第82話 セシリア様しか勝たん!
ミルコの言葉を借りれば筋肉に隠れたセシリアはミルコの分厚い胸に顔を埋める。……いや本当は離れたいのだが、ミルコの力が強すぎて逃げれないだけである。
ちょっぴり目が潤んでいて、頬がほんのり赤いのは苦しいからである。
だがミルコ視点から見れば助けに来たことに感謝し、強く抱きしめられて恥ずかしがっているようにしか見えない。ゆえに歯を光らせ笑顔を見せるわけだが。
「くっ苦しっ、ちょっと力を緩めて……くれ」
バタバタするセシリア様も可愛いと微笑むミルコがオルダーと向き合う。
「……この風に耐えるとは、なかなか鍛えているようだが私を倒すことはできないぞ」
オルダーの言葉にミルコが拳を向ける。
「さっきも言ったが俺はセシリア様を守る盾だ。お前を倒すことはできなくとも攻撃を受け止めることはできる!」
ミルコが拳に力を入れ、ギリギリと音がする。
「あいたたたっ! ちょっ、ちょっとミルコ! そんな馬鹿力で人を抱きしめる人がありますか!」
拳に力を入れた際、全身に力が入ってしまい更に強く抱きしめられたセシリアがキレてミルコを叩くが、手を必死に振りポコポコと叩く姿が可愛らしいと、戦いの最中であるが周囲の人々は癒やされる。
「ミルコよ、お前はまだ女性の扱いがなっちゃいない。そっちはまだ教えとらんから仕方無いがの」
「師匠、次はそっちの修行もお願いいたします!」
「ふむ、とりあえずセシリア様を離して差し上げるのだ」
いつの間にか現れたニクラスの助言によってセシリアは無事開放される。
「まったく、助けもらったことにはお礼を言いますが絞め殺されるかと思いました」
「も、申し訳ありません。次は優しく抱きしめます」
「もう、抱きしめなくていいです」
ふんっと顔を背けて怒るセシリアにオロオロするミルコを見て、ニクラスがご満悦そうに頷く。
そんなことをしている間にも戦いは続いているわけで、オルダーが二度目のスキル発動に向け力を溜め終え剣を突き出す。
「ミルコ来るぞ! わしらの力をセシリア様にお見せするのだ。ふううううんっ!」
「分かりましたっ! はあああああっ!」
ミルコとニクラスがセシリアの前に立ち気合を込めると、上半身の服は破れ上半身裸になる。なぜ裸になるの必要が? なんて突っ込みも入れる間もなく空気中に空間を作るため押し出された空気による風をミルコとニクラスが受け止める。
続けて起こる空気の戻りによる吸引にも耐えてみせる二人だが、上半身裸で雄叫びを上げるその後ろにいるセシリアは、二人の暑苦しさにげんなりしながら聖剣シャルルを握り締める。
二人の後ろにいるセシリアが聖剣シャルルを握り魔力を集め始める。それをオルダーが待ってくれるわけもなく、スキルの効果終了のタイミングで一気に間合いを詰め振り下ろされる剣は、風に引っ張られていた影響で動けないミルコとニクラスの間を抜け後ろにいるセシリアに真っ直ぐ伸びる。
だがオルダーの剣は真下から振り上げられた長い剣によって遮られる。
「……なるほど、下から打ち上げて力を反らすか。私個人的にお前の剣技には興味がある」
「よく言う。これでもこっちは全力なんだが」
剣を鞘に納めるグンナーは苦笑しながら答える。
「グンナー助かったぞ」
吸い寄せられる風に耐えていたニクラスがグンナーに謝っていると、ロックとジョセフが服の埃を落としながらやってくる。
「まったく、脳筋は目の前の攻撃ばかりに目がいってこまるぜ。先を読まないと」
「あなたも似たようなものでしょう」
「お前はいちいち絡んでくるな」
文句を言い合う二人もオルダーに槍とレイピアを向ける。
「……魔王様は私たちを守るため前線に一人で出陣なさる誇り高きお人。聖女セシリアは人の影に隠れ戦う卑怯者という認識でいいか?」
オルダーの言葉にイラっとした表情を見せるミルコとロックにジョセフが言葉を発する前にセシリアが前に出る。
その行為が挑発に乗って自ら戦うと言い出すように周囲には見えたが、セシリアは自分の胸に手を当てると静かに口を開く。
「ええ、構いません」
向けられる真っ直ぐな瞳にオルダーは表情こそ変えないが、強い意志を感じ顔を引き締める。
「自分が弱いのは私自身が一番理解しています。みなさんに守ってもらわないと戦えない弱い人間なのです。それでも私が戦うことでみなさんの役に立てるのでしたら前線に立ちます。例え卑怯者と呼ばれてもです」
セシリアは聖剣シャルルの先端を下に向け刃をオルダーへ向け下段に構える。
「……なるほど、先ほどから気になったその剣の構え方、剣を振り上げるスピードの遅さ。剣を扱う筋力も技量も低く、はっきり言って素人レベルの剣技でこの場に立っていることに疑問を感じていたが、聖女セシリアは個でなく群で一つということか。納得いった、失礼を詫びさせてもらう」
オルダーが剣を構えてセシリアと向かい合う。
「いいえ、私は弱いのは事実ですから。みなさんに守ってもらえないと戦えません。そのことに申し訳ないと感じていますが、それでも私は恥を忍んで言います」
セシリアが目をつぶって大きく息を吸い終えると目を開き叫ぶ。
「私にはみなさんが必要です! だからわがままかもしれませんが私を守ってぇ!!」
セシリアの叫びに近くにいたミルコたちはもちろん、倒れていた冒険者たちも立ち上がり声を上げる。
さらには闘技場の門からアイガイオン王国の兵たちに加えメンデール王国の兵とセラフィア教の兵が雪崩れ込んで来てオルダーの周囲を囲む。
「みなんでセシリア様をお守りするんだぁっ!!」
「あいつはセシリア様が倒してくれる。俺らだって攻撃を受け止めることくらいできるだろ!」
「全員でかかれば押えることくらいできる!」
「セシリア様に勝利を!」
「セシリア様しか勝たんだ!」
「そういやこういうとき姫って呼んでお守りするって聞いたぞ」
「それはいい、我らが姫を守り勝利を献上するのだ!」
兵たちの姫コールが起こり会場に響くなか、大勢の兵に囲まれたオルダーは冷静に周囲を見渡す。この国の情勢には詳しくないが、兵の鎧の種類と刻まれた紋章の違いに別々の国の兵の集まりであることは理解できた。
(……凄まじい団結力、魔王様が落とした国にはない気力を感じる。これこそが聖女セシリアの本質だとすればかなり危険かもしれんな)
聖剣シャルルを構えるセシリアを見てオルダーは剣を握り直し気を引き締める。
(あ~恥ずかしかったぁあ~。結局みんなに助けてもらうことになるけど、この方法が一番被害も少ないし勝てるはず。みんなのためにも頑張らなきゃ)
セシリアもまた聖剣シャルルを握り、気を引き締めオルダーを見据える。