第77話 師弟対決
一戦目の興奮冷めやらぬまま司会進行役のカールが二戦目の選手の名を呼ぶ。
「ニクラス ・ヴレトブラッド選手とミルコ・アドフォース選手の入場となります! ニクラス選手は言わずと知れた現五大冒険者の一人で双闘斧の二つ名を持つ男! 対するのはこの大会で一番の注目選手と言っても過言ではないミルコ選手ですがなんとニクラス選手の弟子との情報を手に入れました! そうこれは王都武術大会本選であり師弟対決でもある一戦なのです。注目しないわけにはいきません!」
カールの解説を受けながら入場してきたニクラスとミルコが中央で視線をぶつけ合う。
「お前と戦う日がこうも早く訪れるとはな。弟子にしてくれと訪ねてきたのが遥か昔に感じるわい」
「俺は今でも師匠の弟子です。教えて頂いた成果は身をもって示したいと思います」
「嬉しいこと言ってくれるのぉ。弟子なんか取るつもりはなかったが、育ててみるとそれはそれで良いものじゃの」
「そう言っていただき、弟子として幸せです」
二人の会話に区切りがついたところで、審判の赤い旗が二人の間に差し込まれる。それと同時に構える二人、ニクラスは両手に斧をミルコはガントレットを握りしめる。
「始め!」
審判が旗を引くと同時に斧とガントレットがぶつかり火花が飛び散る。
斧の刃に正面からぶつけず側面を打ち弾くミルコと、上下左右から振られる二つの斧との攻防は激しく観客を釘付けにする。その激しい攻防の裏では二人のスキルがぶつかる。
ニクラスの持つスキルは『二重攻撃』その名の通り一回の攻撃の衝撃が二重になるスキルであり、二つの斧から放たれる攻撃それぞれが二段攻撃となりニクラスの重い一撃が更に倍になる。
対するミルコは『蓄積返し』のスキルを持つ。これは相手からのダメージを蓄え任意のタイミングで自分の攻撃の際にまとめて放つことができる。ただミルコ自身蓄積する為にはダメージを受ける必要があり、蓄積した分を放ったからダメージが消えるわけではないので、どれだけ耐えれるかどこで放つか使いどころの難しいスキルではある。
ニクラスの二重の攻撃はダメージを蓄積させるのには都合がいいが、ミルコが耐えれる限度が早く来てしまうことも意味する。
激しく打ち合う二人のうち先に動いたのはミルコ。斧の攻撃に対し拳を使うミルコはニクラスに強引に近付きインファイトを挑む。だがそれはニクラスに読まれており鋭い蹴りがミルコの腹部に食い込み大きく後ろへ下げる。
後ろに飛ばされつつも手を付き倒れないように耐えたミルコが、右手に力を入れガントレットをカタカタと鳴らす。
「うおおおおおおっ!」
ミルコの雄叫びと共にシャツが吹き飛び上半身がむき出しになり、上半身の筋肉が躍動し一回り大きくなったような錯覚を見せると右手をニクラスに向け勢いよく突き出す。
何もない空間に振るった拳はニクラスに届く距離ではなく空振りもいいところであるが、その攻撃の意味を観客は一瞬で分からされる。
空気を歪ませ凄まじい勢いでニクラスに向かうのはミルコが蓄積させたダメージの衝撃波。衝撃の塊を真正面から二本の斧で受けたニクラスだが、巨体をじわじわと後退させるほどの衝撃波に斧の柄に僅かだがひびが入り始める。
「うおおおおっ!!」
ニクラスが雄叫びを上げる。斧ごと衝撃波を上空へ投げ逸らすと上半身の鎧を筋肉で吹き飛ばし上半身裸になるとミルコに向かって突き進む。
ミルコもガントレットを投げ捨てると雄叫びを上げつつニクラスに突っ込むと、互いが拳で殴り合いを始める。
肉と肉がぶつかり合う鈍く重い音が会場に響き、二人の見せるシンプルながらも血肉脇踊る戦いに興奮し怒号に近い応援が飛び交う。
巨漢の男二人が太い腕を目に留まらぬ速さで振るい打ち合う、その裏ではやはりスキルの応酬が展開される。
『蓄積返し』を放たせる距離と溜める時間を与えない、『二重攻撃』の猛攻。互いに肉体のみで攻防を行う攻防はギリギリの均衡を見せたが、ニクラスが放った拳にミルコが拳をぶつけたところで変化が起こる。
僅かだが二重の攻撃を放つニクラスの拳がミルコの拳に押し負け後方へと下がる。
「ミルコお前……ふっ、なるほど衝撃を小出しに出せるようになったか」
「師匠の真似事ではありますが、対抗するにはこれしかないと」
「いい、実にいいものだの。こい! ミルコ!!」
「はい! 師匠!!」
互いに叫んで再び始まる乱打戦は先程と同じように見えるが、実際にはミルコの方がやや押していることに影から覗く、フェルナンドをはじめ控えの選手たちは気づき驚きの表情を見せる。
拳と拳がぶつかった瞬間、ニクラスの拳が弾かれ大きくバランスを崩す。ガラ空きになった腹にミルコが放つ拳は、受けたダメージが蓄積された分を乗せた一撃。
「ごふっ」
ニクラスがゆっくりと膝から崩れ倒れる。それをミルコが抱きしめ支える。
「強くなったのぉ。お前の目指す聖女セシリア様を守れる男……間違いなくなれてるぞ」
「あ、ありがとうございます師匠!」
涙を流しお礼を述べるミルコにニクラスが優しく微笑み掛ける。
「勝者ミルコ選手!」
審判が勝者の名を呼び会場が湧き上がる。それは五大冒険者一人を破った新たな冒険者ミルコを称える声であり漢と漢のぶつかり合いを見せてくれた二人を称える声。
ミルコとニクラスの試合を本心で楽しみはしたが、この大会一番の盛り上がるなか微妙な表情をセシリアは見せる。
──このまま行くと俺はミルコと過ごすことになるんじゃ……。って言うかもう誰が勝っても詰んでる気がする。
師匠のニクラスに肩を貸して会場を後にするミルコに惜しみない拍手が送らるれるのを複雑な思いでセシリアは見つめる。