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第69話 魔王降臨!

 グラシアールは最北端に位置する国。王は存在せず民衆の投票を持って選ばれた議員によって選出された者を国の代表とする、いわゆる議院内閣制を取るゆえ代表は首相と呼ばれる。


 長い冬が続くこの地域の兵たちは、雪に埋もれたりして身動きが取れなくならないように身軽なものとなる。

 体温調整は内側の服で行うが、鎧とは元来着るだけで暑くなるものであり着るだけで防寒となる。ゆえに身動重視となるわけだ。

 薄い鎧といえどもそれは鉄の塊、それをやすやすと手で引きちぎり丸めて捨てられる。そんな光景を目の前にして戦意を失うなと言われる方が難しい。


 漆黒の鎧に不気味に光る赤い目が兵たちを恐怖のどん底へと陥れる。


 ──それはいつもの曇り空。灰色の雲からチラチラと落ちる雪の振る町の中央にある大広場に真っ黒な(いかずち)が落ちる。


 中央に位置する大きな像はこの国を建国したとされるガドフリーなる人物の像。

 それを粉々に粉砕した雷から現れた漆黒の鎧の大きな人物が立ち上がる。


 巨大な漆黒の鎧に周囲にいた人たちが逃げ出しすぐに騒ぎを聞きつけた警備兵が駆けつける。


「止まれ!! これは警告だ! 動くなら攻撃するぞ! もう一度!?」


 警備兵が言い終わる前に漆黒の鎧は近付き警備兵の槍を摘まんで持ち上げると片手で握りつぶす。


「なっ!?」


 おどろく警備兵の頭を摘まむ漆黒の鎧は仮面の目を光らせ覗き込む。死の文字が頭に過る警備兵の顔が蒼白になって恐怖で足が震える。


「あの~、この国で一番偉い人に会いたいんですけど、どこへ行けばいいですか? あ、申し遅れました。わたく……わがはい魔王です」


 地の底から響くような声で尋ねられた警備兵は歯をガチガチ鳴らしながらただ魔王を見る。

 このやり取りの間に駆け付けてきた、別の警備兵たちが一斉に魔王に向かって槍を突き立てる。

 だが漆黒の鎧に傷一つ付けること出来ず穂先が欠けてしまう。魔王は首をひねり困ったようになポーズを取ると、警備兵の槍を摘まんでは丸めて捨ててしまう。


「道を教えてもらえると嬉しいんですけど。う~ん、どうしましょう」


 魔王の悩む姿を見て攻撃の好機と、数人の警備兵が剣を振るう。だがそれを魔王は手で受け止めると握りつぶしてしまう。パラパラと雪に混じって砕けた剣の刀身がキラキラと光る。

 恐怖から座り込んだ警備兵の鎧の肩に魔王が指を置くと、もう一方の手で鎧を摘まみ引きちぎる。


「乱暴なことはしたくないんですけど、お話を聞いて欲しんで武器と防具を取り上げますね。あ、痛かったら言ってくださいね」


 そう言って魔王は次々と警備兵の武器と防具を破壊し始める。町の中央で暴れる魔王を名乗る漆黒の鎧の人物の存在はすぐに首相であるベルトラン・ビーゼの耳に入る。


 緊急会議でみなの視線を一身に浴びる、国の代表のベルトラン首相が出した答えは魔王と名乗る危険人物の討伐。


 この決断には大きく二つ理由がある。


 一つ目はグラシアールは三百年前に多くの魔族を島へと追いやり、その魔族たちが再びこの地に攻めて来ないように見張る役目を持っていること。

 二つ目に今現在では、ほぼ失われた対魔族用の武器を所持しており討伐できる算段があったこと。

 このことから一体の魔族など複数でかかればどうにかなるだろうと判断したわけである。


 だが、その判断は間違っていたと一瞬で痛感することとなる。


 グラシアールにも優秀な兵や冒険者が存在する。その攻撃のどれもが漆黒鎧の前に弾かれ、対魔族用武器ですら傷をつけることもできないのである。

 被害が出ていないのは魔王が防具や武器を破壊する以外の攻撃をしてこないだからであり、現場の兵たちは誰しもが魔王攻撃に転じてくるときを想像し怯えていた。

 それゆえ、攻撃も消極的なものとなりその心構えは士気の低下へとつながる。


「う〜ん、なかなか案内してくれませんね。」


『怪我させたくないとか無理じゃねっ? ここは一つドーン! っていっちまおうぜ!』


「ドーンですかぁ。それはいいかもしれません。それじゃあタルタロスさん魔力を集めて周囲に放つとき空気のみ振動させて頂けますか?」


『むちゃくちゃ言う姉ちゃんだな。だがまっ、俺っちなら簡単にできるってもんよ。タルタロス様の実力をよーく見ておけってな!』


 漆黒の鎧の中での会話が終わると魔王は、魔剣タルタロスをゆっくりと鞘から抜き始める。

 魔王が剣を抜いたことで、攻撃に転じるのではないかと周り兵たちは恐怖する。


 鞘からゆっくりと刀身が姿を表すと眩い黒い光が周囲を照らしそして魔力による圧を放つ。

 そのまま黒い刀身いっぱいに真っ黒な光をまとう魔剣を地面にそっと突き立てる。


 優しく突き立てた剣がドックンと心音の如く大きな魔力の鼓動を刻む。

 魔剣を中心に広がる魔力は空気を震わせ、町中の建物ガラスというガラスを粉々に粉砕していく。


 微細な空気の振動は人間の三半規管、いわゆる平衡感覚を狂わせ不快感を与えられた上に、派手に散る町中のガラスを目の前にした兵たちは自分たちがとてつもない者と対峙していることに戦意を失う。

