第63話 魔族のお姉さん
初撃はグンナーの放つ高速の抜刀による閃光。
受け止めた盾ごと吹き飛ばされてしまうガオスが宙を舞う。その威力に驚きつつもテイクがナイフを投げるが、グンナーは消えナイフは空を切る。
一瞬でテイクとの間合いを詰め、振り上げられる剣をデトリオが盾で受け止めるが、上空へと打ち上げられてしまう。
「なんて力だ!?」
叫ぶデトリオに追撃させまいとティモが剣を振るうが剣の鞘で受け止められ、グンナーが鞘から剣を抜く流れで弾かれ砂煙を上げながら真横へ飛んでいく。
抜かれた一閃をモースが剣で受け止めるが、剣を折られ体を回転させながら吹き飛び地面に転がる。
その間に上空から落ちるデトリオをテイクがスライディングして体ごと受け止める。
「すまん」
「なに、こっちなんかあごをカチ割られそうになったからな。これくらいいいってことよ」
一瞬で三人が気絶し地面に伏せ、デトリオとテイクもダメージを受けているこの状況をセシリアは薄目を開けて見ていた。
「かなりやばくない? この技って結局アトラが叩けばいいだけなんだから溜めずに放った方がよくない?」
『いや、今回は本当に溜める。グンナーとやらが魔族に支配されているならそれを破る程度の魔力を放つ必要がある。アトラだけではそれは破れん』
『セシリア様、それにこの戦いの近くにもう一つ魔族の匂いがします。ここは力を溜めつつ、次の準備をする必要があるかと思われます』
聖剣シャルルとグランツにそう言われてはセシリアは黙って戦況を見守るしかできない。だが、話している間にも大きく吹き飛ばされ気絶してしまうテイクを見てセシリアの心中は穏やかではいられない。
そのときだった、構えるセシリアの前にセラフィア教の兵たちが盾と槍を持ち並ぶ。
「我らがセラフィア様を傷つけようとするものは何人たりとも許さない!!」
「あ、いや、私はセラフィア様では……」
そんなセシリアの呟きなど聞こえていない兵たちが盾を構え防御の陣形を作る。それは前列で屈んで盾を構える兵の間に別の立っている兵が盾を構え隙間を無くした上で、後ろで前列の兵たちを支える機動性こそないが明確に守りたいものがあるときに使われる陣形。
グンナーの人間離れした斬撃を全員で受け止めていく。盾がへこみ後ろに吹き飛ばされ穴が空けば別の兵が素早く穴を埋めていく。
「こいつら、邪魔だ!」
グンナーがより力を込めて放った一撃に数人の兵が吹き飛んでしまう。そこに素早く入ったデトリオが盾を構えサポートに入る。
腕の盾で斬撃を受け吹き飛ばされて地面に転がるデトリオに目もくれず次なる斬撃を放とうとするグンナーの正面から大盾を構えたガオスが突っ込み、後ろからテイクとモースが剣を構え向かって来る。
それらをまとめて体を一回転させながら放つ一撃で吹き飛ばすと、遠方からティモが引いた弓から放たれた矢を切り伏せる。
「どけぇー!! 俺の邪魔をするんじゃねぇ!!」
グンナーの振るった一撃で兵たちの陣形が大きく崩れる。そして、鞘に納めた剣を持ち構えるセシリアが放つ紫の光を見てグンナーはニヤリと笑うと自身も剣を構え向き合う。
セシリアが僅かに聖剣シャルルを抜き紫の光が強く放たれた瞬間、火花が飛び散る。
「紫電乃霹靂破れたり!! 放つ瞬間に攻撃を重ねれば技は放てまい!」
してやったりとドヤ顔でグンナーが言うが、セシリアは突然放たれた斬撃を無事に受け止めれたことにドキドキしていた。
──これこの人が剣に向かって攻撃してこなかったら結構やばかったじゃ……それよりも必殺技を破るってそういうこと? 放ったれた技を打ち破るんじゃなくて、放つ前に破る……う~ん、いやまあいいけどなんかモヤモヤする。
『セシリア、わらわを放つのじゃ』
アトラの声を聞いたセシリアはドヤ顔のグンナーを静かに見つめる。
