プロローグ
本当の悪霊祓い・エクソシストは、聖水も十字架も要らない。聖書そのものも要らないかもしれない。必要なのは、全知全能の神への信仰心。それが一番大事だ。
もちろん、「悪霊よ、イエスの御名ででてけ!」と言えば、雑魚悪霊などが簡単に誰でも追い出せる。神の名前には権威がある。これは簡単にいうと、水戸黄門の印籠や警察手帳みたいなものだ。
だからエクソシストを有償でやったり、支配やコントロールに使う者には注意が必要だ。「霊が見える」などと自慢したり、偉そうにしている者も。元々、人間は霊的に創られているので、誰でも霊感はあるものだ。人によって差があるだけで、見えない空気、雰囲気などは誰でも感じ取れる。それが霊感というもの。物質的に見えないものを感じ取れる力は、人間には全員ある。「空気を読む」、「阿吽の呼吸」という言葉もあるが、あれも一種の霊感だ。
「イエス・キリストの御名で命令する。今すぐ、この男から出ていけ!」
そしてこの女・早乙女琴羽はクリスチャンなので、人よりほんの少し霊感はよかったりする。ほんの少しだけなので、別に自慢する事ではないが、エクソシストの依頼もあり、今は副業感覚でエクソシストをやっていた。副業といっても本気だ。新約聖書の大部分を書いたパウロも、本業を持ちながらも福音伝道をしていた。
普段は派遣OLだった。伝票整理や電話対応、備品や弁当の注文などをやっている。牧師の娘ではあるが、宗教人になるのは抵抗があり、神学校へは行かず、副業感覚でエクソシストをやってる。
見た目はごくごく普通の二十五歳。琴羽の上司や同僚がエクソシストをやっていると知ったら、目玉が飛び出るかもしれない。
「琴羽さん、ありがとうございます。もう悪霊はいなくなったっぽいです。事故物件で困ってたんですよね」
「そっかぁ。まあ、事故物件にいるようなのは雑魚だから、私に頼らなくてもよかったけどね」
今日もエクソシストが成功し、琴羽葉スッキリとした気分だ。依頼者の男も表情が軽くなり、琴羽も嬉しい。思わず二人で笑顔だ。
「あれですね、本当に聖水や十字架、にんにくなんかも使わないんですね」
「あれは偶像だからね。本当は祈り、神様のお名前、聖書の言葉、賛美などが悪霊祓いの武器なんだよ」
「知らなかったですよ。そんな、あなたのようなクリスチャンがこんな霊的な問題に詳しいとは」
「まあ、人それぞれだけど、もっと詳しい人はクリスチャンで多いよ。私は特別ではないです」
依頼者の男は琴羽に謝礼を払おうと、財布を取り出そうとした。
「いいから。本当に無料だよ。趣味でやってるし。これ、本業じゃないし」
「えー、本当に無償で?」
「その栄光は全て神様へお返ししましょう。すごいのは私ではなく、神様です! 神様すごーい!っていう言葉が最大のお礼ですから!」
琴羽がそう言うと、依頼者はポカンと口を開けていた。
「いい? 私は偉くないんだからね」
そう言い残すと、琴羽は自分の家に帰ることにした。来月からアドベント、クリスマスもあり、家の教会も忙しい。
「ふう。一仕事終えたわ。空が綺麗ね。爽やかな気分よ」
見上げた空は清々しいほど晴れている。
この時の琴羽はまだ知らない。なぜか会社の御曹司とともにエクソシストをする事になるとは。本来ならば、エクソシストも二人か三人でやるのが聖書的ではあったが、琴羽は日々の忙しさに追われ、すっかり忘れていた。
「さあ、父が待ってるわ。教会へ帰りましょう」
琴羽はそう呟くと、せわしなく足を動かしていた。