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第70話 異世界転移したら幸せになれます(確信)

 ニャオトと呼ばれる男は長く伸びた髪の毛を切り、髭も剃ってスッキリした自分の顔を鏡に向かって歯を見せ笑顔を作る。


 服はこの世界の一般男性が着る物に変わっており、数日前にセシリアが連れてきたエノアという名の綺麗な女性に採寸され渡された服である。

 自分の体に合わせて作った服というものに若干の違和感を感じつつも、その特別感に喜びを感じていた。


 おもむろに椅子に座り紙を取り出すと、羽の先に鉄のペン先がついた筆記用具の先端をインクの壺に付けゆっくりと文字を書く。


「アサハ、パンヲタベタ」


 一般人にとっては紙がまあまあ貴重な世界ゆえに、無駄に使わないように紙の左端に小さな文字を声を出しながら書いていく。

 言葉を覚えるのは聞く、書く、読むが一番だとニャオトは思いながらペンを進めようとインクの瓶にペン先を浸す。


「セシリアトデアイ……デアウ?」


『出会う』という単語の使い方が分からなくなってペンを止めたニャオトが、もう一度「セシリア……」と呟きぼんやりと自分の書いた文字を見つめる。


 しばらくぼんやりしていたニャオトがふと後ろを振り向きドアの方に視線を向けると、ドアの前に立つ見張りの兵が覗き穴から誰かと話す姿が見える。

 それを見たニャオトが手ぐしで髪を整え眼鏡を布で拭きはじめソワソワしながら、本を無駄に机の上に沢山広げて羽ペンを手に持つ。


 やがてドアが開く音がして人が入ってくる気配を感じつつもニャオトは気付かないふりをして開いたページを見つめるが、その瞳には文字は映っていない。


「ニャオトさん、お疲れ様です」


 ニャオトにとっての天使の声が背中で響いたとき、そこで初めて気づいたフリをして慌ててニャオトは後ろを振り向く。


「すいません、お邪魔してしまいました?」


 申し訳なさそうにする天使ことセシリアを見て、まだ言葉を完全に聞き取って理解できないニャオトだが雰囲気を察して「大丈夫」と首を横に振りつつ必死で笑みを見せる。


 安堵の微笑みを浮かべるセシリアを見てニャオトの顔はさらに緩む。


「セシリア様、コイツ今絶対サボってましたよ。私分かりますもの!」


 セシリアの隣で不機嫌そうにするラベリが何を言っているかニャオトには分からないが、口調から自分に対し好意的でないのは何となく感じていたりする。


「ずっとこの部屋に閉じこもっていて本を見てるんだから息抜きも必要だよ。それに念のためにと見張りの兵までいるんだから気も休まらないだろうし、そんな風に言っちゃダメだよ」


