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第71話 ナンバー1と新生ミルコに嵐を呼ぶじょー

 セシリアが歩いているだけで声を掛けられるのはもはや日常茶飯事。


「セシリア様、うちの畑で取れたものです。是非お納めください」


 おじいさんやおばあさんを中心に貢がれる農作物。断っても最後には拝んで頼み込まれてしまうので、仕方なくもらうことになる。


 ラベリと一緒に作物を抱え歩いていると、今度は赤子を抱いた女性が急いで近付いてくる。


「セシリア様! この子にお名前を付けて頂けませんか」


 聖女生活をしてて意外にも多いのが名付けを頼まれること。今や知らぬ人はいない聖女セシリア様に名前を付けてほしいと熱望する者は多く、これがセシリアを悩ませる。


「私が付けるよりも、親に付けてもらった名前の方が子供も嬉しいと思います。将来大きくなったとき、子供に名前の由来を話すそのときに意味を語ることで子供は愛を感じれるのではないでしょうか?」


 こう言うと納得する者は多いが、なかにはどうしてもと食い下がらない者もいる。


 最終的にはセシリアの名前の一部が欲しいと所望され、大抵はリアと名付けられることとなる。

 こうなるのは、セシリでは音が聖女様と近過ぎて恐れ多く、名前の後ろを譲り受けることで聖女セシリア様の加護があると一部の人たちの間で信じられているからである。

 後々王都を中心に「私もリアちゃん、あなたもリアちゃん、あの子もリアちゃん」とリアちゃん増え過ぎ問題が発生したりすこととなるが、セシリアの知ったことではない。


 今回は無事に名付けを回避できてホッとしたのも束の間、次は冒険者たちがやってくる。


「セシリア様、今度のクエストのご予定はお有りですか?」


「セシリア様、前のクエストで結構お金が入ったのです。よろしければ一緒に防具や道具を買いに行きませんか?」


「この間買った道具が余ってるんですけどいりませんか?」


 などとあの手この手でセシリア予定を聞いたり、誘おうとしてくるのである。


「お気持ちだけいただきます。それと予定はお教えできませんので、申し訳ありません」


 経験からはぐらかしても良いことにはならないので、キッパリ断る。これで大抵は諦めてくれるし、しつこくセシリアにつきまとおうとすると、周囲から非難を浴びるので大人しく冒険者たちは諦めてくれる。


 男誘いを断ることに慣れてきている自分に悲しみを感じながら、隣を歩くラベリを見る。


「重くない? もう少し持つよ」


「いえいえ、これくらいどうと言うことはありません。セシリア様への貢物は、私の宿の食材でもありますから」


 自分よりも小さい体なのに沢山の作物を運ぶラベリ感心しながら歩いていくと、ふとした瞬間セシリアの抱えていた作物が崩れそうになり、バランスを取ろうとしたら余計によろけてしまう。


「あわわっ」


 崩れ出すと止まらないものでセシリアが今にも転けそうになったところを、褐色のよく日に焼けた肌の男がたくましい腕を広げ受け止める。


「ご、ごめんなさい」


「いいってこと。それよりもお嬢ちゃん大丈夫かい?」


「え、ええお陰様で大丈夫です。本当にありがとうございます」


 セシリアが作物を抱えたままお礼を言う相手は、年齢三十前後と言ったところの男で日に焼けた肌と白い歯に切りそろえた口周りのヒゲに長い髪をオールバックにしている、ワイルドなおじ様といったところの人物。

 筋肉質だがよく引き締まった腕がチラッと見える鎧は使い込まれているのであろう、くすんだ銀色が年季とこの男が只者ではないということをひしひしと感じさてくる。


「お嬢ちゃん、もしかして噂の聖女さんかい?」


「え、ええ……はい」


「やっぱりそうか。俺はフェルナンドって言うんだが旅してる途中でも聖女セシリアの噂はよく耳にしてな、ものすごい美人だって聞いてたからすぐに分かったぜ。本当に綺麗だな」


