表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
70/283

第66話 魔王のもとに集いし三天皇

 それはサトゥルノ大陸の最北端から更に海を渡った場所にあるフィーネ島と呼ばれる島にある。そこは一年中ほぼ止むことのない吹雪に覆われ、生命の息吹は無いに等しい。


 だがそんな吹雪の先を進むと遠くに大きな山が見え、次第に大きな壁が見えてくる。さらに近付くと壁は石や瓦礫(がれき)を積み上げたものであることが知れ、誰かが積み上げて作ったものだと分かる。

 その壁を抜けると十字の石や四角い石が乱雑に突き立てられ、まるで墓地のような場所が広がる。


 墓地と思わしき場所を抜けると、いくつもの巨大なブロックを積み上げた人型の物体が、全身につららを作りながらゆっくり動き、太い指で石を掴むと雪と氷の大地を踏みしめ外側の壁へと積み上げる。よく見ると他にも人型の物体はいて壁を補修したりしている。


 彼らの間を抜け小高い山へとぶつかり、そこに無数に空く洞窟へと足を伸ばすと比較的温かな空間が広がる。

 人工的な空間には雪で溶けだした水を溜める池があり、僅かではあるが魚や動物の姿が見える。家畜と思われる動物にエサを与える獣の耳や尻尾を生やす者たち。

 水辺を掃除したり水路を補修する二足歩行のトカゲ型の生き物。

 さらに進むと、今も穴を拡張しているのかつるはしを振り降ろす、額や頭部に角を持つ者。巨体を使い物資を運ぶ茶色の大男や壁の補修を行う大男を小さくしたような緑の者たち。


 洞窟を進むと、巨大な空間が現れる。


 そこには山をくりぬきながら作った城が鎮座する。


 長い年月を掛け山をくりぬき城の形へと彫ったとは思えない、まるで初めからそこにあったかのように佇む立派な城は静かにそして恐ろしいまでの禍々しいオーラを放つ。



 ***



 城のなかだと言うのにうっすらと寒いのは外が寒いからではなく、魔王の持つ無慈悲な魔力が充満しているからだと言われている。


 メッルウは自分の魔力を貫通して肌を刺してくる魔王の魔力に寒気を感じてしまい、思わず身震いをしてしまう。

 そのメッルウの隣を歩く鎧騎士のオルダーは中身のない生きる鎧。中身がないだけあって寒さこそ感じないが、魔王の放つプレッシャーに無いはずの胃を掴まれているような気分になり、お腹の辺りを思わず擦ってしまう。


「我らが三天皇が揃うなんて何年ぶりだろうか?」


「……ゆうに五十年は超えているであろうな」


 メッルウの問い掛けに答えるオルダーの声は、がらんどうの体の中で反響し機械音声のような独特の響きを持つ。


「ザブンヌは元気だろうか? あやつは暴食のクセに腹が弱いから心配だ」


「……腹を壊してないといいがな」


 仲間の心配をしながら大きな扉の前に二人が立つと扉は年代を感じさせるには十分な大きな軋み音を立て、ゆっくりと開く。

 開くと同時に白く冷たい煙が地面を這い出て来て二人の足を撫でる。


 メッルウが寒気を感じたのは煙が冷たいだけではなく、奥に鎮座する真っ黒な鎧を着た人物のせいだというのはメッルウ本人が一番よく分かっていた。

 広間の奥に座る巨大な人物は漆黒鎧を全身に身にまとい、顔までも漆黒の仮面で覆いその素顔をうかがい知ることはできない。


「三天皇が一人、『劫火(ごうか)』のメッルウここに!」


「……同じく三天皇が一人、『虚空(こくう)』のオルダーここに」


 二人が順番に片膝をつき挨拶をすると、中央の鎧の人物が僅かに鎧を身にまとった指を動かす。

 その動きだけで緊張が走るメッルウとオルダーの横を急ぎ足で駆けてくる者がいた。

 全身を緑色の皮膚で覆われ、頭の天辺に黄色い角を生やす筋骨隆々な鬼は、虎柄のトランクスを履き胸の筋肉をぴくぴく動かしながら膝をつく。


 ──だれ? コイツ?


