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第64話 セラフィア教=セシリア教

 大空を飛ぶ鳥の脚には丁寧に丸められた紙が括り付けられている。

 ハヤブサによく似た鳥はペレグリンと呼ばれる魔物でありながら人懐っこくとても賢い。

 飛ぶスピードがとても速く、好物の木の実を使い誘導することで手紙のやり取りを行うのによく使用される。


 額から伸びた二本の触角のように伸びた羽を使い、的確に好物の木の実を探し当てると下降し木の実が入ったランタンを持つ男の腕に止まる。ランタンの蓋を開けると中で輝く木の実をついばみ始める。


「こちらを」


 ペレグリンの脚から男が取った紙はセシリアへと渡される。金の縁取りがされた紙を広げると、まずはアイガイオン王国の刻印が目に入りそして王自ら書いたであろう文字が続けて飛び込んでくる。


「聖女セシリアに一任する……って重いなぁ」


 セラフィア教会が行ってきたこと、主にゲンナディーについてここまでの所業をアイガイオン王に送り、アイガイオン王国としての処分の判断を委ねようしたわけだが王からの返事は、


『現状を一番判断し、セラフィア教会からも信頼を得ているであろうと判断し、聖女セシリアに処遇を一任する』


 である。ただの冒険者見習い程度の自分にこんな重大なことを任せていいのかと愚痴りたい気持ちを抑えつつ、聖剣シャルルに相談する。


 アイガイオン王からの返事を読むセシリアにみなが注目する。その刺さるような期待と不安の入り混じった視線を受けながらセシリアはセラフィアの女神像の前に立つと鞘に入ったままの聖剣シャルルの先端を勢いをつけて地面へと刺す。


「ゲンナディー・リヴィングストン」


「はっ、セラフィア様なんなりと」


 セシリアが名前を告げるとゲンナディーが膝をつき深々と頭を下げる。


 ──そんなに仰々(ぎょうぎょう)しい態度しなくてもいいのに……。そもそもセラフィア様じゃないんだけど。


 ゲンナディーの態度にうんざりしながらセシリアは言葉を続ける。


「あなたのやってきたことは許されることではありません」


 ゲンナディーの体に力が入り一回り小さく体を縮まったのがセシリアの目か見ても分かる。


「ですが、更生のチャンスを与えないというのもまた酷なこと。あなたの信者をまとめる力と教会を大きくした力それを慈愛を持って行いなさい。

 あなたに足りないのは他人に対しての愛。愛を受けたければあなたもまた愛を与えるべきです。この意味が分かりますか?」


「ははぁっ! ありがたきお言葉! このゲンナディーの心に沁み渡りました。そしてこの老いぼれにも更生の機会をお与えになるその慈愛の心、セラフィア様の行為を持って学び、その心遣いに感銘を受けました」


