第8話 妄想バリバリッ!
「はあ、はあ……思わず逃げて来てしまった……ここは?」
セシリアは街路樹に手を付き走って荒くなった呼吸を落ち着かせる。
少し落ち着いたところで、辺りを見回すと見慣れない風景が広がる。先ほどまでいた町から外れ道も舗装されていない、お世辞にも綺麗とは言えない家がまばら建っている人気のない寂しい場所だった。
「やばいなぁこの辺の地理なんて分からないし、宿までどうやって戻ればいいんだろ。取りあえず人を探して道を聞くしかないか」
朝の日差しが心地よく射し気持ちのいい天気ではあるけど、どこか寂しい町並みを歩くのは天気がいいだけに不安が募ってくる。
宛もなく足を進めて行くとやがて古めかしい教会が見えてくる。
「ここなら誰かいるかも」
少し寂れた門を抜けて教会へ向かおうとしたとき、ドスッドスッっと鈍い音が耳に飛び込んでくる。
「どーしよー、どーしよー私なんで……ブツブツ」
そして同時にブツブツと呟く女性の声が聞こえてくる。内容はうまく聞き取れないが、声色からポジティブな内容でないのは何となく感じられる。
怖いもの見たさで恐る恐る近付くと、門を抜けてすぐ側にある木の幹にオデコを打ち付けている人影が見えた。
もう少し近付くとハッキリと見えてきた影は、聖職者の格好をしている女性であった。その見た目から判断すればこの教会の関係者であると思われる。
帰り道を知りたくて人を探していたセシリアだが、なんとなくこの人は関わらない方がいいと直感的に感じフェードアウトを選択するのは英断だと言える。
足をゆっくりと上げ静かに歩くが、こういう時に限って枝を踏み、さらに気持ちのいいくらい響くパキ! っと音を立ててしまうものである。
ビクッと体を震わせた次の瞬間、肩を掴まれ背後で声がする。
「あらあら、お客様かしら? こんなへんぴな場所になんの御用かしら?」
結構な距離があったはずなのに音もなく一瞬で背後に立たれ、肩を掴まれていることに驚きつつ声の主へと振り返る。
赤みがかった髪にふんわりと垂れた目、美しく優しさに溢れた顔立ち、おでこが擦れて赤くなっていなければ至って優しそうな女性。突如グッと顔を近付けられ見つめられたセシリアだが、恥ずかしさよりも赤くなったおでこが気になって冷静でいられたのは幸いだっかもしれない。
「見ない顔ねぇ。格好から言って冒険者の方かしら? こんな教会に来るといったら、あれかしら? 借金を回収するために雇われた回収屋さん? ええ、そうねきっとそう。
お金が払えないのを知って来たのね。それで払えないから私で払えって言うのね、そうよね。
嫌だけど、嫌だけど本当に嫌なのよ。でも仕方ないわっ! 私がこの身を捧げることで教会が存続できるなら喜んで! さあ私を好きにしてぇぇぇっ!!」
「えっ!? えー……」
セシリアは「めんどくさい」そう続けて言おうと思うが、更にめんどくさいことになりそうなので踏みとどまる。
おでこが擦れて赤い教会の関係者と思われる女性は、両手を広げダボッとした緩い服の上からでも分かる豊満な体をセシリアに擦り付けてくる。
「あわわわわっ!? ちょっと! 落ち着いてぇ!」
セシリアは女性に抱き付かれて恥ずかしいのと意味が分からないのダブルで混乱してしまう。
「もう、鎧って固くてやーね。せっかく可愛い冒険者さんの感触をこの身で感じようと思ったのにぃ」
両手の指をわきわきとさせ、卑猥な笑みを浮かべる女性に思わず身を縮め胸元を隠してしまう。その姿が気に入ったのか、卑猥さを増した笑みを浮かべてぐいぐいと女性がセシリアの頬に自分の頬を擦り付けてくる。
「やめっ、やめてぇくだひゃい」
「え~やだぁーもっとスリスリしたいー」
「そ、それよりも何か困っているんじゃないですか?」
擦られて赤くなった頬を押さえながら話を逸らしたくて、女性が呟いていた言葉を思い出し問い掛ける。
この状況から逃げるための一か八かの問い掛けはどうやら成功したらしく女性は何かを思い出したのかハッとした表情で口もとを押さえる。
「あの、よろしければ相談に乗りますけどぉ? 一応オ……私冒険者なんで」
自分の格好を思いだし『オレ』と言いかけながら踏み止まり恐る恐る尋ねると、女性はセシリアをじーと見詰めてくる。
「んーそうねぇ。でも私の教会は冒険者に依頼を出せるほど裕福じゃないのよ。せっかくの提案してくれたのにごめんなさいね」
「あ、お、お金は要らないんでその……あの、帰り道を教えてもらえれば……嬉しいです」
女性は恥ずかしそうに言うセシリアを目を大きくしてまじまじと見つめ後、声を上げて笑いだす。
「あ、あの、えっと変ですか……へ、変ですよねやっぱり」
「ええ、変よ。だって依頼内容も聞いていないのに報酬を先に提示してくる冒険者なんて見たことも聞いたこともないもの。しかも報酬が道を教えて欲しいだなんて、ぷっ、あははははっ」
女性は喋っている途中で可笑しくなったのか、お腹を抱えて再び笑い始める。あまりにも可笑しそうにわらうので、セシリアは恥ずかしくて顔を真っ赤にしてうつ向いてしまう。
一頻り笑った後女性は目に溜めた涙を拭いながら、セシリアに謝ってくる。
「ごめんなさい。すごくビックリしちゃったから。んーあなた崖登りとか出来る?」
「崖登り?」
セシリアは女性の口から出た言葉に首をかしげてしまう。