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十六:―二〇〇二年六月六日 二三時二〇分―

 事務室で舞子さんと菜摘さんの二人に声をかけた後、再び職員室に戻って来て、四人で過ごす。今の話題は、誰がどこで眠るかだ。


「長いソファーなら横になれるけど、こっちの一人掛けソファーは横にはなれねぇよなぁ」

「僕はこれでも十分だけど」


 一人掛けのソファーに身を沈めながら、僕は言った。アパートにあるパソコンデスクも、仕事先でもある編集部のデスクのチェアも、こんな上等な物では無くて、もっと安物の椅子だ。確かに長年放置されていたソファーは年季が入っているが、元が上物だったのだろう、座り心地もクッション性も優れている。


「僕はそっちのソファーだと、狭いかな……」


 三人掛けのソファーに座る池中さんが、申し訳なさそうに呟く。


「そりゃ、てめぇはなぁ」


 堀さんが、さもありなんと頷いた。


「いざとなれば、倉庫から持ってきた毛布を敷いて床で寝たっていい。俺はどこでも構わねぇぜ」

「じゃ、成美さんと池中さんに大きいソファーを使ってもらいましょうか」

「ああ、そうしよう」

「あの、良いんですか?」


 成美さんは少し申し訳なさそうな様子だ。


「勿論ですよ。僕も床でもどこでも寝られますし、それに寝ないで仕事に追われているのがいつもですから」

「ははぁ、記者さんってやっぱりそんな感じなんだ」


 自虐ネタに食いついたのは、池中さんだ。流石にいつもそうって訳では無いのだけれどね。どうしても忙しい時期には、睡眠がおそろかになることは、少なく無い。


「一晩くらいなら、寝なくても平気ですね」

「つっても、車で来ているんだしよぉ。寝られる時に寝ておいた方がいいだろう」


 突っ張っている割に、堀さんは常識的なところがある。確かに睡眠不足での運転は、危険を伴う。ひょっとしたら、僕のことを心配してくれているのかもしれないな~なんて。


「車……出せるようになるといいね」


 僕達のやりとりを聞いて、池中さんがぽつりと呟いた。そうだ、今はまだ土砂崩れで道は塞がったまま。この雨ではさらに山の斜面が崩れてくる可能性があり、復旧作業にも取りかかれてはいないだろう。


「いつ帰れるにせよ、体力は温存しておいた方がいい。ま、先に救助ヘリで戻ることになるかもしんねぇけどな」

「ヘリの方が怖いですよ。僕、高いところが苦手なので」

「へぇ、そうなんだ」


 僕の言葉に、池中さんが意外そうに声を上げた。


「高校生の頃、初デートで遊園地を選んで大失敗しました」

「あははは、そりゃ選択ミスだな」


 堀さんが声を上げて笑う。その隣で成美さんも、くすりと表情を綻ばせた。


「私も苦手です、ジェットコースター。髪の毛は乱れちゃうし、帽子やスカーフは外さなきゃいけないし」

「なるほど。女性は大変そうですねぇ」


 女性には女性特有の大変さが有るのだろう。僕が一緒に行った子は、当時まだ高校一年生だったし、髪もメイクもそれほど気を遣うような子では無かったけれど。

 遠い過去の、淡い想い出。今ではもう会うことの出来ない、記憶の中のあの子。

 つい感傷に浸りそうになる僕に、池中さんが怯えた様子で声を掛けてきた。


「神尾さん。君、彼女が居たのかい?」

「え、そこショックを受けるようなところですか?」


 池中さんの表情に、三人とも吹き出してしまう。こんな時だと言うのに、職員室は和やかな雰囲気に包まれていた。


「神尾さんは僕の味方だと思っていたのにぃ」

「だっははは、勝手に味方扱いするなよ」

「まぁ、そちら側の人間であることは否定はしませんが」

「しないのか!」


 堀さんは僕と池中さんの間で、突っ込みに忙しそうだ。一人、成美さんだけがきょとんとした表情で首を傾げていた。


「あの、そちら側の人間って、どういう意味でしょう?」


 大真面目に問われて、僕と池中さんは返答に窮してしまった。その横で、堀さんは口元を押さえ、必死に笑いを堪えていた。




 最初は男性ばかりで少し不安そうだった成美さんの緊張も、解けてきた気がする。少しでも落ち着けたら良いなぁと軽口も交えていたが、効果は有っただろうか。

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