 そして魔王の存在にまだ気が付いていない町の人たちも、今なにかとんでもないことが起きていることに嫌でも気付かされる。


『どうよ、俺っちの大胆にて精密なこの攻撃! 惚れ惚れするってもんだろ』


「さすがタルタロスさんです。これで作戦通り合図を送りましょうか」


『おうよ!』


 突き刺さした魔剣タルタロスから黒い光の柱が上空へ昇る。



 ***



 煌々と不気味に光る黒い光の柱を、無残に割れたガラスのせいで外の冷たい空気が入り込む部屋で見たベルトラン首相のもとへ伝令が走ってやってくる。


「お伝えします。我が国の周りを魔族の群れに囲まれております」


「数は?」


「正確な数は分かりませんが、松明の数から数千はくだらないかと……」


「数千……一点突破し逃げるにしても犠牲が多くでるか。それになによりも魔王とやらがそれを許すわけもないだろうな……」


 ベルトラン首相が手を伸ばすと、一人の男が双眼鏡を手渡す。魔力で遠近を調整すると町を守る塀の向こうに揺らめく無数の松明の光を見つめる。


「魔王とやらに伝えてくれ。話し合いの場を設けたいと……」


 ベルトラン首相の言葉に一瞬返事が遅れた伝令兵が急ぎ立ち去ると、ベルトラン首相は唇を噛み悔しさをにじませる。


「会議場を用意してくれ。さすがにこの場所では文句を言われかねないからな」


 淡々と指示するベルトラン首相のもと急遽会議場が用意されることとなる。


 突然の魔王を名乗る圧倒的力を持つ者の存在。そして数千の魔族軍に囲まれた現状から自分たちが生き残るべき道を模索するため、ベルトラン首相をはじめとした国のトップたちは魔王を迎える準備を始めるのだった。



 ***



「さすがでございます」


 メッルウをはじめオルダーとザブンヌが目の前の椅子に座る魔王にかしずく。


「わたくし、えーとわがはいたちもこの国に住みたいと言ったら快く承諾してくれたので助かりました」


 魔王が手をパンと一つ叩いて喜ぶ。


「……ご謙遜を。一人の死人も出さず無血での国を落とすなど魔王様でなければできないことです」


「そうです、魔王様が圧倒的力を見せつけ人間どもの戦意を失わせ、我が軍を多く見せるため燃やした松明で国を囲み完全に心を折るなんて作戦、思いつきもしませんでした」


 オルダーとザブンヌが続けて魔王を褒め称える。


「いえいえ、外は寒いから沢山火があった方がいいかなと思って準備しただけですよ。ともかくみなさんに怪我がなくてよかったです……ぜ。ここを足掛かりにして当初の予定通り、わがはいたちがかつて住んでいたとされる地、ブリッサへと向かいましょうか」


 魔王の言葉に三天皇が頭を下げる。


 漆黒の鎧の中でドルテは報告書に目を通す。


「聖女セシリアさん……優しそうなお名前ですわ。どんな方なのでしょう、会ってみたいですわ」


 ドルテはメッルウが危険人物と言う聖女セシリアの名前にどこか運命を感じ思いを馳せる。



 ***



「くちゅん!」


「セシリア様風邪ですか?」


 いつもの宿屋の部屋の椅子に座って、膝の上に座るグランツを撫でてていたセシリアがくしゃみをすると目の前にあるベッドに座るラベリが心配そうに尋ねる。


「う~ん、風邪じゃないと思うんだけど」


「誰かが噂しているんだと思いますよ。なにせセシリア様は人気者ですから!」


 自慢げな顔でセシリアを褒めるラベリの姿にセシリアは鼻を押えながら笑う。


「さてと、早いとこニャオトのところに行かないと」


「むぅ、セシリア様。最近あの男に入れ込み過ぎじゃないですか? ニャオトとか言う男、絶対にセシリア様に惚れてますよ」


「そんなことはないでしょ。ニャオトの世界の簡単な言葉が分かるから嬉しいんだよ。資料を読み解く作業も疲れるだろうから、ときどき休憩を促すためにも様子を見てあげないと。必死に翻訳作業してるみたいだし息抜きは大事でしょ」


「むむぅ~、やっぱりセシリア様は優し過ぎます。まぁだからみんなから愛されるんでしょうけど」


 ラベリは頬を膨らませつつも嬉しそうに笑うとベッドから勢いよく立ち上がる。


「そろそろニャオトのところへ行くのですよね。差し入れの準備しますからちょっと待っていてください」


「うん、いつも用意してくれてありがとう。私が料理とか出来ればいいんだけど」


「ふふ~ん、セシリア様の身の回りのお世話は私にお任せください! それにニャオトにセシリア様の手作り料理なんか食べさせませんよ。私の愛情なしの差し入れでも食わせてやります」


「う、うん。普通ので大丈夫だからね」


 勢いよく部屋を飛び出るラベリに不安を感じつつセシリアは、グランツの頭を撫でつつ壁に立て掛けている聖剣シャルルを見る。


「魔王か……どんな人なんだろう」


 先日であったメッルウと名乗る魔族が語った恐ろしい魔王の存在を思い、どこまでも面倒なことに巻き込まれていくものだと大きなため息をつくのだった。

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