出雲ロマン街道
2024年のお盆は天気が良かった。良すぎてカンカン照り。太陽から降り注ぐ光が、ちょっと暴力的でした。前回、スーパーカブで丹後半島を旅行した際も良い天気だったのですが、服装は半袖のポロシャツ姿でした。走っているときはそれほど気にならなかったのですが、帰宅して風呂に入る時に気が付きます。両腕が日焼けて真っ黒でした。お湯がかかると、痛い。そんなことがあったので、今回の出雲の旅では、長袖のパーカーを用意します。大阪から出雲までのツーリングは、このパーカーのお陰で日焼けにはならなかったのですが、僕なりには少しだけ不満でした。
――開放感がない!
ポロシャツ姿のラフな格好で、風が感じられるツーリングって気持ちが良い。肌はこの世界を感じるセンサーの一つです。隠してしまうと爽快感が感じられない。ということで、二日目はパーカーを脱ぐことにしました。日焼けしても構わない。それよりも全身で出雲を感じたい。
次なる目的地は「出雲玉造資料館」になります。場所は玉造温泉の近くでして、出雲と松江の間には宍道湖があるのですが、その湖の南側にありました。宍道湖の湖岸には国道9号線が走っているので、ルートはそれほど難しくない。でも、念のためにグーグルマップでルートを検索してみます。
――ん?
幾つかの候補が表示されたのですが、グーグル君のチョイスは市街地を走る国道9号線ではなく、山間部のルートが最適と判断しました。面白いじゃないですか。同じ走るなら信号が多い市街地よりも、ワイディングロードの方が面白いに決まっている。グーグル君に素直に従うことにしました。
出雲大社は、標高500mほどの山々が連なる島根半島の西端に位置しています。南を向くと山陰の山々を仰ぎ見ることができ、その間には長方形の形をした出雲平野が広がっています。この出雲平野を真東に向かうと宍道湖に至るのですが、僕は出雲平野を南寄りに斜交いに走りました。この出雲平野が美しい。現代では住宅地が多くはなっていますが、豊葦原の瑞穂の国を感じさせる原始風景でした。どこか奈良の明日香村を感じさせます。
綺麗に整備された田んぼが出雲平野に広がっていました。黄色く色づいた稲穂もあれば、青々とした稲穂もあります。僕は素人なので判別が出来ませんが、これは米と麦の違いなのでしょうか。それとも早生と晩稲の違いなのでしょうか。農道を走っていくと、風に揺れる稲穂の色が変わりばんこに変化していきます。見上げると青い空が広がり、白い雲がぽつりぽつりと浮かんでいました。そんな様子を眺めながら走ります。とても気持ちがよい。
ふと見ると明らかに稲穂ではない畑がありました。スーパーカブを停めて近づいてみます。多分、これは蕎麦だと思います。暑い夏に負けじと、蕎麦が背伸びして起立していました。青い匂いが鼻をくすぐります。そう言えば「出雲そば」の看板をいくつか見ました。折角なので食べてみようと思ったのですが、どこもお客さんでいっぱいなのです。時間が惜しいので、昼飯はスーパーの安い弁当で済ましてしまいました。ちょっと後悔。気を取り直して、またスーパーカブを走らせます。
斐伊川に架かる橋を渡り出雲平野を走り抜けると、山陰の山々が目の前に迫ります。道路に看板が掲げられていました。「出雲ロマン街道」と表示されています。この道の正式名称は「簸川南地区広域農道」というそうで、出雲と松江を結ぶ全長27kmのワイディングロードでした。この道には、銅剣が358本も出土した荒神谷遺跡もあります。この道がすこぶる良かった。
僕の持論なのですが、旅は足が遅い方が味わい深いと考えています。若い頃は自転車で旅行することが多かったのですが、自分の足で遠方に出かけるというのは大きな達成感を感じられます。最近は、奈良県の大台ヶ原に行ってきたのですが、自分の足で山を登る魅力を強く感じました。日の出前から歩き始めて、17kmほど歩いたのですが、原生林の姿に心を打たれます。遅いからこそ足元にある神秘に気づくことが出来ました。足を止めてしゃがんでみます。多雨な大台ヶ原という環境の中で、青い苔やキノコたちが生き生きと息づいている姿を感じることが出来ました。
そうした遅い旅に比べると、バイクは早すぎる。移動の手段と割り切ると、大阪から出雲まで一日で行けたので、便利な乗り物ではありました。しかし、旅は、目的地に到着することが目的ではありません。点と点を結んだ途中経過を楽しまないともったいない。そうしたバイクの醍醐味は、信号のないワイディングロードだと思うのです。
出雲ロマン街道はそもそもが農道ということもあり、山間部の段々畑の中を駆け抜けていく道でした。この段々畑が美しい。アップダウンを繰り返しながら、階段のように並んでいる棚田を見ました。まるでパッチワークのように山の斜面を飾っています。坂道を駆け下りていくときは、そうした棚田を見下ろしながら空を飛んでいるような気持にさせられました。切り裂いていく風が気持ち良い。全身で風を感じました。アクセルは緩めない。どこまでもどこまでも疾走していく感覚が、僕の心を曖昧にします。この世界と混じり合っていくような快感がありました。
出雲ロマン街道――素晴らしい道でした。スーパーカブなので上り坂は全く上らないのですが、それもご愛敬。途中で荒神谷遺跡の看板も確認したのですが、時間がないということもありスルーしました。というか、走ることに夢中になっていました。50ccの相棒のことが大好きです。




