第81話 嵐から守るあつい壁
セシリアが両手で握った聖剣シャルルを真横に振るう。その剣筋は素人よりもマシな程度で決して褒められるようなものではない。
だが、紫に眩しく輝く聖剣と白い翼を広げたセシリアが振るうと美しく、そして恐ろしいまでの威力を放つ。
オルダーが鎧馬に取り付けていた鞘から剣を抜くと聖剣シャルルの一撃を受け止める。
「……ぬっ、こ、これはっ!?」
鎧馬に跨ったオルダーが呻くように呟くと紫の光が一層輝き弾け鎧馬を残してオルダーは闘技場の壁へと吹き飛び激突する。
先程まで五大冒険者を赤子の手をひねるように戦い圧倒的力を見せつけた相手を豪快に吹き飛ばしたセシリアに会場がみな興奮し歓声を上げ総立ちになる。
『セシリア様、反撃が来ます!』
頭の中で響くグランツの声に急ぎ聖剣シャルルを構えオルダーの放った斬撃を受け止める。
受け止めたはいいがその威力は凄まじく、後方へ飛ばされそうになるのをセシリアの後ろからアトラが影で押さえ耐えつつ、聖剣シャルルを振り上げ斬撃を空中へと逃がす。
『追撃が来ます!』
『ああっ間に合わんのじゃ! シャルル先輩魔力をこっちによこすのじゃ!』
セシリアは翼を前面に伸ばすと自身を包み斬撃を受け止める。
外からの見れば翼で受け止めているように見えるが、実際はアトラが影を這わせ受け止めている。
『イタタタっ! めちゃくちゃ痛いのじゃ!』
『悪いが我慢してくれ。我々の中で二番目に防御力が高くセシリアを素早く守れるのはアトラしかいないのだからな』
『わ、分かっておるのじゃ! はよう反撃に転じて欲しいのじゃ!』
セシリアの頭の中で飛び交う声、戦闘に置いて主に移動、防御を行うアトラに、索敵、滑空を行うグランツ。そして攻撃、指揮を取るシャルル。
三人によるサポートを受けセシリアは内心ドキドキであるが、冷静を振る舞い戦闘に挑む。
周囲から魔力をかき集め光を増した聖剣シャルルを振るい光斬撃をぶつけ、オルダーの放つ斬撃相殺する。
「追撃来る?」
『本体が来ます!』
紫の光が散るなかオルダーが瓦礫を跳ね除け間合いを詰めるとセシリア首目掛け剣を振るう。
「くっ」
「……いい反応をする。だが軽い」
聖剣シャルルが反応し受け止めるが、オルダーにそのまま剣を振り抜かれ投げ飛ばされる。
『イダダダっ!!! か、体がちぎれるのじゃぁ』
『は、羽ががががっ!?』
アトラが影を伸ばし地面を掴み、グランツが羽を開きセシリアが壁に激突するのを防ぐ。
頭の中では騒がしく三人が喋りつづけるが、そんなことになっているなどとは感じさせることなく、セシリアは静かに地面に着地すると聖剣シャルルを手にオルダーを静かに見つめる。
(……肩の部分に損傷……一撃目のときか。メッルウが警戒するのも頷ける)
肩に違和感を感じたオルダーが原因を冷静に分析しつつ手に持つ剣を握りしめ構える。
『魔力の上昇を確認。なにか仕掛けてきます』
『セシリア一旦下がるぞ。アトラは防御と移動の補助を!』
『のじゃ!』
剣を構えた自分にいち早く反応し、翼を羽ばたかせ後方へと下がるセシリアにオルダーは感心しながら剣を真っ直ぐセシリアに向け突く。
オルダーの持つスキルは『虚空』であり空気中に無の空間を生み出す力を持つ。
剣先から空中に真っ直ぐ線が引かれ、空気が切り裂かれていき無の空間が生まれる。突如生まれた無の空間によって行き場を失い、押し出された空気と共に周囲のものが押し出される。
その勢いは凄まじく暴風が周囲にいた冒険者たちを吹き飛ばしてしまう。直前に後方に下がっていたセシリアも煽りを受け後方へと飛ばされる。
「あわわっ、早めに下がってなかったらまずかった」
畳んでいた翼を広げ影に引っ張られ地面に着地したセシリアが聖剣シャルルを握る。
『いえっ、これはまだ続いてます』
オルダーのスキルによって切り裂かれ無になった空間が再び空気を取り入れるため、一旦押し出した空気を求め引っ張り始める。それはまるで何でも吸い込むブラックホールのようで周囲のものを引き寄せる。
「う、うそでしょ。これやばくない」
『イダダダダッ! こ、これ以上はむ、無理なのじゃ』
聖剣シャルルを地面に突き立てアトラによって吸い込まれないように踏ん張るセシリアだが耐えきれずオルダーのもとに引き寄せられる。
自分のもとに吸い寄せられ向かって来るセシリアを一刀両断するためオルダーが剣を構える。
「……さすが聖女といったところだが、これで終わりだ」
セシリアよりも先に吸い寄せられた冒険者たちがオルダーにぶつかっていくが、オルダーは微動だにせず無視しセシリアのみを待ち剣を持つ手に力を込める。
翼でコントロールしバランスを取ろうと必死になるセシリアの抵抗虚しく引っ張れてしまう。
「こ、これはまずい」
『我を前に構え衝撃に備えろ』
翼から羽が散り一気に引き寄せられるセシリアを太くたくましい腕が包む。そのまま分厚い胸に抱き寄せらると、吹き荒れる暴風から救い出される。
防風が吹き荒れるなか暖かい……いや暑苦しい壁に包まれやがて嵐が過ぎ去る。
「……何者だ」
「俺はセシリア様の盾! ミルコ・アドフォースだ!」
ミルコに強く抱きしめられ胸に筋肉に顔を埋めるセシリアがやっとの思いで顔を上に向けるとミルコと目が合う。
本当は強く抱きしめられているせいで苦しくて涙目になった潤んだ瞳で、位置的に上目遣いになってしまうセシリアにミルコが微笑み掛ける。
「セシリア様、もう大丈夫です。ひとまず俺の筋肉に隠れててください」
ミルコのよく分からない提案になんと答えていいか分からず勢いに負け、ポカンと口を開けたままセシリアは頷いてしまう。