第78話 因縁の対決と祈る聖女
ジョセフのレイピアがチカロルの剣を滑らせ流せガントレットを打つと、チカロルは剣を落としてしまう。
剣が闘技場の石畳で小さく跳ねるのと同時に、チカロルの喉元にジョセフのレイピアの先端が触れる。少しでも動けば刺さるほどにギリギリで喉に触れる剣先にチカロルは降参の意志を告げる。
「勝者、ジョセフ選手!」
ジョセフがしなやかにレピアを振り鞘に納めるとセシリアに向けウインクをして去って行く。
***
ロックの槍が空気を切り裂き一直線にグンナーの顔面を捉え伸びる。それを体を反らし後ろに紙一重避けるグンナーだが、槍の穂先が僅かに震えたと思ったら五センチほどだが先端が伸びる。
ロックの持つスキルは『伸長』。数センチ程だが武器などの先端を伸ばすスキル。実際には魔力によって伸びているように見えるだけだが、殺傷能力はあり相手を傷つけることができる。
たかだか数センチだが戦いの中で相手の間合いが変化すると言うのは大きな武器となる。
だがグンナーは伸びる槍先を超動体視力により的確に捉え、冷静に鞘を持ち剣の柄を下から突き上げ槍を上に反らすと、そのまま柄を持ち剣を引き抜刀する。
「天鳴一閃」
静かに引かれる一閃はロックの黒い鎧に傷を入れる。
「今の攻撃をとっさに槍で受け止めるとはさすがだな」
「とんでもねえなグンナーのおっさんよ」
真っ二つに切れた槍を持ったロックが歯ぎしりをしつつ頬に汗を流しながらグンナーをにらむ。
自分の持っている槍を見て苦笑いをしたロックは槍を地面に置く。
「参った、俺の負けだ」
手を上げ降参を宣言するロックがバルコニーにいるセシリアを見て頭を下げると、グンナーの勝利宣言がなされる。
グンナーも去り際にセシリアを見ると僅かに微笑み去っていく。
(みんないちいち見るの、本当にやめてくれないかな。)
げんなりしているセシリアにアイガイオン王が話し掛ける。
「次はフェルナンドと今回の注目株であるミルコの対戦だが、セシリアはどう見る?」
「実力と経験からすればフェルナンドさんの方が有利でしょうけど、意外性と言った面ではミルコさんも侮れないかと」
セシリアが答えるとアイガイオン王は嬉しそうに頷く。
「ふむ、ミルコとか言う男が持つスキルがカギを握っていると余は考えておる。フェルナンドの強さは揺るがないだろうが勝負は最後まで分からんからの。さすがはセシリアだな」
感心するアイガイオン王が闘技場の方へ目をやる。早く始まって欲しいのかソワソワした感じの王にセシリアは少し疑問に感じていたことを尋ねる。
「そう言えばこの大会って一日で決勝まで終えますけど、昔からそうなのですか?」
「冒険者たるもの如何なる状況でもベストを尽くせるようにと過密なスケジュールになったのは百年前からと聞いておる。当時の王がただ早く結果が知りたいからそうしたという話もあるがな。おっと始まるようだぞ」
会場の中だけでなく、外にも露店などが出ていて盛り上がる王都武術大会を数日に分けてやれば長い期間盛り上がりそうだし、選手もコンディション的にもいいだろうにと考えたセシリアだったが、王の様子を見て一日で終わる理由を理解する。
「お待たせいたしました! 準決勝一戦目、フェルナンド選手とミルコ選手の試合を開始します! それでは二人に入場していただきましょう!!」
司会進行役のカールの声を聞いてセシリアも闘技場へ視線を落とす。
(よくよく考えたらミルコのヤツ今の時点で五大冒険者に入ってるんじゃ。元の才能もあったんだろうけど、この短期間であいつどれだけ努力したんだろうな。)
村にいたときのお調子者で面倒くさがりのミルコを思い出しながら、闘技場の中央でにらみ合うフェルナンドとミルコに視線を向ける。
(一応応援するけど、二人っきりで一緒に過ごすのは勘弁してもらいたいな……)