「むぅ、セシリア様は優し過ぎます。ほらニャオト、差し入れ持ってきたからこれを食えです。私の愛情マイナスでも美味しいサンドイッチを感謝して食うがいいです」


 ラベリがズイッと差し出したバスケットを受け取ったニャオトが蓋を開け、中にあった野菜たっぷりなサンドイッチを凝視した後、嬉しそうにセシリアを見る。


「コレ、セシリア……」


「いいえ、私じゃないですよ。作ったのはラベリです」


「ふん、ラベリさんの手料理が食べれることに感謝しやがれです」


 サンドイッチを指さすニャオトに対しセシリアが自分は作ってないと首を振り、ラベリが腰に手を当てふんぞり返ってニャオトを指さす。


「カンシャ」


 ニャオトがぺこりと頭を下げると、ラベリが満足そうな表情を見せる。


「素直なことはいいことです。もっとラベリさんを褒めてもいいですよ」


「ラベリの作る料理美味しいもんね。ポンプキン(カボチャ)のシチューとか私好きだな」


「あ~んセシリア様! 今日からずっとポンプキンシチュー作りますぅ~」


「毎日はちょっときやり過ぎかな。ほら、色んなご飯食べてみたいじゃない?」


「もう、色んなラベリが見たいだなんて、だ・い・た・ん!」


「言ってない、言ってない! それにいきなり抱きつかないの!」 


 勢いよくラベリ抱きつかれ恥ずかしそうにするセシリア。そんな女子二人がじゃれる姿を見てニャオトは嬉しそうに頷いている。


 一見幸せいっぱいに見える光景だが、彼は大きく勘違いしている。


 まずサンドイッチはセシリアがニャオトに作ったものであると信じている。


「上手くできたか分かりません。自信ないんです」


「自信を持つのですセシリア様。ほら、お前なんか言うのです!」


 的な会話がなされ、不安そうに首を振ったセシリアをラベリが慰めつつニャオトには感謝の言葉を求めた。

 そして雰囲気を察した自分が感謝の言葉を述べたことでセシリアは喜び、ラベリがそれに「良かったですね」と言われ照れてじゃれ合っている……と思い込んでいる。


 そもそも恋愛ゲームですら選択肢を間違え全然好感度上がってないのに正しい選択をしたと喜ぶニャオトが現実で、まして異界の地で正しい選択をできるはずもなく、そんな彼に春が来るのは当分先になるのではないかと推測される。


 自分の目の前で照れながらじゃれる女子二人に幸せを感じているニャオトにセシリアが天使の微笑みを向ける。


「そうだ、今日来たのは差し入れもあるんですけど、ニャオトさんはこういうの興味ありますか?」


 そう言ってセシリアが自分のポシェットから一枚の紙を取り出し渡す。


 手に取ったニャオトが広げた紙には大きく『王都武術大会』の文字と日時が書かれ、剣と剣をぶつけ合う人のイラストが描かれている告知のポスターだった。


「えーっと、ニャオトさんは冒険者って前に教えましたよね? この文字は、ぼう・けん・しゃ」


 いつの間にか隣にいて紙を覗き込むセシリアにニャオトは驚き、さらに手を伸ばして冒険者の文字を指差し読見上げるとき、手が触れたことに顔を赤面させたニャオトは何度も頷く。


「その冒険者の中でも強いトップの五人を決める大会です。もしもこういった闘技的なのが好きでしたら息抜きにどうかなと思ったんですけど、えーと」


 セシリアは机に置いてあった蝋板(ろうばん)を手に取ると『戦い』『観戦』単語を書きつつ、ニャオトとポスターを指差しジェスチャーを織り混ぜながら会話をする。


 なんとなくポスターに書いてある格闘大会を自分と()()に観戦しないかと誘っているのだと意図を察したニャオトが頷くと、セシリアは言葉が通じたのだと安堵して微笑む。


「開催日が近くなったら詳しく説明しますね。それじゃあ、これ以上お仕事のお邪魔しちゃ悪いので今日は帰りますね」


 セシリアの言葉に別れを察したニャオトの顔に寂しさが宿る。


「また来ますね。お仕事頑張って下さい」


「セシリア様のためにもサボるなですよ!」


 ニャオトに天使の微笑みを見せるセシリアと、腕を組んで睨むラベリ。


 この光景、前にいた世界で女子と絡むことがほとんどなかった自分にとってこれはご褒美ではないだろうか? これでもし自分になんらかのチートスキルなんかが発現なんかしたりしてセシリアを自分が救う……なんてことをニャオトは妄想しつつセシリアに微笑み返す。


「マタ、ツギ、アウ、タノシミ」


「はい、楽しみですね」


 満面の笑みを見せ小さく手を振るセシリアに、手を振り返し見送ったニャオトは心で叫ぶ。


 ──やっぱ異世界って最高じゃねっ! 俺のモテ期キターーーッ!!


 幸せを胸いっぱいに机に向かって日本語で書かれた書物の意味を解読しながら、サトゥルノ語へと翻訳を試みるのである。

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