「グンナー、あなたは必殺技名を叫ぶことも忘れたのですか? そんなあなたが私に勝てましょうか」
セシリアの言葉にグンナーは大きく目を開く。
「紫電乃霹靂は二段構え、一撃目にばかり目を取られ本質も見えず一喜一憂しているあなたはもう……負けています」
「なっ!?」
セシリアの持つ聖剣シャルルが光輝くと同時に真下を紫色に光る斬撃が走る。聖剣シャルルの溜めた魔力をその身にまとった斬撃はグンナーの足元を抜けると地上へ伸びカーブを描きグンナーの首を目掛け魔力をたっぷり含んだ一撃を打ち込む。
「がっ!?」
強烈な一撃にグンナーは短く叫ぶと白目をむいてその場で倒れてしまう。
崩れ落ちるグンナーを横目にしてセシリアは、教会の上へと視線を向ける。
「この騒動を起こしたのはあなたですか? こそこそしても分かってますよ」
セシリアの見る方をみなが見ると、教会の屋根の影からフードを深く被った人物がゆっくりと姿を見せる。
「全部お見通しってわけかい。アントン討伐のときから危険なやつだと注意してたけど正解だったね」
フードの奥から女性の声が聞こえる。
『この声、私を起こした声です』
『こやつ、わらわらの前に現れたヤツじゃ』
グランツとアトラが同時にセシリアの頭の中で叫ぶ。
フードを被った人物は胸元を握ると勢いよくフードをはぐってその姿を露わにする。
燃えるような真っ赤な髪に頭の左右に生える立派な角。赤い鱗で作られた鎧をまとっているのに肌の露出は激しく、短いスカートから出ている長く太い尻尾と、そしてガーターベルトとそれをが止める太ももまである黒いストッキングにヒールの高いブーツ。
背中には赤い膜の張ったカギ爪のある特徴的な翼が生えている。
「あたしの名はメッルウ! 偉大な魔王様に仕える三天皇の一人でありフレイムドラゴンの血を引く者! このあたしと一戦……ってお前!? ちょ、ちょっとまて!」
セシリアが先ほど聖剣シャルルが溜めていた魔力を開放する。いつでも一撃放てるぞとけん制するセシリアの姿にメッルウは慌てる。
「こういうのはお互いある程度会話を交わしてからぶつかり合うのが帝石じゃないのか!」
「私は別にあなたと話したくありません」
「なんてむちゃくちゃな聖女なんだい」
そう言いながらチラッとセシリアを見下ろしたメッルウは、小さな音の歯ぎしりをするとすぐに口角を上げ笑みを浮かべる。
「まあいいさ。あんたが油断ならない相手だと言うことは分かったよ。魔王様が動き出したときあんたは間違いなく消されるね。
その日までせいぜい楽しく過ごすんだね。あっはっはっはっは!」
それだけ言うと高笑いをするメッルウは翼を広げ教会の屋根から飛び立ってしまう。
「ふぅ〜、立ち去ってくれて助かったぁ」
空の彼方に飛び去り小さくなっていくメッルウの影を見て安堵のため息をつくセシリアは、内心向かってきたらどうしようかとドキドキしていたりする。
「セシリアすごい! 弱いとか言ってたけど強いじゃない! ナンバー2に二回も勝つなんてオトカルとか凄く喜ぶと思うわよ」
突然抱きついてきたアメリーにセシリアは焦りながら首を横に振る。
「ううん、聖剣の一撃はすごいかもしれないけどそれはみんなが守ってくれるから出せるわけで、私自身はすごくないよ」
「もぉ~謙遜しなくていいのにぃ~。そんなセシリアが可愛いんですけどぉ~」
頬擦りをするアメリーに顔を赤くして照れる様子を周囲は微笑ましく見ている。
そんななか影のなかから聞こえる歯切りしの音、そして教会の影からハンカチを噛んでもじもじしながら見るゲンナディーの姿があった。
「くぅ~強くて優しいセシリア様……セラフィア様の生まれ変わり。ワシの理想の女性! このゲンナディー残りの生涯をあなたに尽くしますぞ」
そう言ってゲンナディーはセシリアにビンタされた頬に触れ顔を赤くするのである。