 メッルウとオルダーが突然現れた見知らぬ鬼の男に困惑していると、鬼は鋭い眼光を中央にいる鎧の人物に向ける。


「遅れて申し訳ありません。三天皇が一人、『暴食(ぼうしょく)』のザブンヌここに!」


 凛々しく口上を述べる男の名前に「ザブンヌだと!?」「……うそだろ」と言いそうになったメッルウとオルダーだが、鎧の人物の放つ圧の前に言葉を飲み込み黙る。


 鎧の人物はゆっくり動くと玉座の隣に立て掛けてあった剣を手に取る。黒く光る宝石を包み込む金の(つた)の装飾は漆黒の鞘に絡むように伸び黒と金のコントラストが美しくもある。両手で柄を握り地面に叩きつけると、地面と空気を伝って魔力が走りその衝撃でメッルウたちはふらつき倒れまいと身を縮める。


「メッルウ、オルダー、ザブンヌ。お前たち三人を呼んだのは他でもない。遂に我ら魔族の悲願であるこの世界にはびこる人間どもへ復讐をし、我らの理想郷を作るときが来たのだ」


 地の底から響くような声と魔力の圧にメッルウたちは震えそうになる体を必死で押え目の前にいる鎧の人物を見据える。


「ときにメッルウよ」


「はっ!」


 鎧の人物の仮面の目が赤く光り、魔力の圧がメッルウを襲う。歯を食いしばり耐えるメッルウは鎧の人物が剣の柄を持つ手に力が入るのを見て頬に汗が流れるのを感じる。


「お前の報告にあった。聖女セシリアなる人物、我らの進行において障害となりうるというのは本当か?」


「は、あの者は各地で起こした混乱をことごとく収め、さらには人間どもをまとめ結束力を高めております。その戦闘力、なによりも人を率いるっぐうっ!!??」


 鎧の人物が僅かに剣を抜き漆黒の光を放つと、凄まじい魔力の圧がメッルウを襲う。メッルウは腕を上げ身を守るが耐えきれずよろけて倒れてしまう。


「そいつは吾輩よりも強いのか?」


「い、いいえ。魔王様になど足元にも及ばないです、ぐっ!?」


 地面に手を付き立ち上がろうとしたメッルウに魔力の圧が襲い四つん這いにされ、立ち上がれないメッルウを魔王と呼ばれた鎧の人物が目を真っ赤に光らせる。


「敵前逃亡。聖女セシリアとやらを目の前にして戦わずに帰ったと聞いているが、それについて何か言うことはあるか?」


「ぐっう……も、申し訳ございません。がっ!?」


 魔力を強められ床に押しつけられそうになるのを必死に耐えるメッルウを見て、魔王は仮面の奥でふんっと小さく鼻で笑うと剣を鞘に納め魔力の放出をやめメッルウを開放する。

 解放されたメッルウは急いで体を起こすと膝をつきかしずく。


「よいかお前たち。我ら魔族はかつて人間どもに虐げられて多くの同胞を失い大陸から追いだされ島へ逃げるしかなかった。長い年月をかけ力を取り戻し同胞も増えて来た、脅威であった勇者なる者も存在せぬ今こそ我らが悲願を達成するときだ。

 聖女なる存在に出鼻を挫かれている場合ではないのだ」


「「「はっ!」」」


 魔王の言葉を受け、ひざまずく三人が深々と頭を下げる。


「これからの予定を大神殿の間にて告げる。そこでお前たちに兵をつけるゆえ、今のような無様な姿を見せるでないぞ。お前たちは吾輩に次ぐ魔族のトップ三人、現場で直接指揮する者として威厳を見せよ!」