知り合いとして応援はしたいが、試合後のことを考えるとしたくない。そんな複雑な気持ちを胸に二人の戦いの行く末を見守る。
その複雑な表情を見せるセシリアの姿を周囲の人々は、どこか儚げで守りたくなるような、そんな気持ちにさせられながら見ていたりする。
***
「ボロボロじゃねえか」
「前の相手が師匠だったからこれくらいは想定内だ」
シャツから出ている肌にある痣を見て呆れた顔で言うフェルナンドに対し淡々とミルコは答える。
「まあ一試合ごと全力出してもいいけどよ、この大会って短期決戦だろ? 自分のペース配分を考えて進まないとトップなんて夢のまた夢だぜ」
「……助言ありがとうございます」
「ふん、ボロボロだからって手加減はしないから覚悟しろよ。聖女は俺がもらう」
「望むところ。お前にセシリア様は譲る気はない!」
ロングソードを肩に担ぐフェルナンドと、ガントレットをギリギリと鳴らすミルコが向かい合ったのを見て審判が旗を差し込みすぐに上げる。
「はじめっ!!」
合図と共にフェルナンドの剣が炎をまとい、ミルコは筋肉を肥大させシャツを吹き飛ばす。
燃え盛る炎の剣にガントレットがぶつかり火の粉が派手に散る。
豪快に剣を振るフェルナンドだがその太刀筋は正確で無駄のない動きを見せる。対するミルコは剣に拳をぶつけ弾きつつ、スキを見てフェルナンドへ拳を放つ。
「そんなに飛ばしてらバテるぞ?」
「くっ」
「それにお前、俺の剣を受けて辛いだろ?」
フェルナンドの問いには答えずミルコは拳を振るう。
「おいおい、無視かよ。いいかお前。真っ直ぐなのも大切だが臨機応変に動けるのも大事だぞ。話術ってのも有効な戦術だが、師匠から聞いてないか? それにな女を落とすにも話術は大事だぞ。そんなんじゃ聖女を楽しませれねえぞ」
ミルコが鋭い一撃を放つがそれをフェルナンドが軽く避けると、剣ではなく自身の拳に炎を宿しミルコの頬を殴る。
「ほぉら、リズムが乱れってっぞっと」
大きく吹き飛ばされたミルコにフェルナンドが剣を振るい追撃する。両手のガントレットで受け止めたミルコだが、炎が弾け爆発するとミルコが大きく吹き飛び壁に激突する。
「うおおおおっ!!」
壁にぶつかったミルコだが、そのまま拳に力を入れると、ここまでのダメージを拳に乗せ放つ。
フェルナンドが剣を振り前方に分厚い炎の壁を生み出す。ミルコの放った衝撃波が炎の壁を押しのけ進むが、フェルナンドは慌てることなく歩きながら衝撃波を避ける。
「……炎で衝撃波の範囲を計ったのか」
「ご名答だ」
壁際で攻撃を避けられことに驚くミルコに一瞬で間合いを詰め、燃える剣を振り上げたフェルナンドが剣を振り降ろす。
炎の奇跡は赤い残光を引きそして派手に弾ける。
「ほう、ギリギリでガードしたか。なかなか見込みあるんじゃねえかお前、ってもう聞こえてねえか」
石畳の上に倒れているミルコに背を向け、剣を肩に担ぎ歩き出すフェルナンドを見て審判が慌てて駆け寄りミルコを確認すると旗を上げる。
「勝者フェルナンド選手!!」
勝者であるフェルナンドの名前が呼ばれると、一瞬だけ静かになった会場が一気に歓声に包まれる。
自分に向けられる歓声には興味ないといった様子でフェルナンドはセシリアのいるバルコニーの方を見ると鼻で笑って去っていく。
『惚れさせてみせる……と言ってますが』
「伝えなくていいからそんなの」
頭に響くグランツが伝えた言葉に寒気がしてセシリアは震える。
(あぁ、なにか起きて大会が中止になって、聖女セシリアと過ごすのなしにならないかなぁ)
迫りくる男と二人っきりで過ごす時間がトラブルでも起きて無くなって欲しいと願い天を仰ぎ祈る。
空を潤んだ瞳で見つめる、そんな姿もやっぱりこの試合でフェルナンドが見せた強さに驚き感動し、倒れたミルコの怪我を心配している優しき聖女セシリア様だと勝手に解釈されていたりする。