表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
12/79

エピローグ

 数日後。翠、花岡のエクソシストは成功した。翠はますます元気になってしまい、ジム通いも再開し、ムキムキになり始めたのは思わぬ誤算だったが。この翠の様子では、悪霊が戻ってくることもなく、日曜日には礼拝も捧げるという。


 一方、心配なのは花岡の方だ。あれから体調不良で入院中。当然、会社も休んでいた。


 琴羽は定時がすぎると、まっすぐに花岡が入院する総合病院へ向かう。


 上司たちは花岡の分の仕事の埋め合わせで大変そうだったが、仕方ない。普段、花岡の働きを無下にしていた報いなのかもしれないので、琴羽は残業もせず、花岡の元へ。


 花岡は個室のベッドの上にいた。本来なら体調不良ぐらいで個室は借りられないそうだが、翠の御曹司パワーでどうにかなったらしい。


 真白な病室にいる花岡は弱々しく見えた。注射の痕跡や、痩せている首筋や鎖骨あたりもあまり見たくない。ここに翠を連れてこなかったのは正解だろう。


「早乙女さん、何しにきたの?」


 花岡は口では文句を言っていた。しかしその表情は憑き物が落ちたよう。目だけなく、口元もスッキリとし、一見、五十過ぎの女性には見えないぐらい。


「これ、お土産のフルーツゼリーです。冷蔵庫で冷やしておきますので、食べてください」

「ああ、そう」

「大丈夫。上司たちは花岡さんがいなくて、困っています。ざまぁです。思い知らせてあげましょう」


 冗談のつもりで言ったが、花岡は一ミリも笑わない。それどころか、こんな事も話し始めた。


 元夫はモラハラ男だったそう。プライドが高く、外面はいいが、家では花岡を精神的に苦しめていたとか。


 そんな苦しい毎日。だんだんとと自分が悪いのだと自己否定感をもち、妊娠中の子供も流れてしまったという。今から十年以上も前の事だった。


 流産についてもモラハラ夫に責められ、離婚した。一人で生きる覚悟を決め、仕事もバリバリこなす日々。職場では内心お局だと蔑まれていたが、もう人生を諦めていた。もう愛などいらない。受け取らないと思い、心まで凍らせていたある日。


 会社の御曹司、翠に優しくされ惚れてしまった。


「でも、それは純粋な恋でも愛でもなかった。自分の心の穴を埋めるためのもの。御曹司を利用していたと思う」


 病室に花岡の枯れた声が響く。


「だって片思いしている時は、心が鉛みたいに重かったもの。御曹司の幸せなんて考えていない。いつも私、私、私。私を見てって思ってた。これってエゴよね」


 そこが悪霊の足場になったのか。琴羽の推理はだいたい当たっていたらしい。


「おまけに御曹司の近くにいるあなたに嫉妬していた。嫌がらせも私が犯人だから」


 そう告白されたが、琴羽は何も責められない。とにかく今は花岡の告白を黙って聞こう。


「ある日、夢を見たの。自分のそういう思いを食べてる悪魔が出てきた。思いを食べるたびに悪魔は力が強くなって、ついには御曹司を攻撃し始めたけど、止められなかったわね」


 花岡は今にも泣きそうだ。迷子の子供のような目。見てられないが、こうも語る。


「でも、あの日。あの日も夢を見たわ。神様みたいな存在が、迷子の私をずっと探してるの。『愛してる』って言いながら。これって何? 早乙女さんは答えを知ってる?」


 ここで答えを教えるべきか悩む。全部ここで教えてしまうのも、花岡が神様と個人的に出会う機会を奪っているような感覚も覚えた。代わりにヒントだけを与える事に。


「『わたしの目には、あなたは高価で尊い。 わたしはあなたを愛している』」


 この言葉だけ伝えた。この言葉を発している時は、完全に自我が抜け落ち、神と代理人状態になっていたが、花岡は涙を堪え切れず、シーツの上にシミを作っていた。


「大丈夫。気になったら、この言葉を検索してみて」

「そ、そう……。早乙女さん、嫌がらせして悪かった。ごめんなさい」


 謝罪の言葉ももらったし、もう琴羽は満足だった。あとは全て神の導きに任せようと決めた。


 琴羽もスッキリとした気分で病室を後にし自宅へ帰る。


 今日は聖書勉強の日らしく、教会の礼拝堂には翠と父がいた。筋肉自慢をしている翠は、若干、鬱陶しいが、花岡の件を報告すると、ホッとしていた。


「そっか。でも、花岡さんにも素晴らしい相手を神様が用意して計画しているはず。きっと俺のこともすぐ忘れるよな」

「そうね。そうだと良いわ……」


 琴羽も頷くと、父も同意し、ここの三人で花岡の将来を祈る。


 不思議と祈っていると、本当に花岡にも幸福がやってきたみたいで、三人とも満たされた顔になってしまったが。


 翠は突然、こんな事を宣言してしまった。


「そうだ。俺もエクソシストになる!」

「ちょ、やめて。なんで?」


 しかし翠は子供のように目をキラキラとさせ、少しも意見を変えない。まさに岩のような意志。その上、父も翠と二人でエクソシストをしなさいと言う。


「聖書でも二人以上で祈る事も推奨されていただろう?」


 そんな事を言父に指摘されると、琴羽も何も反論できない。ここで聖書を持ち出すのはズルいとも思ったが、隣で目をキラキラとさせる翠。確かに彼は勘もいい。花岡のエクソシスト中もとっさに聖書の言葉で戦っていた。あの機転の良さも琴羽にはできないと気づく。


「良いじゃんか。琴羽さん、俺とコンビ組もうぜ?」


 いつもだったら、即答で断るはず。翠とコンビを組むなんて、想像もつかない。


 それでも琴羽は翠に近づき、握手した。力強い握手だ。思わず父も口笛を吹くぐらい。


「ええ。これからは二人でエクソシストしましょう!」


 笑顔で頷く。これからはどんな日々になるか。どんな悪霊が出てくるか、不安もあった。


 それでも今は楽しい気分。琴羽も口笛を吹きたいぐらい。これも神様の素晴らしい計画だと信じてる。


「わたしはあなたがたの為に立てた計画をよく心に留めていると主は言われる。それは平和の計画であって、災いの計画ではない。将来の希望を与えるものである」(旧約聖書・エレミヤ書29章11節より)

ご覧いただきありがとうございます。久々のオカルトものです。第一部完です。こんな感じで短いテーマでシリーズ化予定です。たぶん四部ぐらいで完結予定ですが、よろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