表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
81/283

第76話 始まる本選

 予選は淡々とこなされ、試合が進行する度に沢山いた出場者たちの数も段々と減っていく。


 グンナーの振るった木刀が対戦相手の男にヒットすると、相手は声も上げずに倒れる。審判によって勝者であるグンナーの名前が呼ばれ、それに続き司会進行役のカールが派手な蝶ネクタイを直しながら言葉を続ける。


「たった今予選全てが終了いたしました! 一時間の休憩を挟んだのち、勝ち残った八名による決勝トーナメントを行いたいと思います!」


 歓声が上がる観客席を見下ろしながらセシリアは勝ち残ったメンバーの名前を頭の中で並べる。

 現在の五大冒険者とミルコに、セシリアが知らない二人。大会史上最大ともいえる人数が集まった今大会ではあるが、蓋を開けてみれば上位に立つ顔ぶれは変わらず、流石実力者たちだと改めて感心させられてしまう。


 そして予選が終わった段階での観客の投票も五大冒険者に集中していた。唯一ミルコにも票が集まっているのが今大会の大きな変化と言えるかもしれない。


 そこまで考えたセシリアは大きなため息をつく。


 票が誰に集まろうとセシリアにとってはわりとどうでもよく、刻一刻と男と二人っきりで過ごす時間が近づいて来ているということの方が問題であったりする。


(そう言えばニクラスさんは既婚者だったよな。あの人が優勝すれば辞退してくれる可能性は高い……。予選でも余裕で勝ってたし強さは申し分ないはず。ニクラスさんが勝ち進みつつ、印象に残る試合をしてくれれば二人っきりで過ごさなくてもいいかも!)


 セシリアが一筋の希望を見出したとき、目の前にテーブルが設置されお茶とお菓子が並べられる。


 香ばしい香りのスコーンを囲み様々な果実のジャムが並ぶ。カップを手に持ちお茶の香りに鼻をくすぐられたセシリアは驚き目を少しだけ丸くする。


「あの、このお茶にはもしかしてラーヘンデルの花を使ってますか?」


 セシリアが世話係の女性に声を掛けると、女性は驚いたように口を押えたあと微笑みを向ける。


「さすが聖女セシリア様です。こちらメンデール王国産のラーヘンデルを使用したお茶となっております。リラックス効果と安眠効果のあるラーヘンデルをお茶にしたメンデール王国の新たな特産品となります」


 世話係の女性の話を聞いて再びお茶に鼻を近付ける。


「なんでもメンデール王国の王子が愛しの方をイメージして作られたと伺っております」


 愛しの方が誰か知っているであろう世話係の女性がセシリアを見て微笑むので、思わずズッコケそうになったセシリアがお茶をこぼさないようにカップのバランスを取るため宙を泳がせる。


「そ、そうなんですか。うん、それはすごいですね」


 よく分からない返事をするセシリアの隣でアイガイオン王が不服そうに鼻で笑う。


「ふん、メンデール王のヤツ、自分の国にセシリアを欲しいのかギルドの方にまで干渉しおってクエストを大量に送りおってからに。そんなことはさせんと余がギルド本部にセシリアをメンデール王国に行かせるクエストは消去するように手を回してやったわ!」


 やってやったぞと高らかに笑うアイガイオン王だが、王様も干渉してるじゃんと突っ込みたいのを押さえながら下の闘技場で人が慌ただしく動いているのが目に入る。

 目を向けるとトーナメント表の線が入っている巨大な掲示板が立てられ、下には木の板で作られた札に書かれた八人の名前が並んでいる。


 一戦目・・・ソラル・ロイター vs フェルナンド・ツァイラー

 二戦目・・・ニクラス ・ヴレトブラッド vs ミルコ・アドフォース

 三戦目・・・チカロル・ハイター vs ジョセフ・マードレ

 四戦目・・・グンナー ・ヴェルミリオ vs ロック・マッケート


 トーナメント式で行われる本選は勝ち進み頂点に立った者が冒険者第一位の称号を得ることができる。二位は決勝戦で決まり、三位決定戦で四位までは確定する。

 五位については一~四戦までのそれぞれの敗者でトーナメントを行い最後まで勝った者が五位となる。


(ミルコのヤツは二戦目か。そう言えばあいつ、ニクラスさんのこと師匠とか言ってなかったっけ? 師弟と言うことになるとニクラスさんの方が有利なのかもしれないな。)


 ニクラスを応援するセシリアとしてはこの配置は喜ばしいことではあるが、同時に同郷の幼馴染がこの短い期間でとんでもない舞台に立っているものだと感心する。


(それに比べ俺は何をしているのだろうか……)


