い争うつもりはない。聖書通りというなら、すず花の方が正しいかもしれないが、翠は全く納得いっていないようで、下唇を噛んでいた。
「そう。私は元々ぬるいクリスチャンだった。両親がクリスチャンだったからね。でも、夫に不倫されて、離婚もしたし、実家に戻って色々と悔い改めたというわけよ」
すず花は饒舌だ。特に離婚後の話となると、笑顔も見せる。結婚生活がどんなものだったが、察せられる。
「でも、うちの教会に来たって事は、何かお困りでは?」
そうはいっても、すず花がわざわざここに来たのは、理由があるはずだ。やはり、あの珍妙な結婚式を挙げた弟・佐伯にまつわる問題がある?
「そうですよ、すず花さん。何か困ってるんでしょ。なんでも相談してくださいよ」
翠はすず花の目をまっすぐに見つめていた。熱っぽい視線だ。翠は自分がイケメンである事を利用しているようだ。無自覚なのか、意図しているかは琴羽も不明だが、これはずるい。チートだ。
「そ、そうね。事情を話すわ」
カタブツそう、優等生そうに見えるすず花も、中見は女なのか。翠のまっすぐな視線に動揺しながらも、ポツポツと事情を話した。さっきまでと違い、饒舌ではなかったが、困っている事は嘘ではなさそう。
すず花によると、最近、娘の美穂の様子がおかしいらしい。特に「ミユりん」という架空の友達を作り、一人でお話しそている事もあるそう。すず花は、そんな美穂をカウンセリングや病院に連れて回ったが、子供ではよくある事、大人になれば自然に治るでしょうと言われるだけだった。実際、カウンセラーや医者によると、「空想上の友達」を作り、遊んでいる子供はさして珍しくないという。
「でも、ウチの場合、弟がアレでしょう。AIアイドルとリアルで結婚式するような男でしょ? だから、美穂も弟の悪い影響を受けた気がして」
すず花は、佐伯には心底イライラとしているようだ。この話題になると、眉間に皺がより、吐き捨てるように語る。
「弟とも同居しておりますが、変なラップ音、電気が突然消えたり、金縛りもあるんです。両親は心労で入院中です。これって悪霊の仕業ですか? うち頭おかしな弟が悪霊を呼び寄せたとしか思えなくて」
ついにすず花は泣き始めてしまった。翠が宥めているが、全く涙は止まらない。
ここは翠に任せた。琴羽はぶつぶつ独りごとを言う美穂に近づく。
「美穂ちゃん。ミユりんってどんな子?」
美穂に視線を合わせ、限りなく口調も柔らかした。保育士になったつもりで。
「うん。ミユりんは、私もお友達。ふわふわなウサギさんの耳してる」
「へえ。ぬいぐるみみたいね」
「うん、美穂、ぬいぐるみ大好き。おうちにもたくさんあるよ。お姉ちゃんも見てきてよ。ね?」
ここで琴羽は頷きながら考える。
この子に悪霊の影響はあるか?
見た目は普通の子だが、目の色や雰囲気は、さほど問題はない。背後にいる悪霊がセリフを言わせている雰囲気もない。魂や心までも悪霊が全部憑依しているほど重症ではなさそう。
思わず首を傾げる。美穂も佐伯同様に演技でもしている?
そうはいってもすず花の証言や美穂の「空想上の友達」も気になる。医者の言う通り、「空想上の友達」は、大人になれば自然に消える可能性もある。ただ、そこに人間の方が崇拝、依存、本当の生き物のように接して仕舞えば、何らかの悪霊の影響はある。
「お願いです。我が家を助けてください」
すず花の嗚咽は止まらず、琴羽は困ったもの。お手上げのように両手を挙げた。
「ママ、何で泣いてるの?」
これには美穂も困惑し、つられて泣きそうになっている。
この状況で断れる人はいない。琴羽も翠も、協力する事に。これからすず花達の家に向かい、本格的に悪霊調査をする事になった。
夕方からはクリスマスイブ礼拝も会ったが、琴羽も翠も、断れそうにない。
クリスマスイブにエクソシストする事になりかねない。今年は、全く色気のないクリスマスイブになりそう。
すず花の嗚咽を聞きながら、琴羽は今年のクリスマスイブが潰れる事に覚悟を決めた。
元を辿れば異郷由来の祭りでもある。むしろ、クリスマスイブにエクソシストをするのは、琴羽も悪くないような気がしていた。