「「「ははっ!!」」」


 三人がさらに深く頭を下げると後ろの扉がゆっくりと開く。それを合図に三人が立つと胸に拳を当て魔王に頭を下げると、一歩大きく後ろに下がり背を向けると開いた扉へと向かい部屋を出て行く。


 再び閉まり始めるドアを魔王は、完全に扉が閉まるのまで微動だにもせず表情の変わらない仮面の瞳で見届ける


「ふひぃ~」


 大きなため息をつくと魔王は仮面を外す。続いて胸元の鎧を外すと、中から細い老人が出て来る。


「くはぁ~肩がこるわ。久々の魔力開放は疲れるわい」


 肩をポンポンと叩く老人はよろよろと歩きながら口の周りの白い髭を掻く。やや曲がった腰を叩きながら杖をついて歩く老人のもとにパタパタと足音が近付いてくると、金色の髪の長い髪をお団子状にまとめた黒いドレス姿の少女が駆け寄り老人の細い手を取る。


「お父様、大丈夫ですか?」


「おお、ドルテすまないなぁ」


 ドルテと呼ばれた少女は赤い瞳の目を和らげ微笑むと、お父様と呼ぶ老人を玉座に昇る段差に座らせる。


「お父様はお年を召してるのですから無理はなさらないでくださいませ」


「ふふっ、ドルテは優しいな。お前のような優しい子のためにもこの戦いで人間どもからかつての故郷を取り戻してみせようて。そして豊かな暮らしをさせてみせようぞ! その為なら吾輩は無慈悲な魔王となってみせよう」


 ドルテは首を横に振る。


「ドルテは今も幸せです。お父様の悲願は重々理解してますが、無理はなさらないでくださいませ」


「ううっ、本当に優しい子じゃ。だが心配はいらぬ、この漆黒の鎧は中に入れば魔力を介し、操縦することで手足のように動かせるまさに攻防一体の一品。さらに中にはボイスチェンジャー機能により声色を変えつつ魔力を乗せ相手を威圧できる優れもの。さらにさらに! 仮面には目が鋭く光って圧を掛ける機能までついておる。

 そして何よりも吾輩にはあの魔剣タルタロスがおる。あやつがおれば魔力が尽きることはないわ。ふははははっ」


 笑う父親にドルテは近付くとそっと手を握る。


「それでもです。わたくしにとってお父様はただ一人、心配するのは当然のことですわ」


 真っ赤な潤んだ瞳に見つめられ父親は思わず目に溜まった涙を拭う。


「本当に、本当にドルテは優しい子じゃなぁ。吾輩はこんなにも優しい娘に出会えて幸せ者じゃ。あぁもう幸せ過ぎて天にも昇る気持ちじゃぁ」


「もうお父様、そんなに褒めても何も出ませんわ。娘として当然のことを……お、お父様?」


 優しく微笑んでいたドルテが元々大きな目を更に大きくして、顔に焦りの色が浮べる。


 天を仰ぎ嬉しそうに涙ぐむ父親の姿がなんだか透けてきた気がして、ドルテが慌てて父親の手を取ろうとするがうまく掴めずドルテの手が空を切る。


「え? え? まさか、御寿命ですの? え? うそ、今ですの?」


 オロオロするドルテを置いて、父親は幸せそうな表情のままどんどん体が薄くなっていき、最後はキラキラと光の粒になり空中に霧散してしまう。


「えぇ~っ!? お、お父様??」


 空中に散った光の粒を呆然と見ていたドルテが、手をパタパタさせ光の粒を掴もうとするが掴めるわけもなく途方に暮れる。


 そのときだった。


 ドンドンドンッ!!


 大きな扉が激しくノックさせる。


「魔王様! ご報告いたします!! 各軍の集合、配置全て終了しております! 三天皇様方もご準備完了しております。いつでもご出陣の用意はできております!!」


 ドアの外で声を張り上げる兵にドルテはだらだらと汗をかきながら唸ってしまう。


「え? えぇ〜と、ど、どうしましょう……」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