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第一話

「ねえ、お父さん。なんでテレビドラマの中のキリスト教って変なのかしら?」


 早乙女琴羽の朝は早く、身支度を整えると、自宅の隣の教会を掃除し、朝ごはんを作って食べる。


 最近は牧師である父と二人で朝食を取る事が多い。母は仲間と共に海外へ宣教、兄は全寮制の神学校に通っている為、食卓は二人きり。それでも寂しくはないのは、テレビがあるせいかもしれない。


 ちょうど今、某テレビ局の朝のドラマが放送されていた。ヒロインがクリスチャンで、学校や教会の様子も描かれてきたが、本職の父は微妙な表情を浮かべる。クリスチャンである琴羽もそうだ。ついつい文句が漏れる。


「なんで牧師がいるプロテスタント教会にマリア像やステンドグラスがあるの? こんな神聖的な聖堂もってるプロテスタント教会って日本にある? お金かかりそうじゃない? そんなお金はどこから? 多くはアットホームかつ学校の教室みたいな感じでは? ああ、おかしいわ。ツッコミどころしかないんだけど」


 琴羽がそう言い、トーストしたパンを齧った。ザクザクと小さな音も響く。


「まあ、しょうがないって。日本人はクリスチャン人口は1%だ。正確に描写できるエンタメは少ないだろう。クリスチャンが少ないのは、我々の伝道不足のせいもあるのだから」

「それにしてもプロテスタント教会にマリア像はないわー。これって偶像崇拝禁止なんじゃない? 少なくともプロテスタントでは置いてないのでは?」

「まあまあ、朝からそんな血圧あげるなよ。日本人にとってはカトリック教徒の方がイメージしやすいし、画面映えもするよ。つまり画面的にわかりやすいから、マリア像を置いてるんだよ。さほど深い意味はない。正しさよりエンタメだ」


 父は困り顔でトーストを齧る。サクサクという音が響く。見た目は羊のように人畜無害。典型的な「初老の優しそうな牧師さん」ではあったが、信徒は年々減っていき、貧乏教会でもあった。


 両親は常にお金の計算をし、ケチケチした生活をしていた為、琴羽は教会の仕事は大人になっても絶対に継がないと誓う。普通に高校を卒業後、派遣社員として働いていた。そのあたりは一般的なZ世代なのかもしれない。


「ところで、琴羽。まだ、あのエクソシストやってるのかね?」


 人畜無害の父の目が突然光った。琴羽の心臓はぎくりと動く。日本では珍しいクリスチャンとはいえ、他は全く普通の女だ。メイクも薄め。今は会社に行く為にパンツスーツも着込んでいたが。


「いや、やってるわね。だって頼まれるんだもん。事故物件とか、姦淫の罪で体調不良の人から相談受けて」


 琴羽は趣味でエクソシスト・悪霊追い出しをやっていた。いわば副業感覚でやっていたが、父はさほど賛成的ではない。今は科学も発達した。日本のプロテスタント教会ではそんな事をしているのは少数派だ。これが公にされると父の立場も困るのだろうが。


「いや、エクソシストなんて、危険じゃないかね? 相手は悪魔、悪霊だぞ」

「大丈夫、大丈夫。イエス様と一緒にやってるからね。っていうかエクソシストなんて誰でも出来るよ。私だって洗礼受けた後にセルフでやったし」

「せめて二人か三人かやらないかい?」

「確かにそっちの方が聖書的だけどね。だったらお父さん、一緒にやらない?」

「嫌だよ。こっちも忙しいから」

「けち〜」


 こんなエクソシストをやっている琴羽だったが、父との会話はいたって普通だった。食卓はほのぼのとした雰囲気すらある。


「ま、お祈りしよう」

「え? 今、お祈り? さっき食前の祈りやらなかった?」

「いいから、琴羽」


 父は琴羽がエクソシストなんて辞めるよう祈り始めてしまった。


「ちょ、お父さん」


 琴羽は眉間に皺をよせ、明らかにイライラとそていた。


 ここで神様に祈るのはずるくない?


 そうは言っても、もう会社へ行く時刻が迫っていた。


 琴羽は食卓の上の皿を片付け、通勤バックを掴むと、会社へ出かけた。


 築四十年以上の古ぼけた一軒家を出ると、隣の教会がみえた。


 こちらも築四十年以上の三角屋根の建物だ。二階建てだが、住宅街に埋もれるようにあり、始めて来た人は見つけ辛いという。目印は教会の屋根にある十字架だ。本当は偶像崇拝禁止なので、十字架のオブジェもだダメなのだが、これ自体を拝んでいるものはいない。単なる目印、シンボル。


 ちなみに琴羽も父も十字架のアクセサリー類は一切つけていない。ロザリオもそう。あれも偶像崇拝になる。ピアス、ネックレス類も特に十字架関連のものは好まない。それに琴羽は服装もメイクもシンプルにまとめていた。元からあまり派手好きではない。


「さっきのドラマのヒロインは、ロザリオつけていたけど、あれも違和感なのよねぇ。そんな見た目でクリスチャンだってわからんわー。昔みたいにキリシタン踏み絵あったらどうするの?」


 琴羽はそう呟き、家から駅に向かって歩き始めた。住宅街から駅までの道のりは、通勤・通学の人で混み合うので、琴羽は少し早い時間に出ていた。この江田市は電車を使うと都心まで一時間弱でいける為、近年は人気の郊外地になっている。昔からずっと住んでいる琴羽は、都市開発が進む駅前に、ちょっとついていけない。


 通勤・通学の人達は、基本的の目が死んでる。琴羽はクリスチャンなので、そういった人達の雰囲気や霊的な状況を察してしまう。中にはぶつぶつと独り言を呟き、あきらかに悪霊が憑いている人も見かけたが、基本的には何もしない。


 心の中で祈る事はあるが、結局、聖書の神様は「自由意思」を大切にしていた。副業感覚でエクソシストをやっている琴羽だったが、依頼されない限りは、基本的に何もしない。助けを求められて動く感じ。


「おぉ」


 琴羽が乗り込んだ電車はぎゅうぎゅう。満員電車だ。押しつぶされそうになりながらも、なんとか窓際の位置をキープし、中吊り広告を見ていた。


 今日もごく普通の朝。朝のドラマはツッコミどころが多く、父はぼやき、電車は混んでいる。


 パンツスーツ姿で満員電車に乗る琴羽は、誰も悪霊を祓うエクソシストには見えないだろう。普通のアラサー女にしか見えないだろう。顔の作りも平凡。体格も普通。声も別に低くも高くもない。


「ああ、早く着いて欲しいわ」


 満員電車で呟く。もちろん、雑踏にかき消され、その声は誰の耳にも届かないが。


 まだこの時は、こんな普通の朝が続いていくと思っていた。エクソシストという妙な事はしていたが、別に本業ではないし。聖書では世界の終わりが語られ、それを信じている人も多いが、琴羽はあまりそこには興味はなく、一人でも福音を聞き、神様の愛と憐れみを知り、悪霊から解放される人が増える事を願っていた。


「ああ、ようやく着いた!」


 満員電車は最寄りの駅につき、琴羽は一目散に会社へ。


 この時はまだ、本当に呑気だった。

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