 聖女セシリアである自分と、冒険者として頂点を決める大会に出場しているミルコと比べてしまい落ち込むセシリアの頭で声が響く。


『セシリアにしか出来ないことがある。我は今のセシリアが好きだ』


「ちょっと勝手に人の心読まないでくれる? しかもそれってシャルルの個人的な意見だよね」


『私もセシリア様が好きですよ』


『好きの大きさではわらわが一番なのじゃ!』


「あぁ分かったよ! もー、今は大人しくしててね」


 セシリアの言葉に素直に黙る三人にため息をつきながらセシリアは再び視線を闘技場へ向ける。闘技場の中心に立つカールがメガホーを口に近付けると休憩から急ぎ帰って来る者を含め会場中が固唾を飲んで続く言葉を待ちわびる。


「長らくお待たせいたしました! これより本選を行います! わたくしの長いお話など待ってられない、その気持ち痛いほど分かります。だって話しているわたくしがそうですから」


 カールの言葉に笑いが起きる。


「ですがちょっとだけお付き合いください。これより本選に入るにあたって少しだけご注意を。この大会冒険者のトップオブトップを決める大会ではありますが、敗者も立派な戦士。どちらにも祝福の拍手をお願いします。

 そして今回の大会の一番の目玉、聖女セシリア様のために相応しい人を見極める役目を観客の皆様に委ねております。大切な役目ゆえに一戦一戦瞬き厳禁でございますことをお伝えいたします! さぁそれでは早速参りましょう。第一戦目、ソラル・ロイター選手とフェルナンド・ツァイラー選手の入場です!!」


 カールが選手の名前をコールすると会場が割れんばかりの歓声に包まれる。

 鼓膜を震わせる歓声にセシリアも緊張して固唾を飲みながらゆっくりと開くドアから出てくるソラルとフェルナンドの姿を見つめる。


 互いが手に持つのは予選で使った木製の武器ではなく。自身が愛用する武器。


 フェルナンドは両刃のロングソード。対するソラルは円形の盾にショートソード。


「さーこの試合、猛炎(もうえん)の二つ名を持つ現在冒険者ナンバー(ワン)のフェルナンド選手。力強く豪快な剣技は見る者を圧倒し魅了する!

 豪快な炎に挑むのはソラル選手。相手の隙を確実につく堅実な戦い方に定評がある選手ですが、燃え盛る炎を消すことができるのか! 

 さぁー、準備ができたようです! では始めていただきましょう!」


 カールが後ろに下がると、代わりに審判が出て来て赤い旗を二人の間に出す。


「はじめっ!!」


 審判が素早く赤い旗を引いた瞬間、フェルナンドのロングソードが炎に包まれ真横に振れる。ソラルの盾が受け止めると火の粉が派手に散る。

 両手で剣を持つフェルナンドの無防備になった肩を盾の影から突こうとするソラルだが、フェルナンドの剣に宿る炎の勢いが増すと盾ごと振り抜きソラルを豪快に吹き飛ばす。


 真横に吹き飛ばされながらも空中で体を捻り、両足で闘技場の石畳の上を滑りながら着地したソラルの真上から振り下ろされるフェルナンドの剣。燃える剣に盾を投げぶつけると炎が弾け火の粉が降り注ぐなかをソラルがかいくぐって剣先をフェルナンドへ向け駆ける。


「甘いな」


 剣を片手に持ちかえ、空いた手でソラルの襟首を掴んだフェルナンドがそのまま持ち上げると、体を回転させつつ地面にソラルを叩きつける。


 苦しそうな声が漏れるソラルが立ち上がる暇もなく首筋にフェルナンドの剣が触れる。


「ま、参った」


 ソラルが負けを宣言すると、フェルナンドが鼻で笑いながら剣を首から離し背を向ける。


「勝者フェルナンド!!」


 審判が勢いよく旗をフェルナンドを向けると、フェルナンドは剣を高らかと上げる。観客席から大きな歓声と拍手が巻き起こり、興奮と熱気がセシリアのいるバルコニーまで伝わってくる。


 一瞬で終わった試合だったが、短い間に見せた二人の攻防にセシリアも見入っていた。


(さすがナンバー(ワン)と言ったところかな。まだまだ余裕がありそうな感じが底知れないなぁ。)


 闘技場から去り際にフェルナンドがセシリアに目を向けると、ドヤ顔でふっと笑いそのまま裏へと消えて行く。


(試合終わる度に視線とか笑顔向けてくるのやめてくれないかな……。)


 この大会始まって何度目か分からない、自分に向けられる笑顔やドヤ顔にウンザリ気味のセシリアが大きくため息をつく。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