第85話 聖女に惚れて
セシリアは眉間にシワを寄せてじっとバレッタと呼ばれる髪留めを見つめる。
(どっちがいいのか……正直どっちでもいい気がするんだけど)
右を見るとニコニコと、淡いピンクの小さな花が沢山咲いたバレッタを持ったラベリが立ってセシリアを見ている。
左を見ると期待に満ちた目でキラキラと視線を送るアメリーが黒いリボン装飾されたバレッタを持って立っている。
「どっちも買って交互に……」
「ダメです!」
「ダメよ!」
二人が同時に否定してくる。店員のお姉さんも困った顔で苦笑いをして三人の様子を見守っている。
なにゆえこのような状況になっているのかと言うと、王都武術大会でオルダーの襲来で混乱こそしたが、観客による投票は行われ集計の結果一番印象に残った試合、そして選手は聖女セシリアとほぼ満場一致で決定したのである。
元々選ばれた者が聖女セシリアと二人っきりになれるための投票だったのに、聖女セシリアが選ばれてしまった以上本人に選んでもらおうと言う流れになる。
「し、親友と一緒にゆっくりと街を散策したいです」
と苦し紛れに手をかざした方向にいたのが、アメリーとラべリであった。
確かにそっちの方に手を向けたのだが、他にも知り合いが集まって区域だったのでなんとなくあの辺りの子が親友なんだで済むかと思っていたが、セシリアの予想に反して主張の強い二人が立ち上がる。
「「私!?」」
二人が同時に笑顔で自身を指差し立ち上がり、そして笑顔から一転同時ににらみ合う。
「誰ですかあなたは?」
「あんたこそ誰よ?」
二人が初めて交わした会話は、これからの二人の関係がこじれることを感じさせるには十分なセリフだった。
「私は聖女セシリア様のお世話係であり親友のラべリです!」
「私はセシリアの親友で教会のシスターであり共に旅にも出たことのあるアメリーよ!」
ガルルルと唸りにらみながら、いがみ合う二人に頭を抱えるセシリアは、二人ともそれぞれ一緒に行くからと提案すれば、どっちが先に行くかで言い合いを始めるので結局三人一緒に行くことになり今に至るのである。
(ぜ、全然楽しくないんだけど……)
「セシリア様には可愛らしいお花が似合うんです! 綺麗なお花に囲まれて咲き誇る一輪の気高き花! そんなセシリア様を囲むお花になりたいとこの健気純粋な心を表した私がオススメするのはこのお花のあしらわれたバレッタなんですっ!!」
「セシリアはね、すごく純粋で可愛らしくあってその中に大人の色気も持ってるのよ! あなたはお子ちゃまだから知らないんでしょうけど、私なんかセシリア見るとはあはあしちゃうんだから!」
牙はないけど牙をむきだしにしているかのように歯を見せ威嚇し合う二人を見てない振りして、二つのバレッタを手に取りセシリアは最適解を必死に模索する。
「私なんかセシリアと一晩一緒に寝たことあるのよ!」
「私は毎朝セシリア様に抱きついてクンカクンカしてますぅー!」
何言ってんだこの人たちと頭を抱えて首を振るセシリアは、苦笑いをするお姉さんと目が合うと大変ですねと目で訴えかけてくれる。
もう二人を置いて優しそうなお姉さんと一緒に出かけたいなとか考え始めるセシリアの耳に外の喧騒が飛び込んでくる。
日頃は喧騒に積極的に関わりたくないが、今はこの場を脱したい一心で言い合う二人を置いてセシリアは外へと向かう。
外へ出ると聖女セシリアが店から出て来るのを出待ちしていた人たちをかき分け、整えたヒゲにオールバックの髪と日に焼けたたくましい体とイケオジ的要素ふんだんに備えた男、フェルナンド・ツァイラーが現れセシリア見つけると真っ直ぐ向かって来る。
「よう、ここにいるって聞いたんでな」
「そうですか、それで何か用ですか?」
頭をかきながら言うフェルナンドとあまり関わりたくないセシリアは、少しつんけんとした物言いで答える。
「いや、用ってほどじゃないんだが、聖女様に会おうとしても泊っている宿の周囲は警備が厳重で取り合ってくれねえし、かと言ってギルドにもなかなか来ないからよ。ちょっとどうしてるか気になっただけだ」
「それはお気遣いありがとうございます。私は元気ですので大丈夫です。フェルナンドさんも王都武術大会が終わったらまた旅に出るのでしょう? お気を付けて」
