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第92話 この男たち本気である

 朝早くにも関わらず大勢の人たちが、聖女セシリアを見送るために集まり道の両端を埋め尽くし声援を送る。

 屋根のない馬車に乗ったセシリアが恥ずかしそうに手を振って応えると、より大きくなった歓声がセシリアに送り届けられる。


 笑顔の作りすぎで顔が引きつりそうだなと思いながら、集まってくれた人たちに手を振るセシリアはいよいよ始まる魔王討伐の旅のことを思い気が重くなる。


 魔王討伐自体荷が重いのもあるが、それとは別に頭を悩ませてくれたのが、出発前にあった聖女セシリアに誰がついて行くか問題である。


 魔王討伐へ向けアイガイオン王国から出発した後、北へと向かて行くわけだが魔王の進行方向が不明な状態であること、そして各地にあるであろう遊戯人(ゆうぎびと)が残した言葉を見つけるため聖女セシリア率いる本隊。

 そしてもう二つ部隊を分け、合計三部隊を三方向に分けて進軍することになる。


 問題は本隊である聖女セシリアに誰がついて行くのかで揉めたのが五大冒険者たちである。


 一応五人だと三部隊に分け難いと言う理由から、元五大冒険者であるニクラスを入れ六人を二人づつ分けることになる。

 じゃあ誰が聖女セシリアと行くのかをどうやって決めるかで一波乱起きたのである。そのきっかけは、フェルナンドの一言から始まる。


「五大冒険者一位である俺が本体と一緒に行くのは当然だろ」


 これに一番に噛みついたのがロックである。


「フェルナンドおっさんはいつものナンパだろ? セシリア様に本気な俺の邪魔はしないでもらいたいね」


「ふん、悪いが俺は本気だ。今まで会ったなかでこれほどの女はいないからな」


 ロックとフェルナンドが互いの武器を握りにらみ合う。そしてそれを止めるどころかグンナーとジョセフが武器を手に近づいて行く。


 四人にらみ合う一触即発状態を見てミルコが笑う。


「ふっ俺は誰と組んでも構わないが、セシリア様に嫌われないようにな」


 火に油を注ぐミルコの発言にフェルナンドが剣を抜き剣先を向ける。


「なんでテメェは一緒に行くことになってる」


「俺はセシリア様の盾だ。一緒に行かない理由の方がないだろう」


 当然だと言わんばかりに答えるミルコに対し、ジョセフがバカにしたように笑う。


「あなたは頭湧いてるんですか? そもそもそれはセシリア様が決めたことなんでしょうか?」


「なんだと、俺の頭が咲いているだと!」


 拳を握り筋肉をぴくぴく動かすミルコが聞き間違えているが、どちらの言葉も意味に大差はないようなで突っ込むことはしないセシリアはこの状況をどうしたものかと周りを見渡すが、他の冒険者や兵たちも五大冒険者たちの争いにどう声を掛け止めるべきか戸惑っている。


「ここで争っても仕方ないだろう。これで決めるのはどうだろうか?」


 そんななか黙って聞いていたグンナーが懐からコインを出すとみなに見せる。


「なるほど、コインの表裏を当てて誰がセシリア様と一緒に行くか決めるってわけだな。グンナーのおっさんたまにはいいこと言うじゃないか」


 得意げな笑みを浮かべるグンナーのコインをジョセフがジッと見ていたが何かに気づいたようにグンナーをにらむ。


「グンナーさんのスキルって確か『超動体視力』でしたよね。コインの表裏を見分けるくらいわけないでしょうし、そもそもそのコインどちらの面も同じ柄ですよね」


「んだと、グンナーてめえ騙す気だったのかよ」


「うむぅバレたら仕方ない」


 冒険者ならみなが憧れる存在、五大冒険者とはいったいなんのだろうか? そんな疑問を持ってしまう光景から目を背けたセシリアの目に近くでもじもじするニャオトの姿が映る。

 ニャオトは今回の旅において遊戯語(ゆうぎご)を翻訳するという重要な役目があるためセシリアと同行することは決まっているので近くにいるのである。

 なにか言いたそうにしているが、言えないそんな風に感じたセシリアはニャオトに近づく。


「ニャオトさん、なにか良い案ありますか?」


「ヒヤッ!? エット、ベ、ベツニ……」


 突然セシリアに声を掛けられ慌てふためき下を向いてしまうニャオトに、セシリアは微笑み掛ける。


「思ったこと言ってくださいね。私はニャオトさんの意見が聞きたいです」


 異世界で聖女と呼ばれる美少女にそんなことを言われたらニャオトは答えるしかないわけである。


「ジャ、ジャンケンガイイ、オモウ」


「ジャンケン?」


 聞いたことのない言葉にセシリアが首を傾げる。そしてニャオトの後ろで座ってにこやかに、五大冒険者たちの行く末を守る初老の男に声を掛ける。


「モールドさん、ジャンケンって聞いたことありますか?」


 モールドと呼ばれた初老の男は、かつてグランツがヴァンパイアであったヘルベルト討伐の際に同行した人物である。彼は歴史の知識と古代語を専門にしていることから旅に同行する運びになったのである。


