第93話 聖女はのんびり魔王討伐へ
馬車のなかは揺れも少なく快適である。そしてセシリアにとって今や落ち着く存在である、ラベリとアメリーが一緒なのでストレス少なく過ごしている。
時折行われる過度なスキンシップと恋バナには疲れるが、男にされることを考えれば嬉しいくらである。
思いだしてすぐに結婚しようだとか、本気で言って来る男たちにウンザリ気味のセシリアの頬にアメリーが触れる。
「うわっ! ど、どうしたの?」
「セシリアって肌綺麗よね。なに使ってるの?」
「べ、べつに……」
「セシリア様はまず石鹸が最近流行の植物由来の物を使ってます。それにお肌のケアとしてヘイチマと呼ばれるみずみずしい植物から取れる化粧水『聖女の雫』を使用してるのです」
顔を近付けてくるアメリーに身を引くセシリアの前に座る、ラベリが得意げに答える。
「なんであんたがそんなに詳しいのよ」
「私はセシリア様専属のお世話係ですからそれくらい把握してます。それよりもあなたもどうです、この『聖女の雫』はセシリア様の発案で作られた高級な一品ですよ」
ラベリが持つヘイチマの実から取れた化粧水のビンをまじまじとアメリーが見つめる。
「それと今ならこちら、セシリア様と言えばラーヘンデルの花の癒しと安らぎの香りのするラーヘンデルの香水『ララ・セシリア』をお付けします」
「うっ、それは欲しいわね……でもお高いでしょ?」
アメリーの問いにラベリは得意気に首を振る。
「効果とブランドを考えれば金貨一枚は下らない品物ですが、セシリア様のご厚意により今らならなんと銀貨二枚!」
「ええっ!? 普通に高い! でも欲しいっ」
化粧水と香水を悔しそうに見るアメリーを見て苦笑いをするセシリアはラベリの手元を指さす。
「ラベリそれ本当に売るの?」
「ええ、もう販売前から注文殺到で実家はうっはうっはですよ!」
前に肌ケアの話になったときに特に何もしていなかったセシリアは、実家で母が使っていたヘイチマと呼ばれる植物の実にある水を使っていたのを思い出して適当に言ったのだが、まさかそれが製品化されているとはクルトン一家の宿屋だけでは収まらない商売魂にセシリアも感服してしまった。
「そうは言うけどアメリーの肌綺麗だよ。ラベリだって綺麗だよ」
「んまぁセシリア様! 私が綺麗だなんて恥ずかしいですぅ」
両頬を押さえもじもじしながら喜ぶラベリの横ではアメリーが自分の頬をペタペタ触る。
「最近血色が良くなった自覚はあったけど、セシリアが言うなら本当なのかな」
ニヤニヤしながら自分の顔を触るアメリーにラベリがビンを差し出す。
「肌ケアは荒れてから行うのではなく、荒れないように日々ケアすることが大切なんですよ。というわけで、初回はなんと無料! 気に入らなかったら七日間は返品もできちゃいます」
「む、無料!?」
ビンを手にしたアメリーが感動に満ちた目を輝かせる。
「メイデン教会に私から寄付しておくから、みんなで使って」
「えっ、いいの!? う~んでもセシリアにはお世話になりっぱなしで悪いんだけど」
「ううん、私もヒックとソーヤの面倒を見てもらってるから教会やアメリーにはお世話になってるしそれくらいやらせてよ」
感動し喜ぶアメリーに対しラベリがソワソワしてセシリアを見る。
「セシリア様からお金を取ることなんてできないんですけど」
「みんなから聖女だとか言われてるけど私を特別扱いしなくてもいいんだから、みんなと同じようにちゃんとお金は払わせてね」
これはセシリアの本心でもある。聖女だからとタダでいいですとか言われるのがすごく申し訳なくて嫌なのである。
実はセシリア、かなりお金を持っている。
セシリアが聖女として扱われだしてからは、アイガイオン王国とギルド双方からかなりの額のお金を支給される上に、さまざまな場所からセシリアに寄付が集まり使い切れない状況に陥ったセシリアは自分が寄付することを覚える。