背を向け店に戻ろうとするセシリアの肩をフェルナンドが掴み引き留める。セシリアが不機嫌な顔で振り返ると、フェルナンドはしまったと頬が引きつらせそれを苦笑いに変換する。
「いや、まあなんだ……わりい。ただこの間に戦いでよ、聖女様を一部で戦乙女なんて呼んでいる意味が、魔族に向かって戦う姿を見て分かったというか……俺に掛けた言葉からも感じ取れたっていうかな」
「はあそうですか。私は必死なだけで別に戦乙女でもないですし、そもそも聖女でもありませんよ」
歯切れの悪いフェルナンドの姿に違和感を感じつつも、それよりも早く会話を切りたいセシリアが冷たく言い放ちその場から去ろうと後ろに下がると、セシリアの両肩をフェルナンドが突然ガシッと掴む。
「ふえっ!?」
予想だにしていなかった行動に驚いて変な声を出してしまうセシリアをフェルナンドがジッと見てくる。
「それだ! 俺は各地を旅してきて別の大陸にも渡っている。様々な人と出会うなかで自らを聖女だ神だと名乗る者は沢山見て来た。大抵そんなやつはろくでもない連中だったから、聖女セシリアとやらも外見の美しさだけで冒険者になってちやほやされているだけの女だと思ってた。
だが周囲は聖女だと呼ぶのにその名声にあぐらをかかず、聖女の務めを果たそうとする健気さ。そんなヤツに俺は出会ったことがねえ!
それにだ、ただ人に優しい言葉を並べるだけのヤツでもなくて、厳しさも併せ持つその姿……」
たくましい腕に肩を強めに押えられつつ、オッサンに真っ直ぐ熱い目で見つめられるセシリアの背中はゾワゾワと悪寒が走りまくっている。
目は涙目であるが、それは潤んだ瞳で見つめているようにしかフェルナンドには見えていないのはもはやお決まりである。
「はっきり言わせてもらう。俺はセシリアに惚れた! ここで気持ちを伝えねえと、この出会いを逃したら俺は一生後悔する! だから俺と結婚してくれ!」
肩を更にギュッと握りしめられたセシリアは目に涙を溜めつつ首をゆっくりと横に振る。
「あっ!? あわわっ、い、いや……お、お断りしまーーす!!」
強引に肩を振り払いセシリアはフェルナンドのもとから走り去る。丁度フェルナンドの結婚しよう宣言の瞬間に店からいがみ合いながら出て来たラベリとアメリーが目の前の光景に目を丸くして同時に驚き、泣きながら走り去っていくセシリアを見て二人同時にフェルナンドをにらむ。
「あなたは何をいきなり言ってるんですか! ときと場所も考えずに言うなんて最低です!」
「セシリアの気持ち考えました? 自分の気持ちを一方的に伝えればいいってわけじゃないと思うんですけど」
二人に凄まれてたじろくフェルナンドを無視してラべリとアメリーは走り去ったセシリアを追い掛けける。
「う、うむ……今の俺ではセシリアは振り向かないということか」
周囲の好奇心に満ちた視線を気にすることなく腕を組んで考え込むフェルナンドはその場から去って行く。
そしてその様子を魔道具であるカメリャを使い写真を撮る男の姿があった。男は鼻から頬に走る傷をかきながら手にカメリャを見て満足そうに微笑む。
「おい、新人いい写真撮れたか?」
「ええ、フェルナンドが聖女セシリア様にプロポーズする姿、バッチリ撮れましたよ」
「アーク、お前は筋がいいな。記者に必要なのはフットワークだがお前にはそれが備わっている」
「いいえ、モルターさんの教えのおかげですよ」
「こいつ、嬉しいこと言っていくれるな」
王都のベテラン記者モルターのもとにやってきた新人アークはセシリアの活躍が撮られたカメリャを見て微笑み小さく呟く。
「あなたに助けられた命の使い方、あなたのことを世間に知らせるため使ってみようかと思います。あなたの魅力、活躍をもっと広く知ってもらえるよう頑張ります」
かつてセラフィア教の依頼でセシリアの命を狙った暗殺者は、名前を変え武器をカメリャに持ち変え新たな人生を生きることを誓うのである。
そしてそんな彼の活躍もあって、次の日の朝フェルナンドが聖女セシリアにプロポーズして断られる写真が掲載された新聞が王都を賑わせることとなる。
その記事を見たセシリアにしっかりとダメージを与える、恩を仇で返す男アークである。