第67話 魔王の試練
腕をさするメッルウにオルダーとザブンヌの二人が近付く。
「……大丈夫か?」
「いきなり酷い目にあったな」
「なに、これくらい問題ない。魔王様は敵を目の前にして逃げた不甲斐ないあたしにお怒りになっただけだ。これからみなの命を預かる将として喝を入れてくださったのだろう」
メッルウが拳を強く握る。
「……だがメッルウが敵を前にして引くとは珍しいな。聖女とやらはそんなに強敵だったのか?」
オルダーが尋ねる横でザブンヌが何度も頷いている。
「聖女の力は人間にしては大きな魔力を持っていた。もちろん魔王様の足元にも及ばないのだが……それでもなにか底知れぬものを感じて深い追いはしなかったのだ。今思えば実力を試す上でも一戦交えるべきだったかもしれないな」
「……慎重になるのは悪いことではない」
「だよな。今から進軍するってときに怪我でもしたら士気下がるかもしれないしな」
オルダーとザブンヌの言葉を受け、メッルウは少し笑みを浮かべ頷く。
「そう言ってもらえると幾分か心が軽くなる、すまないな。それはそうとだ」
メッルウはザブンヌを指さす。
「ザブンヌ、お前のその姿はなんだ? 昔はもっとこうだらしない体をしてて三段腹でなんというか……うん、だらしない感じだっただろ」
「……いつもダルそうな顔をして、腹が痛いと腹を擦っていたイメージしかないな」
「酷い言われようだな。だがまあ、以前の俺は確かにだらしなかった」
そう言ってザブンヌは自身の筋肉を見せつけるポーズを取る。
「このままではいかんと体を鍛えて、苦しい食事制限と筋トレによりこの肉体を手に入れたわけだ」
ふん! ふん! と気合を入れながらいちいちポーズを取るザブンヌをメッルウは冷めた目で見ている。
「……だがザブンヌ、お前のスキルは『暴食』だろう。食えば食うほど強くなるお前が食事制限をして大丈夫なのか?」
「それだ、その『暴食』のスキル。実際食ってて強くなってたかって聞かれたらそうでもない気がするわけだ、それにそもそも俺は腹が弱い!
食い過ぎて胃がムカムカしたまま戦うよりも食事制限した今の方が強い気がするんだが。スキルを使えば強いってわけでもないだろ?」
「……う、うむ一理あるな」
オルダーの隣でメッルウが頷いている。
「体が丈夫な魔族といえども健康に気を使うのも大切だ。あたしも気をつけよう、妹のためにもな」
「あぁ、それがいい」
三人が健康の大切さに頷き合っていると狼の顔をした兵がやってくる。急いでやってきて暑くなったのだろう、舌を出してはぁはぁと荒い息のまま敬礼をする。
「はぁはぁ三天皇様方、はぁはぁ、魔王様の準備が整いましたへっへっ」
「ああ、分かった」
報告を受けたメッルウは自分の頬を叩き気合を入れるとオルダーとザブンヌと共に魔王様のもとへと向う。
***
魔王の住む城のバルコニー下に広がる広場には大勢の魔物たちがいた。
狼の顔をした者、トラの模様の毛をまといトラ耳をピョコピョコ動かす者など男女混合の獣人たちの隣に、リザードマンと呼ばれる二足歩行のトカゲたち。
そこから少し離れて鎧をまとうガイコツ、いわゆるスケルトンたちがブカブカの鎧や兜が重いのか頭が取れてオロオロしている。
その横には微動だにせず真っ直ぐ立ち綺麗に並ぶ土でできた四角いブロックを重ねて作ったロボットのような者たち、ゴーレムが魔王が出てくると思われるバルコニーを黄色く光る目でじっと見つめている。
その隣には緑や赤、靑などのカラフルな鬼たちがザワザワと会話し、集団の中に一際大きな巨体を持つオークと呼ばれる者や、小柄でソワソワ動くゴブリンと呼ばれる者たちが混ざって並んでいる。
ドーーーンッ!!
