村人の説得
レイヴンは村へと戻る。
見ると、教会の灯りが付いている。
それを確認すると急いで教会の扉を叩く。
ゆっくりと扉が開き、中からアリスが驚いた顔をして出てくる。
そして、レイヴンを見て、何やら安堵したような顔をした。
「急にレイヴンがベットからいなくなったから、驚いちゃって……それで、心を鎮めるために、教会でお祈りをしていたんですが……どうしたんですか?」
レイヴンはまず、息を整える。
そして、わけを話す。
「実は……この辺に魔王四天王がいるようだ……」
アリスは驚いたような顔をする。
「魔王四天王が?どうしてです?」
レイヴンは、アリスにこれまでの経緯を話した。
インプが近くの森におり、そしてそのインプが自分を探していると話していたこと。そして、そのインプは四天王の配下であり、魔王が自分――レイヴン――のことを探していたということ。
その話を聞きながら、アリスは神妙な面持ちになる。
そして、少し考えてから話す。
「それはつまり……もしかすると、この村が襲われる可能性がある、ということですか?」
流れる沈黙。
揺れる蝋燭の炎。
「流石に、そうと決まったわけではないが……その可能性は十分にありうる」
アリスは落ち着かなくなって、教会を歩き始める。
そして、心を鎮めるために、眼を瞑って祈りを捧げたりしている。
暫くして決意が決まったのか、沈黙を破る。
「まず、レイヴンが何故夜中に抜け出したのかは、ここでは問いたださないようにしましょう。私たちにとって重要なのは、まず魔王軍の襲撃に備えることです」
そう言うとアリスは立ち上がり、教会を後にしようとする。
「おい、どこへ行く?」
レイヴンがそう聞くと、アリスは答える。
「村の方々に事情を説明して、避難して貰うようにお願いするのです。そして、私たちも避難します」
本音を言えば、レイヴンはその場所から今すぐにでも離れたかったが、『封魔と使役の腕輪』で自分の魔力が封じられている以上、アリスに付いていくしかない。
しかも、魔王の軍勢が自分を捕まえようとしているのならば、なおさらだ。
なぜなら、身を守るための魔力がないのだから。
ここでレイヴンがやるべきことはただ一つだ。
アリスの手伝いを行うことだ。
二人は手分けし、民家の扉を叩く。
村人たちは、眠い目を擦りながら出てくる。
中には露骨に不機嫌そうな顔をする人もいる。
そんな人をなだめ、事情を説明して、なんとか避難してもらうよう説得した。
そして、ほとんどの村人に事情を説明し終わったころだ。
村人たちは広場に集まっていた。
そこで、アリスは改めて事情を説明する。
「恐らくですが……魔王軍の四天王がこの村にやってきます」
ざわつく村人たち。
不安な顔をして、口々に話し合う。
「だから、急いで避難の準備をして、村から出ましょう。」
アリスは懇願するように村人たちに言うが、それでも中々決断できないようで、その場を動こうとしない。
「そんな、急に言われても……」
「家財道具も運び出さなきゃ」
「畑だって……」
「それに、逃げるたって、何処へ逃げれば……」
そんな心配の声が上がる。
アリスは村人たちに訴えかける。
「お願いします!あまり時間がありません!魔王軍に関しては、私たちが食い止めます!信じてください!」
アリスの必死の訴えにも、関わらず村人たちはぐずぐずとその場に留まり続ける。
そして、とうとうアリスに対して文句を言い始める。
「だいたい、急にこの村に来て、いきなり避難しろだなんて……」
「そうだ、そうだ、こちらの事情もあるわい」
「そもそも、アリスはよそ者なんだろ?」
村人たちは身勝手にアリスへ不満をぶつける。
アリスはそんな村人たちに必死に訴える。
しかし、村人の怒りが収まる様子はなく、むしろヒートアップしていく一方だ。
その様子に、アリスは泣きださんばかりの表情を浮かべる。
レイヴンは、アリスに同情する気持ちが湧く。
そして、静かにアリスに言う。
「私の力を少しだけ解放しろ」
アリスは困り果てた顔をしたまま、レイヴンのほうを振り向く。
「解放って……その……」
「いいからやれ。私だって『封魔と使役の腕輪』の使い方がどんなものかくらい心得ている。私の力を少しほど解放することだって出来る筈だ」
浮かない顔をして、アリスは呪文を唱え、『封魔と使役の指輪』で封じられているレイヴンの力を少しだけ解放した。
レイヴンは、『封魔と使役の指輪』から魔力が戻ってきているのを感じる。
これなら、なんとか魔法を唱えることが出来る筈だ。
レイヴンは、火の玉を手に作ると、外に見える納屋に放った。
火の玉は納屋に直撃し、激しい爆発音を立てる。
村人たちは、その音を聞いて、さっきまで不満で荒れていたのが嘘のように静まり返った。
ただ一言だけその納屋の所有者だけが、静かに呟く。
「ああ……おらの納屋が……」
そんな嘆きとは無関係に、納屋はメラメラと燃えている。
そして、レイヴンは威勢よく啖呵を切る。
「お前ら!よく聞け!私は魔王四天王にして最弱、グリムゾン・レイヴン!いま、ここに私を狙って、魔王の軍勢がやってくる!その戦いに巻き込まれたくなければ今すぐ避難しろ!私は魔族だから、お前らのことなど知ったことではない!だが、こうやって恩情を持って警告しているのだ!私ですら、四天王で最弱なのだ!」
そうレイヴンが叫ぶと、村人達は一瞬固まってから、我先にと逃げ出し始める。
中にはその場でうずくまる者もいたが、何人かの村人に手を引かれて、半ば強制的に避難させられている。
「こんな……乱暴なことをしなくても……」
アリスは、村人たちが半ば強制的に避難させられているのを見て、心を痛めた。
レイヴンはアリスを諭すように言う。
「アリス、お前は優しすぎる。この方法が一番手っ取り早い。あの様子なら、こうでもしなければ、村人達は動かない」
「それは……そうかもしれませんけど……」
「お前らの言葉を使わせてもらえば、『神の御心に叶うのであれば、その者を許すであろう』だ。人を従わせるためには、乱暴な手段も必要だ。今みたいな緊急事態ならなおさら。私だって、私自身が魔族であるというリスクを冒したのだ」
村人たちがいなくなった村に、レイヴンとアリスの二人だけが残される。
納屋は静かに燃えている。パチパチという音が、静けさを強調する。
周囲には、木の焼ける臭いが漂う。
「もう一つ重要なことがある。納屋を燃やせば、魔族の軍勢は何かあったと、村のほうに来るだろう。あんな風にな」
レイヴンはそう言って、指をさす。
指先の遠くに、松明が幾つも灯っていた。
その松明は段々と近づいてくる。
「アリス、今なら私を囮にして逃げることが出来るぞ、どうだ?」
レイヴンは不敵に笑う。
アリスは恐怖に震えながらも、首を振る。
「私は、レイヴンを置いて逃げません」
レイヴンは感心したように笑う。
「なるほど、聖女ってやつはとことんお人好しだな」
「これは……私がレイヴンに腕輪を付けた責任ですから……」
そう言うとアリスは、震える体を押さえつけるように祈る。
「我が神よ、どうか私たちをお守りください……」
レイヴンは、近づく松明の灯りをじっと見続ける。