「詳しくルールは分かりませんが、時々文献にジャンケンに勝った、負けたと言う言葉を見かけることがあります。恐らく勝負事の一種だと思われます」


 モールドの説明に感心しながら頷いたセシリアがニャオトを見る。


「それがこの争いを解決する方法に成り得そうでしょうか?」


 セシリアの澄んだ紫の瞳に映ったニャオトは必死に頷く。


「ニャオトさん、説明してもらえますか?」


「それでは私が書き取りいたしましょう」


 モールドが紙を束ねた、いわゆるノートを取り出すとニャオトが片言でするジャンケンのルール説明を書き記しながらまとめていく。


「ほう、三つの役がありそれぞれに強い相手と弱い相手がいるわけですな。同時に手の形のみでの勝負ですから不正も行い難そうですな」


 モールドまとめた手記を見ながら説明を聞いていたセシリアは、大きく頷くと手をパンパンと叩いて注目を集める。


「いつまで争っているんですか! 私は誰がついてきても構いません。あなた方が争うことでみなの士気を削いでいることに気づかないのですか?」


 セシリアの言葉に五大冒険者たちは黙ってセシリアの方を向き肩を落とし小さくなる。


「私が勝手に決めてもいいのですがそれはそれでイザコザを起こすのでしょう。ですからニャオトさん発案のジャンケンで部隊分けを決めます!」


 みなが「ジャンケン?」と聞き慣れない言葉に首を傾げる。


「モールドさんからルール説明を受けて早急に試合に望んでください」


 モールドが前に出て五大冒険たちにルールを説明する。みんなが手の形を作りながら役を覚えつつ、役の効果を必死に覚える。


 大の大人が、それもかなり強い男たちが四苦八苦しながら手の形を作りルールを覚える様子は面白いものだと、ニャオト興味深く見ていた。

 やがて準備ができた五大冒険たちが円を作り右手を構える。


 モールドが手を上げると、五人がそれぞれ手を強く握り締める。


「ジャンケン……」


「ポン!」


 五人が同時に手を出してそれぞれの役を見つめるなか、モールドの審査が入る。


「グー四名、チョキ一名よってチョキを出したフェルナンド様の負けです」


「んだとぉ! 俺が負けるなんてぇ!」


 手をチョキのまま叫ぶフェルナンドを無視して第二回戦。


「グー三名、パー一名よってミルコ様の勝利!」


「うおおおおっつ! 筋肉の勝利だぁ!」


 ミルコが太い腕を掲げ吠える。


 ジャンケンがなんだかまだよく分かっていない周囲の人たちも、フェルナンドが負けミルコが一位通過したことは理解でき、なんだか熱い戦いが繰り広げられていることに歓声を上げ始める。


 続いてグンナーが負け、ジョセフとロックの一騎打ちとなる。


「テメェだけには負けたくねえ」


「セシリア様の隣に立つのは私です」


 そしてモールドのジャンケンコールの後、ロックが拳をグッと突き上げ、ジョセフが手をチョキチョキしながら膝を折り地面に手をつく。この勝負の決着に周囲は湧き上がる。


 ジャンケンなるものがサトゥルノ大陸に正確に伝わり、後に大陸中にまで広がった瞬間である。

 広まる際、ニャオトのことは記されず、聖女セシリアが争いを収めるため考案したとされ多くの人に愛されることとなる。


「それではミルコさんとロックさんは私と、負けた順からフェルナンドさんとグンナーさん。ジョセフさんとニクラスさんで別れましょう」


 セシリアの一言で一喜一憂する五大冒険者の面々。

 この様子を見た周囲の人々は五大冒険者の争いを収めただけでなく、下がりかけていた士気を上げ場の空気を明るくした手腕に感動するのである。


(あぁ〜面倒くさい人たちだよ本当にまったく)


 心の中でため息をつき呆れていることは誰も気づいていない。



 ***



 見送る民衆に手を振りながら出発前の争いを思い出してしまい目が淀む。


『セシリア、笑顔笑顔!』


「あっ、いけない」


 セシリアが頭に響いた聖剣シャルルの声で慌てて笑顔を作る。


 そんなセシリアの笑顔を見て聖剣シャルルは満足そうにカタカタと上機嫌に音を鳴らす。


 こうして聖女セシリアの魔王討伐の旅が始まるのである。

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