ドラが叩かれ低い音が響き渡ると喋っていた者たちは口を閉じ一斉に前を見る。
「三天皇様方のご到着!!」
ドラを叩いたリザードマンが声を張り上げると、城の方からメッルウたち三人が現れメッルウが獣人とリザードマンたちの前へ、オルダーがスケルトンとゴーレムの前、そしてザブンヌが鬼とオーク、ゴブリンの前に立ち背を向けるとバルコニーの方を向きひざまずく。
三天皇に続き魔族軍隊も膝をつけひざまずくと、一際大きなドラ音を響かせたリザードマンが大声で叫ぶ。
「魔王様のお出ましでございます!」
三天皇をはじめ魔族軍みなに緊張が走る。
遠くからでも聞こえる魔王の足音は地の底から響き、近づく度に魔力の濃さが増しプレッシャーを与える。
やがてバルコニーの奥から姿を表した巨大な漆黒の鎧を全身にまとった魔王は仮面の奥にある真っ赤な光を放ち、三天皇と魔族たちを見渡す。
その鋭い眼光の圧に、ひざまずく者たちはさらに深く頭を下げ体を震わせ耐える。
ドン、ドンと鈍い足音を立てバルコニーに用意されていた玉座の前に立ちゆっくりと体を沈めるそのときだった。
「よっこいしょ」
地の底から響くような声で魔王が呟き続いて魔剣を床につけ鈍い金属音が響く。
メッルウたち魔族は「よっこいしょ」と言う魔王様の声が聞こえたような気がしたが、ひざまずき顔を下に向けていている今は確認仕様もなく、誰も何も言わないから自分の聞き間違いだろうそれぞれが納得し、下を向いたまま魔王の言葉を待つ。
「えーと、みなさん。あ、いえ、みなのものー。よく集まってくれまし……やがりました」
魔王の言葉にみなが混乱するが、発する言葉が含む魔力の圧はとても強くひれ伏せざるを得ない。
何かがおかしいが、魔王の発する魔力は半端なく絶対的存在に対し声を上げるわけにもいかず誰しも口をつぐんで沈黙を守る。
「まずはメッルウさん」
「あ、え? は、はっ!!」
先程出会ったときとのギャップが凄すぎて、自分が呼ばれてのか分からず曖昧な返事をしてしまうメッルウにオルダーとザブンヌが視線で「気をつけろ」と助言する。
(なるほど、試されているのかもしれん。魔王様の考えは深い、ゆえに油断はできぬ。)
メッルウは気を引き締め胸に拳を当て頭を下げる。
「フレイムドラゴンの血を引くあなたには、獣人とリザードマン軍、総勢百二十名を率いてもらいますのだ」
「はっ、ありがたき幸せ。このメッルウ『劫火』の名に恥じぬ活躍をご覧に入れてみせます!」
「はい、期待していますわ……だぜ。じゃあ続いてオルダーさん。あなたにはスケルトンをはじめとしたアンデッドとゴーレムの軍団総勢百八十名を与えますのだ」
「……はっ! 『虚空』のオルダー魔王様のご期待に応えてみせます!」
「えーっと、次はザブンヌさん。あなたには鬼とゴブリン、そしてオークたちを率いてもらいますのだわ。七十五名と少なくて申し訳ないですけど頑張ってください……ぜ!」
「はっ! 『暴食』のザブンヌ。必ずやこの者たちと力を合わせ戦果を上げてみせます!」
胸に拳を当て誓いの言葉を宣言する三天皇に続き、後ろに控える軍勢も姿勢を正し魔王に対して忠誠を示す。
そんな魔族の軍勢を見て、魔王は満足そうに頷く……いや、頷いているわけではない。
「えーっと、次はどうすればいいのかしら」
漆黒の鎧の中で『計画書』なるものをペラペラめくり、赤い瞳を必死に動かすことに夢中になり鎧操作がおろそかになっているだけである。
漆黒の鎧を操るは魔王の娘であるドルテ。突然天に召された父に変わって、漆黒の鎧入った彼女は中にあった『計画書』を手にこの場に立っている。
『なーにやってんだ姉ちゃんよ! 早いとこパーって言ってやんねーと部下たち困ってんぜ!』
「あらあら、魔剣さんごめんなさい。すぐにやりますわ」
ドルテが頭のなかに響く声に謝ると、手間にあるレバーを引き、ペダルを踏むと漆黒の鎧は立ち上がる。
「あら? こっちだったかしら?」
操作が曖昧でレバーを引くドルテだが、外では魔王が椅子から立ち上がったと思ったら綺麗なお辞儀を自分たちに向けてくるので、魔王群を大きく困惑させている。
「えい!」
ドルテがスイッチを押すと魔王の首がギギッと音を立てお辞儀をしたまま顔だけを魔王軍に向ける。向けたまま目をピカピカ光らせはじめ、よく分からない威圧を周囲に放ってくる。
「な、なんだ……何を我々に求めているのだ魔王様は」
魔王の謎の行動に困惑したメッルウが思わず呟いてしまう。
ガガッ! ピーッツ!
「あーあーっ、テス、テスです」
突然魔王が直立不動になり魔剣を握る。
「驚かせちゃいました? あっ、だろ?」
魔王の行動が全く読めない魔王軍たちだが、メッルウとオルダー、ザブンヌが目を合わせると大きく頷く。
これは魔王様が我々を試しているのだと、今後何が起きるかわからない状況に陥ったとき、冷静であれと身をもって体感させてくれている、つまりこれは魔王の試練だと気がついた頷きである。
三人は魔王を真っ直ぐ見つめ胸に手を当て敬意を示す。
「われら魔王軍、いかなることにも動じることなく」
「……いかなるときも冷静であり」
「命を賭して悲願を達成してみせます」
三天皇の宣言に魔王軍全員が姿勢を正し魔王に敬意を示す。その様子を見る漆黒の鎧の中ではドルテが額の汗を拭う。
「ふぅ~なんとかなりましたわ」
『そうかぁ? 俺っちにはたまたま上手くいっただけな気がするんだぜ』
「なんとかなれば、たまたまでもいいのですよ」
頭の中で響く声にドルテは微笑み掛けながら、達成感を味わっていたりする。