あいらぶゆーの伝え方
小夜子の夫は朴念仁である。いつ何時も不愛想でにこりともしない姿は野生の熊のようだ、と称されるような男なのだ。上背があることが大きな要因ではあるが、三白眼気味の目は常に視線の先を睨んでいるようだし、重たい黒髪がその圧力を増長させている。要は恐怖を抱かれることが多いのだ。
「省三さん、細君とはどうかい?上手くやってんのかい?」
「…はい」
叔父が心配して声をかけてくれてもこの調子である。叔父様が”本当に大丈夫??”と不安に満ち満ちた瞳をこちらに向けてくるので、何ともいたたまれない。
「省三さんは良くしてくださっていますよ」
ふふっと笑みを零すように口にすれば、
「そうかい、それならいいんだが」
と叔父様は相好を崩した。そのすっかり緩んだ表情には甥への確かな愛情が籠っているようで。
「…大丈夫ですから」
と零した夫の耳が少し赤らんでいたのを私たちは微笑ましく見ていた。
彼の朴念仁ぶりが批判の的になるのは、ひとえに彼の家が商家であるからである。人を相手に商売をするのだから、そこで必要とされるのは巧みな話術と人好きのする笑顔だ。しかし、彼と言ったら無口に不愛想、人見知りを煮詰めたような性分をしているものだから、商売をするのには如何せん不向きであるのだ。好きでこんな性分になった訳でもなければ商家生まれになった訳でもない彼からしたら、社会はかくも生きにくいものだろう。
「小夜子ちゃんも大変ねぇ~!旦那さんがこんなのじゃお客様の対応はぜーんぶ小夜子ちゃんがするんでしょう?忙しくて仕方ないでしょうねぇ」
常連のおば様方からはこんな風に言われることもしばしばなのだから、私は苦笑するほかない。
「いえいえ、そんなことはないですよ?だって省三さんは品を見る目がありますから。私にはないものだから、頼りにしてるんですよ」
「あら~!もう、小夜子ちゃんは本当にいい子ね!…あらいけない。もう夕飯時ね。それじゃ、また来るわ!」
おば様はそういうと夕暮れの街を急ぎ足で帰っていった。
いつも私がああやって返すからか、おば様はこれを私の本心としては受け取ってくれない。私の品を見る目がないのも、品を見る目がある省三さんに頼っているのも事実なのに。内心、少し不満に思っていると「小夜子」と呼ぶ声がして振り向いた。
「新しくこの商品を仕入れて売ろうと思うんだが、小夜子はどう思う?」
そう言った省三さんの手には、光を受けて鮮やかな影を作り出す硝子細工が載っている。硝子の中で屈折した光が壁を彩り幻想的なそれは、机上に置いて使うランプにステンドグラスが組み込まれ、精巧な美しさを放っていた。
「まぁ!とっても綺麗ですね!お嬢さん方も好まれそうな可愛らしい品だと思いますよ」
「…良かった」
ちらりと窺えば、珍しく口元と目元を緩ませた省三さんがほぅ、と安堵したように息をついているところだった。
「ふふ、ぜひお店に置いたらいいと思います」
「そうだな、ありがとう」
物の価値や美術的な良し悪しなんかには疎い私にも、こんな風に問いかけてくれる省三さん。私はそんな省三さんが好きだ。
「小夜子、いつもありがとう」
ぼそりと呟かれた言葉が私の耳朶を打って目を見開く。彼が先ほどのおば様とのやり取りを気にしていることは分かっているけれども、彼の口からこんな言葉が出てくるなんて珍しい。
「いいえ、どういたしまして!」
そう言って省三さんに抱き着いた私を彼の腕が優しく抱き留めてくれる。
「こちらこそ、いつもありがとうございます、省三さん」
「…ん」
短く答えた彼の手に少し力が籠って、髪の黒から覗く耳はやっぱりほんのり赤い。
彼が「愛してる」と言葉にすることはない。それでも、こうやって態度で示してくれるのだ。彼がそういうことを言葉にしないことを取り上げて、「旦那様があんなで可哀そうですね」と言ってくるご婦人もいるけれど、彼女たちは気づかないだけなのである。口にしない傲慢さも、私が分かっていればいいのだ、という彼なりの愛情表現であるのでは、なんて思ってしまう私は世界一の幸せ者なのかもしれない。
お読みいただき、誠にありがとうございました!またお会いできると嬉しいです!