 セシリアが答えるとフェルナンドは白い歯を見せながら笑う。


「おっと聖女様、その荷物俺が持つぜ。ついでに飯でも食いながら話さないか? もっと聖女様のこと知りたいんでね」


「い、いえ大丈夫です。私はこの後予定がありますので」


「まあそう固いこと言いなさんなって。その予定を俺に変えてもらえないかい? 後悔はさせないぜ」


 セシリアが抱えた作物を取ろうとセシリアの手に触れるフェルナンドの前に立ちはだかるのはラベリである。


「五大冒険者のナンバー1だか知りませんが、私のセシリア様が嫌がってます! 手を離してください」


 この中で一番小さいのにセシリアの前に立ち、フェルナンドを威嚇する。そんなラベリを見てフェルナンドはやれやれと肩をすくめる。


「相手しないからって不貞腐れるなよ。ちっこいお嬢ちゃんも相手してやるから一緒にどうだい?」


「ビィーっだ! こっちからお断りです! 行きましょうセシリア様!」


 舌を出してフェルナンドの誘いをキッパリ断るが、それでもセシリアから手を離さないフェルナンドにラベリのイライラが増していくのが見て取れる。


 今にも噛みつきそうなラベリが飛びかかるんじゃないかとセシリアがヒヤヒヤしたそのとき、フェルナンドの手を一人の青年の太い腕が掴む。


「セシリア様が嫌がっている」


「なんだ若造。俺が誰だか知って物言ってんだろうな?」


「ああ、五大冒険者のナンバー1。猛炎(もうえん)のフェルナンド・ツァイラーだろ」


「知っててその物言い、腕に自信があるとみえる。名を名乗れ」


 短い金髪の髪に鋭いながらもどこか悲しげな瞳を持つ青年は美男子言って相違ないだろう。

 だが何よりも特徴的なのは小さな美形の顔に対して体がものすごくデカイのだ。そしてそれが筋肉の塊であることは今にも破れそうなピチピチのシャツからはみ出る肉体が教えてくれる。


「俺の名はミルコ・聖女セシリア様をお守りするために生まれてきた男」


「ほう、守るってことは俺が聖女様に害をなしてるとでも言いたげな物言いだな。言っとくがこれでも俺は真剣でな。綺麗な女性を誘わない、そんなことができるほど人間腐ってないんでね」


 セシリアはにらみ合う二人にオロオロしつつも、幼馴染みであり一緒に冒険者を目指し村から出てきて記憶を失った友が筋肉ムキムキな巨漢となって再び現れたことの方に驚いていたりする。


 ──ってなんでサラッと私を守るために生まれてきた男になってんだ……


 そんな突っ込みを口にするスキも与えてくれないくらいの圧がフェルナンドとミルコの間に生まれる。互いに無言でにらみ合い、フェルナンドの手とそれを握るミルコの手それぞれに強い力が入っているのが、振動を通してセシリアに伝わって来る。


「おい、町中で喧嘩は止めてもらおうか。お前ら運が悪かったな俺が巡回する日に喧嘩するとか……ってフェルナンドおっさんじゃねえか」


 ゾロゾロと鎧を着た兵を連れて歩く黒い鎧の男が、手に持つ槍で肩を叩きながら不穏な空気を放つ二人の間に割って入ってくる。


「ロック、王国騎士団のお前と町中で会うとは珍しい。騎士団隊長自ら巡回とは人手不足なのか?」


「庶民に身近な騎士団ってのを目指してんでね……ってセシリア様!? こんなところでお会いできるとはやっぱ巡回して正解だ!」


 ロックがセシリア見て喜びをあらわにする。最近巡回兵だけでなく騎士団自らが警備の巡回を始めたと聞いていたセシリアは、ロックの嬉しそうな態度を見てなんとなくその意図を察する。


「こちらで争いがあると聞いて伺ったのですが、まさかセシリア様にお会いできるとは。御無沙汰しておりました、こんなむさ苦しいところではなんです、あちらに素敵なお店があるのでいかがです」