 そんなに深く考えてないんだけどなと思いながら、セシリアはさらに深々と頭を下げ地面に頭を擦りつけるゲンナディーになんて声を掛けようか悩んでしまう。


「顔を上げなさい。私へ向かって頭を下げる暇があるなら行動をしなさい」


「ははあっ!」


 この喋り方は肩こるなとため息をつきそうになるセシリアを顔は上げたが、地面に手をついたままのゲンナディーがセシリアをじーっと見つめる。

 そのもの欲しそうな視線を無視しようとするが、頭のなかで聖剣シャルルの声が無視するなと、欲しがっているものを与えるのもセラフィアの務めだと訴えてくる。


 肩を落としため息をついてしまうセシリアがゲンナディーに近付くと、それだけでゲンナディーの期待に満ちた感じが伝わってきてげんなりとしながら、頬に手をそっと置く。

 ゲンナディーに尻尾でもあればパタパタと振ってそうなほど喜びに満ちた笑みをセシリアに向けてくる。

 正直気持ち悪いが、これは必要なことなのだと自分に言い聞かせながらセシリアはゲンナディーを見つめる。

 おっさんのキラキラした目を前に拳を握りたくなるのを我慢しつつ優しく語り掛ける。


「ゲンナディーあなたはできる子なのでしょう? ならば前に進みなさい。私はいつもあなたのそばに」


 そう言って平手打ちをすると乾いた音が周囲に鳴り響く。


「うおおっつ! このゲンナディー、セラフィア様のご期待に応えてみせます! どうぞお見守り下さいぃ〜っ!」


 打たれて赤くなった頬を押さえ興奮押さえきれぬと言った様子のゲンナディーが叫ぶ。

 これを見た他の信者たちが羨ましそうな表情をするのに気付かない振りをするセシリアの前にゲンナディーが姿勢を正し立つと、他の信者たちも気をつけの姿勢でセシリアの方を向く。


「我ら一同セラフィア様のご加護のもと、永遠の誓いを!!」


 なんとも重い誓いを受けてセシリアは肩を落とすのである。

 活気に満ちあふれたゲンナディーが小走りに去っていくと、信者たちもそれぞれの持ち場へと帰って行く。


「さてと、次はあの人か」


 人混みの端の地面に座り込むグンナーのもとにセシリアが近づくと、それに気がついたグンナーが目を向けてすぐに両手と頭を地面につける。

 本日二度目の土下座にウンザリしながらセシリアは声を掛ける。


「あなたの証言についてはまとめたものを読ませていただきました。

 魔族とは知らずセラフィア教の者と勘違いしたまま依頼を受けて、私を足止めする、もしくは討っても良いと。そして負けた後はもう一度チャンスを与えるからとスキル向上に効くと言われドラゴンの鱗を持たされた。

 そこからの記憶はなく、私の一撃を受ける瞬間に気がついたと……合っていますか?」


「相違ありません。セシリア様の必殺技の名を忘れたのですか? のお言葉を受け私は目が覚め己の未熟さを痛感致しました」


 地面につけた額からギリリッと音を立てそう語るグンナーに、この男も「セシリア()」と呼ぶのかと今後の展開に不安を感じつつセシリアは心でため息をつく。


「五大冒険者の二番手などと言って己の実力に慢心(まんしん)し、魔族の思惑に気づきもせず挙句セシリア様に(やいば)を向けたこと私の命を持っても償えきれるものではありませんが、せめて心を鎮めていただければと」


 そう言いながらグンナーは着物に似た服の襟を緩め腹を出すと短剣を取り出す。


 初めこそ何をしているのか分からないセシリアは、突然上半身裸になるグンナーを変態でも見る目で見ていたが『あれは切腹だな。自ら腹を切って命を持って罪を償う謝罪方法だ』そんな言葉を聞いて慌ててグンナーの手を握り引き止める。


「グンナーさん、あなたの剣技はとても素晴らしいものです。その力あなたの向上のためだけでなく、人のために使うべきだと思います」


 セシリアの言葉を黙って聞いていたグンナーが短剣を置くと、拳を握った右手を地面につけセシリアに頭を下げる。


「グンナー ・ヴェルミリオ、聖女セシリア様の(やいば)となることを誓います」


「あ、いえ、私のではなくみんなの(やいば)になって下さいね」


 引きつった笑みにセシリアの呼びかけにグンナーは首を縦に振りつつ語る。


「セシリア様守ること、即ち世界を守ることです」


「いっ、いいえそうはならないでしょう」


「いえ、間違いありません」


 言い切るグンナーにセシリアはもうどう言っていいか分からず体を震わせ、


「好きにして下さい」


 と言うしかなくなるわけである。面倒くさいことにしかならないなと困惑するセシリアにグンナーがさらなる追い打ちをかけてくる。


「つきましては、私の戒めとしまして気合を入れていただければと願います」


「気合って……あれ?」


 手をヒラヒラさせるセシリアを見て頷くグンナーに、この世には変な人しかいないのかと嫌になりながらも、早くこの場を収めたくてグンナーに平手打ちをする。


 ──長くなったけどこでニャオトを牢から出せるかな。


 乾いた音を響かせた後、セシリアは天を仰ぎながら今回の目的が果たせそうなことに安堵するのである

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