第91話 魔王討伐ではなくセシリアについて行く人たち
謁見の間で王から魔王討伐へ向けて激励と支援の目録を受け取ったセシリアに大きな拍手が送られる。
「この世界に混沌をもたらす魔王の討伐を必ず成しえ、希望と笑顔をもたらすことを誓います」
聖女セシリアの宣言に出発前の式典に参加している人々からさらに大きな拍手が送られる。
***
「はぁ~疲れたぁ」
宿屋のベッドに座り肩をトントンと叩きながらため息をつくセシリアは、目の前で心配そうな顔で見守っているラベリと目が合うと恥ずかしそうに笑う。
「セシリア様はここのところ人前に立って視線と期待に晒され続けてますから、お疲れになるのは仕方ないですよ」
「なかなか一人になれるときってなかったし、なんだかんだでここが一番落ち着くんだよね」
セシリアの言葉に満面の笑顔を見せるラベリがもう我慢できないと、セシリアに飛びついて抱きつく。
「あぁ~嬉しいお言葉ですぅ~!! セシリア様ここに私と一緒に住みましょう!! 私ず~っとお世話いたします!!」
「ちょっと、ラベリ苦しいって」
勢いでベッドに倒れ込んでしまったセシリアの上に、覆いかぶさって頬を擦りつけ喜びを爆発させるラベリに顔を真っ赤にしながらセシリアが必死に引きはがそうとする。
「あ、明日には出発だから準備しなきゃ。しばらくここも使わないから荷物片づけないと次のお客さんが使えないしね」
「ん? この部屋セシリア様専用なので他の人は使えませんよ」
セシリアに抱きついたままラベリが不思議そうな表情でセシリアを見る。
「いっ? 宿屋なんだから部屋が空いたら次のお客さん入れなきゃいけないでしょ」
「セシリア様が過ごしやすいように改装することはあっても、他人に使わせる気は全然ありませんよ。なにせ宿屋クルトンは、聖女セシリア様がお過ごしになる聖地として営業していますから」
「あぁそう言う感じなんだ……じゃあ私が出ている間掃除しやすいように整理しておくよ。なんだかんだで貰い物がいっぱいあるからね」
セシリアが部屋の隅に積まれた鎧や防具に服、武器を見て困った顔で苦笑いをする。セシリアに向けての贈り物は王都以外からも日々送られて来て、今や受け取り検疫するための部署があるほどである。
厳しい検疫を受けて、感謝の手紙やセシリアが使えそうな武器や防具だけが送られてくるのだがそれでも多い。
最終的には装備類は冒険者になりたいけど先立つものがなく、装備が買えない人のサポートとして貸し出して、冒険者としてやっていくのならそのまま譲るという慈善事業をおこなっていたりする。
服もエノアとの契約があるし、沢山あっても仕方ないのでセシリアが買い足した上で教会や孤児院に寄付しており、これらの活動もまた聖女セシリアの名声を底上げしてくれていたりする。
王都に来て聖女となってからは別室へ移動し、そこからずっと過ごした部屋としばらく離れることを感慨深く見渡すセシリアをラベリが不思議そうな表情で見る。
「あれ? 言ってませんでしたっけ? 私も一緒に行きますよ」
「え?」
「セシリア様のことをよく知っていて、身の回りをお世話をしてきた実績がありますから食事、睡眠そしてその他細かなケアを致すべく私も一緒に旅へ行くんですよ!」
ラベリがついてくることを初めて知って驚くセシリアの手をラベリが取る。
「全力でお支えします!」
満面の笑みを見せるラベリを前にしてセシリアは頷くだけであった。
そしてそれは……
***
「セシリア教の布教! あ、セラフィア教の布教と私の見聞を広げる名目。そしてなによりも私らが女神である聖女セシリア様のお世話をするため私も一緒に行くのよ! ここまでの実績を踏まえセラフィア教代表として任命されたんだけど、セシリアと一緒に行くなら私しかいないでしょ!」
「えぇっ!? アメリーも行くの?」
教会の子供たちとケッター牧師、そしてアメリーにしばらく会えないから顔を見せようと寄ったら出会って第一声がアメリーのこの発言である。
「ちょっとまって、いま『も』って言ったけど他にも誰かついて行くの?」
「う、うん。ラベリが一緒に行くことになってるんだ」
「あの子が……むむぅ、確か宿屋の娘とか言ってたわよね。私料理は食べる専門だし、片付けは苦手だからそっちで争うのは部が悪いわね。ならば私は聖職者らしくセシリアの心のケアと精神的面で支えていくことにする!」
ラベリが来ると聞いたアメリーは自分が勝てる分野を見つけ出しそう宣言するが、お世話をすると言った人間がいきなりできない宣言は如何なものだろうと思いながらセシリアは一応尋ねてみる。
「ちなみに精神的面で支えるって具体的になにするの?」
「それはもちろん、一緒に刺激的な本や薄い本を読んだり、恋バナしたり、添い寝したりよ」
自信満々に言うアメリーにセシリアは肩を落としため息をつく。だがため息をつきながらラベリとアメリーがついてくることにホッとしている自分がいることも自覚していたりする。
男と一緒にいると恋愛感情をぶつけてくることが多いので疲れてしまう。その点ラベリとアメリー、エノアと一緒にいるときの方が落ち着くのである。
「薄い本は持って行くの禁止!」
「ええっ~。旅先のベッドで二人で読むとか考えただけでもワクワクしない?」
「しません。明日には出発だからちゃんと荷物まとめておいてね。さて、みんなに挨拶してくるね」
教会の中へ入っていくセシリアがショックを受けるアメリーを横切ったあと、後ろを振り向く。
「荷物チェックするから」
「うっ、き、厳しい……」
ガックリと項垂れるアメリーだが、その目は光を失っていない。
(絶対に隠して持ってくる気だな……)
元々女の子であるアメリーの荷物をチェックする気はないのだが、どうせ何をやってもアメリーの性格を考えればどうにかして持っていくであろうことはセシリアにも予想できる。
本当に困った子だと呆れた笑いを浮べながらもそこがらしくて憎めないアメリーと、少し度が過ぎるが明るく身の回りを手伝ってくれるラベリがついて来てくれることに安堵のため息をつく。
周りが魔王討伐をしてくれるものとして当たり前に聖女セシリアを送り出すことに正直不安の方が大きかったセシリアとしては、自分を支えてくれると言う二人の宣言はとても嬉しいものであった。