「あぁしれっと出てくんなジョセフ! さらにドサクサに紛れてセシリア様に近づくなよ」


 どこからともなく現れたジョセフがセシリアに近づきそっと手を握り


 突如五大冒険者のナンバー1、3、4が揃ったことに周囲が興奮し、さらに聖女セシリアいることが噂として広まり段々と人が集まって来る。


「おい、あっちから来るのってニクラス ・ヴレトブラッドじゃないか!」


「本当だ! ナンバー5で日頃は山にこもっていて滅多に出会えないニクラスだ!」


 丁寧な解説をしてくれる群衆の視線の方向をセシリアが見ると、ミルコよりもさらに一回り大きな男がゆっくりとこちらへ向かって来るのが見える。体を筋肉で覆う大男が歩く様は迫力満点だが、ボサボサのヒゲと硬そうな短い髪の毛生えた頭を掻きながらミルコに向ける目には優しさが宿っている。


「こらミルコ。勝手に走っていくな」


「すいません師匠! ですが私の生きる意味であるセシリア様の危機を感じましたので」


「ったく仕方無いヤツだの。おおん? なんだお前ら? 今日は五大冒険者の集まりでもあったか?」


 ミルコが師匠と呼ぶニクラスはフェルナンドたちを見て驚きの表情を浮かべる。


「おい、ニクラスこの若造はお前の弟子か? 躾けはしっかりしておけよ」


「おおっん? コイツがなんかやったか? 弟子には人に迷惑を掛けんように言っとるんだがの。お前さんにやましいことがないなら迷惑掛けて悪かったの」


「その言い方、俺に何かあるって言いたげだな」


「そうは言っとらん。そう聞えるのはお前さんに心当たりがあるんじゃないかの」


 穏やかに話すニクラスとイラつきを見せるフェルナンドの間に生まれた不穏な空気が大きくなるのを感じたロックが割って入る。


「おい、おっさんら喧嘩すんなよ。仮にも五大冒険者が町中で喧嘩とか冒険者の面目丸つぶれだろ。どうしてもやるってんなら近々王都武術大会があるんだし、そこでやればいいだろ」


 ロックの言葉にフェルナンドがニンマリと笑い、ニクラスを一にらみした後ミルコに鋭い視線を移す。


「おい、若造。お前も大会出るか?」


 フェルナンドの鋭い眼光にも物怖じせずミルコは静かに頷く。


「そりゃあいい。冒険者の先輩として色々世間の常識ってヤツを教えてやる」


「どんな人間にも学ぶべき所がある。よき反面教師としてご教授願いたい」


「あっ? 言いやがるじゃねえか。口もきけねえぐらいで済ましてやろうかと思ったが消し炭にしてやる。丸焦げになったお前を聖女様と一緒に笑ってやるさ」


「俺の筋肉にお前の炎など通じない。なぜなら俺は聖女セシリア様を守る盾だ。お前に聖女セシリア様は渡さない!」


 ──聖女セシリア様は渡さない!


 このミルコの言葉にセシリアがゾクッとしたのは、男に守られる宣言をされ気持ち悪いから来た悪寒だけではない。むしろ嫌な予感の方が大きい。


 それを証明するかのようにミルコの発言に、ロックとジョセフの眉がぴくっと動き二人が同時にミルコをにらむ。


「ほう、渡さないだと? お前セシリア様のなんなんだ?」


「ちょっとあなたの言い方、気になりますね。詳しく聞かせてもらいましょうか?」


 王都武術大会で決着をつけると言うロックの提案で、終息へ向かった不穏な空気はもっと大きな存在となって帰ってくる。


 今にも一触即発しそうなピリピリする空気に、周囲はことの成り行きをどこか期待に満ちた雰囲気で見守り、どうしていいか分からずオロオロするセシリアと隣ではラベリが緊張した面持ちでこの状況を見ている。


「ふっふっふ、お困りのようねセシリアちゃん!」


 突如後ろからした声にセシリアが振り向くと、そこに立っていたのはギルドの受付嬢代表(自称)ことメランダが腕を組んで不敵な笑みを浮かべていた。


「このメランダお姉さんが来たからには安心しなさい!」


 自信満々にそう宣言するメランダの登場にセシリアは目を大きく開き、この状況が大きく変化する予感を全身に感じる。


 ──嫌な予感しかしない!

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