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二十三:―二〇〇二年六月七日 二時五五分―

 豪雨は勢いを弱め、校舎を包み込むような静かな雨音が昏い廃校に響き渡っていた。さあさあと窓の外に降り注ぐ雨を子守歌に、舞子さんと成美さんはぐっすりと眠っているのか、布団を被ったっきり、動く気配は無い。

 池中さんはソファーでたまにいびきを掻いてはいるものの、寝苦しいらしく、時折落ち着かない様子で何か呻いては姿勢を変えて、寝返りを打っていた。寝返りと言っても、所詮はソファーの上だ。好きに動ける訳でも無い。毛布を被ってもぞり、もぞりと蠢く様は、まるで巨大な芋虫みたいだ。一晩不寝の番を買って出た僕は、やることもなくて、そんな様子をただ眺めていた。そう、要は暇なのだ。

 いつあの三谷先生が襲ってくるか、分からない。そんな緊張感が保てたのは、せいぜい最初の三十分くらいだろう。緊張感も集中も、それほど長く続く訳では無い。今となってはこの静かな職員室の中で、もぞもぞと動く芋虫と化した池中さんくらいしか、観察する物も無いのだ。

 堀さんは再び調査ノートに目を通した後、ノートをテーブルに置いて難しい顔をしていた。何やら考え込んでいるようだが、僕にはその脳内を覗き込むことは出来ない。何を考えているのか、聞きたいと言う思いは有れど、声に出して話をしては他の人達の眠りを妨げてしまうのでは無いかと思い、結局また芋虫観察に戻ってしまう。


「……これ、見ちまうと、やりきれねぇな」


 しかし、堀さんの方から声をかけてくれた。他の人を起こさないよう、ごくごく小さな声で。彼はどさりと池中さんが寝ている向かいの三人掛けソファーに腰を下ろし、僕を手招きした。僕もまた、彼の隣に腰を下ろして、声を潜める。


「教えてくれる気になったんですか?」

「うん? 何をだ」

「さっき、話を聞いた時に、話して良いか分からないくらいにやばいって言っていたじゃないですか」

「ああ……」


 堀さんは両脚に肘を乗せて、手を組んだ。俯いた顔は、まるで教会で懺悔でもしているかのようだ。


「俺は、怖かったんだよ。下手なことを言って、自分まで巻き込まれるのが……だから、何も見ないふりをして、あの人達とも極力距離を置くようにして。でも、見ないふりをしている一方で、このノートを書いた子は、巻き込まれて殺されちまったんだろうな……」


 否、堀さんの独白めいた言葉は、事実懺悔だった。


「堀さん……知っているんですか? 彼女が何故、屋上から飛び降りることになったのかを」

「多分だがな。これを見たら、そうとしか考えられねぇ」


 どくりと、鼓動が跳ねる。これから彼が言うことを、聞くのが怖かった。でも、聞かないときっと、僕は前には進めない。一生、彼女の幻影を追いかけたままだ。


「……教えてください。堀さんが、知っていることを」


 彼は無言のまま、小さく頷いた。

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