第74話 王都武術大会開催!!
王都武術大会、それは冒険者の頂点を決める大会。
アイガイオン王国にある闘技場で行なわれる大会であり上位五名を五大冒険者と呼び、同業者からだけでなく多くの一般の人たちからも尊敬の念と称賛の声を送られる。
ただ上位になれる者はほぼ決まっており、上位五人の顔ぶれは大体同じである。高みを目指そうと切磋琢磨する者もいるが実力の差というのは大きく、今回もどうせいつものメンバーなんだろうと決めつけ、ダレ気味の雰囲気であったのは否めない。
だが今年は違う。
会場内外で今回の大会について語る者たち、モクモクと準備運動をしアップする者、武器を丁寧に手入れする者で溢れている。そのだれもが目をギラつかせ異様な熱気に会場は包まれている。
「ほう、今年はやはり皆の気合が違うのぉ~。これもセシリアのお陰だ、よきことよきこと」
「え、ええ……喜んでもらえたなら嬉しいです」
闘技場が一望できるバルコニーは王専用の観覧場であり貴賓席である。そこに優雅に座るアイガイオン王が自身の長いあごヒゲを撫でながら隣に座るセシリアに声を掛ける。
王に声を掛けられ微笑み返すセシリアであるが、王をはじめとした王族などしかいない観覧席、さらには王の隣という場所に座っていることに緊張している。
「ときにセシリアとしてはどうなのだ。この大会で気になる者がいれば、将来の契りを交わすことを前向きに検討するのだろうか?」
「いえ、私にはやるべきことがありますので」
王の問いにセシリアは静かに首を横に振る。
「ふむ、その心意気、心底感心するわ。聖女とはセシリアのことそのものを差す言葉であろうな」
感心しながら頷くアイガイオン王の隣で微笑むセシリアは軽く会釈すると、アイガイオン王が戦いが行われる闘技場の方へ視線を向けたのでセシリアも続く。
高い壁に囲まれた円形状の石のリング全体を見下ろせるように観客席が配置された闘技場。王都武術大会以外の大会でも使われるこの闘技場の存在をセシリアが知ったのは最近のことだったが、冒険者となったからには自分もこういった大会にも出場してみたいものだと思い瞳を揺らす。
壁にある扉が開き赤いラメがの入った派手な燕尾服を着た一人の男が入ってくると、首元にある大きな蝶ネクタイを摘まんで、オーバーリアクション気味にお辞儀をする。そのままメガホーと呼ばれるマイクを小指をピンと立てた手で持ち会場を見渡す。
「会場の皆さま! 大変長らくお待たせいたしました。これより第七十回王都武術大会~聖女セシリア様のために頑張る姿が美しい~が開催されます!! わたくし司会進行役を務めます カール・ディンディアと申します。以後カールとでもお呼びください!!」
開会宣言に観客席を埋め尽くす観客が歓声を上げ会場が揺れる。
武術大会の後につく副題が前にメランダが言ったものと微妙に変わっていることに気付きながらも、もう何も言うまいとセシリアは気にしないようにして開催に盛り上がる会場を見渡す。
「それでは大会開催宣言を我らが王、アイガイオン王にお願い致したいと思います。皆さま! 王のいらっしゃるバルコニーへ注目をお願いいたします!」
会場の目が全て王とセシリアのいるバルコニーに集まる。
日頃視線にさらされているセシリアではあるが、会場全体の視線が一斉に集まるとこんなにも圧を感じるのなのだと圧倒されていると、王が従者にメガホーを渡されおもむろに立ち上がるとバルコニーの柵の前に立つ。
この視線の圧に動じることなく堂々と立つ姿に、さすがは王だとセシリアが感心しながら言動を見守っているなか王がゆくっりと手を上げる。
空気が震えるほどの歓声が上がり、それに手を上げたまま応えた王がメガホーを見せると一瞬で会場を静寂が支配する。
「みなのもの、今日はよく集まってくれた。第七十回と記念すべき此度の大会が今年も無事に行われるのはひとえにみなのおかげだ!」
そこで一旦言葉を切って会場を見渡した王が、再びメガホーに向かって口を開く。
「そして此度の大会はいつもと違い、聖女セシリアに相応しい者がこの場にいないかを探す意味もある」
