第90話 五大冒険者を超えた者
寝ぼけまなこを擦るセシリアはゆっくりとベッドから降りると鏡台に座り、髪をときながら身支度を整える。
影からニョロリと出て来たアトラに手伝ってもらいながら服を着て、姿鏡の前に立ち全体を確認する。
『今日も綺麗だ』
『とてもお綺麗です』
頭の中で声が響くのもいつものこと。アトラが後ろでセシリアの長い髪を後ろで束ね丸めて、串を刺し綺麗なお団子を作りまとめる。
「アトラは髪をまとめるの上手だよね。おかげで助かってるよ、ありがとう」
「どういたしましてなのじゃ。これも日頃の練習の賜物なのじゃ」
セシリアにお礼を言われ、アトラは得意気な顔で腰に手を当て胸を張る。
『セシリア様が寝ている間に、ヨダレを垂らしながら髪を触って練習してまいますからね』
「こ、こら! 言うでない! ち、違うのじゃわらわは向上心からの純粋な気持ちでやっておるのじゃ!」
グランツにバラされ、慌てて言い訳をするアトラを見るセシリアの目は冷たい。
『何はともあれ今日は五大冒険者の正式な任命式と聖女セシリアの銀等級からの昇格。それに加え魔王討伐を民へ向けて宣言と大忙しだな』
聖剣シャルルの言葉にセシリアは大きくため息をつく。
「村から帰ってすぐに出発かと思ったら、色々とやることが多くて疲れるよ」
『アイガイオン王国の代表として様々な国の力を借り、多くの兵や五大冒険者たちを使役し魔王討伐に向かうためには色々と階級や権限など名目が必要なのだろう』
「複雑だよね、人の脅威に挑むのに階級なんて関係ないだろうにね」
『昔から人は世間体を気にするものだ。それよりもセシリアよ、無事に家族から男の娘を続けることに理解を得られて良かったな。我も一安心だ』
セシリアは鏡越しに壁に立て掛けてある聖剣シャルルをにらむ。
「男の娘じゃなくて、今は聖女としてやっていくしかないことを理解してくれたってことだからね。それにその言い方は私が自分でやりたいって感じに聞こえるんだけど」
『うむ、うむ。今日の式典を終えて魔王討伐、それが終われば婚約の儀とイベント目白押しだ。ミルコに返事はしたのか?』
「うっ……返事できるわけないでしょ。それに婚約の儀って、結婚するつもりないから。そもそもできるわけないでしょ、男ってバレたときどうするのさ。はぁ~もう頭痛いよ」
「そうじゃ! そうじゃ! セシリアはわらわと結婚するのじゃからな。結婚したら森の奥に家を建てて一緒に住むのじゃ。野菜を育て、グランツ先輩に卵を産ませ、シャルル先輩は狩りに巻き割りに使うじゃろ。子供は三人はほしいのじゃ」
頭を抱えるセシリアの後ろでアトラが頬を赤くして手を組んで、セシリアと結婚したときの計画を話し始める。背中越しに楽しそうに話すアトラの声を聞きながらセシリアは少しだけくすぐったそうな顔を見せる。
***
アイガイオン王国の城の前の広場に集まった大勢の民衆の前で、先日行われた王都武術大会の結果を踏まえて決まった五大冒険者の称号の授与が行われる。
一位・フェルナンド 二位・グンナー 三位・ジョセフ 四位・ミルコ 五位・ロックとなった新生五大冒険者たちのお披露目に広場は歓声で沸く。
そしてその歓声が一際大きくなるのは、聖女セシリアの名が呼ばれ本人が登場したからである。
さらには本来ギルドマスターからもらうべき等級を王自ら授与するとあって、その特別感からも民衆の気持ちも昂り全体がソワソワした雰囲気で包まれる。
「五大冒険者を従える、つまり超えた者として聖女セシリアは現在のシルバーの等級からゴールド、その上程度では収まらぬ活躍とカリスマ性を持っておる聖女セシリアには、唯一無二の等級『聖女』を進呈する」
アイガイオン王が従者が差し出したトレーの上から手に取った冒険者の証をセシリアへと差し出すと、セシリアは静かにひざをつき冒険者の証を受け取る。
ただそれだけの動作なのに、聖女セシリアの所作一挙手一投足にみなが見惚れる。
「ありがとうございます。『聖女』の名に恥じない存在としてこれからも精進いたします」
冒険者の証は、ギルドのマークである大きな三日月と無数の星たちが描かれた盾が刻印されたコインに等級の色がついたものである。
コインの裏に針があり留め具で服などに付けることができる、タイタック式なるものが採用されている。
だがセシリアに手渡されたものは聖剣を模したセシリア専用に作られたものであり、日に当たると紫に輝く色もまた特注の塗料が使用されている。
そしてセシリアのために金の鎖が施されネックレスの形状をしており、それを首にかけ後ろの留め具を止めたセシリアは、民衆の方を向いて手のひらに乗せた証を見せ微笑む。
少し恥ずかしそうに優しく微笑む聖女セシリアの姿に、広場は割れんばかりの歓声で満たされる。
従者が持ってきた拡声器であるメガホーをセシリアが手に取ると、民衆の注目は一身に注がれる。
「この度アイガイオン王とギルドから新たな等級である『聖女』を頂きましたこと大変嬉しく、そしてその等級に相応しい者でなければいけないと気を引き締めております。
『聖女』の等級を頂くにあたって、先の魔族を追い払ったことが頂けた大きな理由の一つなのですが、そのなかには闘技場にいた方々を誰も怪我させなかったこともふくまれています。これは私一人では到底成しえなかったこと、会場にいたみなさんが冷静に判断し行動した結果です。みなさんのおかげで名誉ある称号を頂くことができました。ありがとうございます」
セシリアは民衆を見て微笑むとゆっくりとそして深々と頭を下げる。
聖女セシリアの感謝の言葉と行動に民衆が騒めき始め、やがてその騒めきが歓声と拍手に変わっていき会場を支配する。
「魔王の襲来と共に動き始めた魔族の存在と不安なことが沢山あると思います。みなさんに助けられ支えられないと戦えない頼りない私ですが、支えて頂ければどこまでも力を発揮することができます。
その力を持って魔王の脅威から必ずみなさんをお守りすることを約束いたします」
聖女セシリアの静かだが力強い宣言に再び広場は割れんばかりの歓声が沸き起こる。力いっぱい拍手と歓声を送ってくれる民衆を見てセシリアはホッと一息つく。
そしてそんなセシリアを民衆に紛れて見るのはミルワード一家である。頭から布を被り顔を隠している一家は逆に目立つような気もするが、みな聖女セシリアに注視し歓声を上げているので誰も気にしておらず、セシリアも数えきれない人のなかから家族を見つけることなどできないのである。
「話に聞いていた以上の人気っぷりね。お母さんびっくりしちゃった」
聖女セシリアに人気を実際に見て驚く母の言葉に父とイランダ、フランも言葉が出ないようでこくこくと頷くばかりである。
そんななか末っ子のアーチェだけは前のめりでセシリアを凝視している。
「セシリアねえねのカリスマ性すごい! これはアーチェ玉のこし計画も明るいのよ。うぷぷぷっ」
兄であったときは向けることのなかった、姉へ惜しみない尊敬の気持ちをキラキラと送るアーチェであった。