孤児院や教会などの慈善事業はもちろん、仕立て屋のエノアが縫製関係やその流れで製糸関係が盛んなメンデール王国のウール工場、クルトン一家の経営する宿にヘイチマを育てる為の農場経営などにも寄付することで、新たな事業が力をつけ経済を引っ張るきっかけをつくることになる。
そしてそれは新たなお金を生み出し、セシリアの元へと返ってくる。返って来た金をまた寄付して……と、慈善事業から経済活性にまで影響を及ぼすセシリアは、慈愛だけでなく経済の面にも博識で投資して発展させる聖女として新たな信者を増やしている。
そんな裏の事情はあるが、セシリアとしてはいくらお金があっても無駄に使う気はないので払うべき場所にはしっかり払いたいのである。
そして今回も教会だけでなく、エノアや他の場所へも『聖女の雫』をセシリアが寄付することで効能はもちろん、聖女セシリアがオススメする品ということで爆発的ヒットをし新たなお金を生むこととなる。
多方面に強く影響を及ぼしているセシリアであるが、本人は何となくそのことを気付きつつも深く考えないようにして過ごしている。
今もラベリとアメリー双方が喜ぶようにと考えて行動しているだけである。
「契約成立ということで、この『聖女の雫』はアメリーさんにお渡しします」
ラベリからビンを渡され、嬉しそうにビンを掲げ下からのぞき込んで振るアメリーを見てセシリアも自然と笑みがこぼれる。
「あ、そうだ。こっちの香水なんだけど持ち運び易いように小ビンに分けてるからアメリーにあげる」
セシリアが香水の入ったビンをアメリーに渡すとさらに喜びを爆発させる。
「結構香りが強いからあんまり振り掛けなくていいからって、言ったそばからもう!」
シュシュっと香水をバラまくアメリーに怒るセシリアと、手を仰ぎ充満した香りを馬車の外へ必死に追い出すラベリの三人がキャッキャッいいながら騒ぐ様を聖剣シャルルとグランツは目を細めて見つめ、アトラは影でうずうずしている。
***
「こちらがオーツ麦のクッキーになります」
休憩に停まった川沿いで優雅にお茶をするセシリアのもとにクッキーが届くと、指で摘まんだセシリアが口へ運ぶ。
「美味しい。あ、これってビーナの蜜を使ってますか?」
「さすがセシリア様です! こちらビーナクッキーと言いまして、これから向かいますシズェアの特産品であるビーナの蜜を使っているのです。シズェアは蜜を使ったお菓子作りが盛んな国なのです」
セシリアの問いかけにクッキーを運んできた給仕の男性は手を叩いて感激の声を上げ、シズェアの特産品について説明してくれる。
他国へと行く機会のなかったセシリアは、他国の情報をこうしてさり気無く教えてくれる周りの気遣いに感謝しながらビーナクッキーを味わって食べる。
「とても美味しいですと料理人の方々にお伝えください。また後程挨拶にむかいますからともお伝え願えますか?」
セシリアの言葉に給仕の男性は喜びの表情を見せつつ深々と頭を下げて下がっていく。
「ん~デイジーが作るのも美味しいけど、一流の料理人たちが作ると味も上品になるものね」
もぐもぐ食べるアメリーが感心したように言うと、興味深く味わって食べていたラベリも頷いてアメリーに同意する。
「それにしても、こんなのんびりティータイムとかありますけど、まったりし過ぎて魔王討伐に向かっているってこと忘れそうになりますね」
「んー私もそう思う」
「!?」
ラベリの呟きにセシリアが同意したとき、アメリーが息を吞んだので二人が同時に見る。
「アメリー、忘れてたでしょ」
ふるふる首を横に振るアメリーを見てセシリアとラベリが同時にため息をつくが、やがて笑い出しアメリーも混ざって笑う。
こうして聖女一行はのんびりと魔王討伐へ向かうのである。