王の言葉にゲホゲホと咳き込むセシリアが自分の胸を叩きながら王を見る。
「みなも知っての通り聖女として余たちに平和と祝福をもたらすセシリアは、聖女の務めがある今は契りを交わすことは叶わぬ。その務めを側で支える存在、そういった者がいてもよいと余は考える。だが聖女セシリアが発言した通り強ければよいと言うわけではない。
優しさ、知力、強さを全てを備えた者こそ冒険者にそのものだと余は思う。此度の大会は真の冒険者を探す大会だと言っても相違ないであろう。そしてその者こそが聖女セシリアの隣に立つに相応しい者である!」
王の言葉を聞く会場の観客の多くが頷き興奮の色を見せる。
「参加者全員が気骨を見せてくれることを期待しておるぞ! 以上だ、存分に戦い己が信念を見せよ!!」
会場が大きく揺れるほどの歓声が上がる。
王の言葉に唖然とするセシリアの横で王がやり切った顔で椅子に腰を掛ける。
「この盛り上がりよう、やはりセシリアのお陰だな。前大会は観客もここまで熱を帯びておらんかったわ。礼を言うぞ」
「あ、ありがとうございます。あの、一つお聴きしたいのですが、伝統ある王都武術大会を私のためにと言いますか、名称を変更してまでと言うのは心苦しいといいますか……」
「何を言うか、セシリアは我が国の宝であろう。それに余はな、伝統は大切にしつつも積極的に新しい風を取り入れるべきだと思っておる。現に此度の大会は大盛況であろう?」
確かに盛り上がってるけど三年後はどうするんだろうかと、毎回自分が出るわけにもいかないだろうとかセシリアは考えて三年後も聖女をやってる想像をしてしまった自分に寒気を感じる。
「続きまして、聖女セシリア様からお言葉を頂きたいと思います!」
「うっ、え!? わ、私!?」
司会の言葉にセシリアは驚き思わず立ち上がってしまう。あくまでも来賓として来たセシリアとしては挨拶するなんて思ってもいなかったわけだが、立ち上がったことでやる気があると思われ王のにこやかな表情に押され仕方なくバルコニーの柵へと歩みを進める。
セシリアがバルコニーから顔を出すと一際大きな歓声が上がる。
先ほど圧を感じた視線がセシリア一人に集まり目眩がして頭がくらくらする。
泣きそうになるセシリアだが、たまたま観客席のなかでも招待された人物たちが座る一角に一人の女性を見つける。
その女性ことアメリーの恰好が他の観客と違いシスターの修道着であったことで目立って気づいたわけだが、アメリーを見つけたことで周りにいる子供たちとラベリとエノアが並んで座ってるいるのにも気づく。少し離れたところには監視付きだがニャオトの姿もある。
見知った顔を見たことで少しだけ心が落ち着くのを感じたセシリアは微笑みを浮かべる。
静かに息を吐きゆっくりと口を開く。
「まずはこの度の記念すべき大会に私の名前を入れていただいたことに感謝いたします」
セシリアは潤んだ紫の瞳で周囲を見渡した後、ゆっくりと目を閉じ静かに口を開く。
「冒険者として求められる強さ。それは人を助け守るためのもの。私にだけでなく多くの人にその強さを向け分け与えれることこそ、みなに求められることだと思います。
腕力だけでなく、諦めない気持ち、ときには逃げる勇気。身近な人を守る強さと優しさを冒険者の本来の姿を見せてもらえることを期待しています」
セシリアがスカートの端を摘まみ静かに頭を下げると割れんばかりの歓声と拍手が湧き起こる。
後ろに下がって椅子に座るセシリアはお世話係の人にメガホーを返すと安堵のため息をつく。
「さすがセシリアだ。冒険者としての本質を訴える演説、余は感動したぞ」
「ありがとうございます」
大勢の前で話した緊張からの疲労でぐったりしているセシリアは、王と言葉を交わしながら自分が言ったことで、少しでも聖女を巡る戦いをやめて普通に大会をやってくれる人が増えるといいなと考えていた。
もちろん、セシリアの言葉を聞いた冒険者たちは、五代冒険者になれなくてもワンチャンあるのではと、益々参加する者たちのテンションは上がるだけだったりする。