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第61話 私は聖女様なるぞ

 ゲンナディーは前を歩く信者についていくと、周囲の壁紙が剥がれ廊下に飾ってあったツボが割れて転がっているのを見てイライラがつのっていくのを感じていた。


 広場に出るとゲンナディーイライラは頂点に達する。


「なんだこれは!」


 様々な美品が壊れ矢や卵まみれの壁や床を見たゲンナディーは、案内した信者の頭を叩き声を上げる。

 ゲンナディーの声に気がついた一人の兵が駆け寄ってくるが、ゲンナディーは報告を聞く前に兵を蹴って怒鳴りつける。


「どういうことだこれは! なんのためにお前らを配備してると思っている、あ? 大の大人がそろいもそろって鳥一羽に翻弄されるのか? あ?」


「も、もうしわけございません」


 蹴られて倒れた兵がそのまま手をつき謝るのを見て、ゲンナディーはさらに蹴りを入れる。


「謝罪なんかどうでもいいわ! とっとと鳥を捕まえて連れてこい! ワシ自ら頭を切り落としてくれるわ!」


 ゲンナディーの剣幕に兵は手足をバタバタさせながら慌ててその場を立ち去る。


「ふん、どいつもこいつも使えんわ。それよりも聖女はどうしておるか気になる。おいお前、ついてこい!」


 ゲンナディーを広場に案内してきた信者は再び地下牢までの道を案内させられる羽目になる。



 ***



 地下牢へと向うために本館から出て専用の門くぐり、階段を下りていくゲンナディーは、大きなお腹を抱えふうふう言って額に汗をかいている。


 地下へと辿り着くとかび臭くはあるがヒンヤリとした空気と、先程の広場とは打って変わり静かな様子に怒りでざわついていたゲンナディーの心も少しだけ落ち着く。


 カンカンと足音を響かせ歩くゲンナディーを見て、通路の端に寄って背筋を伸ばして道を開ける兵たちの姿に安心しつつ聖女を囚えている牢の前に辿り着く。


「おい、お前聖女はどうしている?」


「はい、元気です」


 聖女がいる牢の前で立つ一人の兵に声をかけると元気な声で答えるが、その答えはどこかズレている。まともに受け答えもできないのかと牢に近付くと兵が横に移動してゲンナディーの進路を塞ぐ。

 ゲンナディーがにらみ左に足を出すと兵は右に出てくる、右に出れば左に出てくる。


「おい、お前ふざけてるのか? あ?」


「だれも通すななと命令されてますので」


「お前はバカか。不審者を通すなって意味だろが。そんなことも分からんのか! あ?」


 兵は首を傾げて考え始めるのにイラっとしたゲンナディーは、兵の肩を押し無理やり覗く。


「おいお前! 聖女はどこに行った? どこにもおらんじゃないか!? あ?」


 怒鳴るゲンナディーを兵は不思議そうに見る。その表情がどこか生気が抜けていることに気付いたゲンナディーが思わず後ずさる。


「せ、聖女はどこだと聞いてる!」


「はい、元気です」


「ああもういい!! 誰か話せるヤツはいないのか、そこのお前!」


 ゲンナディーがたまたま歩いてきた兵に声を掛けると、兵は生気のない顔を向ける。周りをよく見ればそんな顔をした兵ばかりでありゲンナディーと案内してきた信者は思わず身を寄せ合ってしまう。


「な、なんだここにいるヤツはこんなのしかいないのか。そ、それよりも聖女はどこにいるのだ」


「聖女は元気です」

「聖女は元気です」

「聖女は元気です」


 地下牢を守る兵たちが口々に呟き始める。生気のない表情に加え抑揚のない声色(こわいろ)がより不気味さを(かも)しだす。


「こ、ここにいても(らち)が明かん! 戻るぞ!」

「は、はい!!」


 気味の悪さを感じていた信者の男もゲンナディーの言葉を待ってましたとばかりに足早に地下牢から立ちる。

 地上へ戻ろうとする二人を数人の兵たちがゾロゾロ追ってくるが、足が遅いためなんとか振り切って無事に地上へと出て屋敷へと戻る。


 額どころではなく汗でびしょびしょになるゲンナディーは、荒い呼吸で戻ってきた屋敷の中を見て顔面蒼白になる。


「さっきよりも酷くなっておるではないか……」


 肩を落とし悲惨な惨状を啞然とした表情で見るゲンナディーの目の前を白いグワッチがペタペタと横切り、それを卵まみれの兵たちが剣や槍を掲げて追いかける。

 グワッチがバサバサと飛び、手すりから壁から出ているランタンに飛び移り更に羽ばたくとシャンデリアに端に噛みつきぶら下がる。

 ブランブランと勢いをつけて揺らすグワッチに「降りてこい!」と叫ぶ兵たちを見て、まだ息の整っていないゲンナディーが嫌な予感を感じて、手を伸ばし何かを叫ぼうとするが一人の兵が手に持っていた槍を投げる。


 投げられた槍をシャンデリアにぶら下がっていたグワッチが身をひるがえし避けると、槍はシャンデリアに激突する。それを合図にグワッチは羽を広げ滑空して飛び去る、そして真っ逆さまに落ちるシャンデリア。

 床にぶつかり粉砕し飛び散るシャンデリアと逃げまとう兵たちの姿をゲンナディーは唖然として見ていた。


「な、なんなのだこれは悪夢か……なんでワシが必死で集めた美術品が壊れ、ここまで大きくしたセラフィア教の本部がボロボロになっておるのだ……」


 膝をガクガクさせて惨劇を見るゲンナディーの耳に階段をコツコツと下りてくる音が響く。この混乱に置いてそのリズムは静かでいて力強く、どこか神々しさも感じさせる。


 ゲンナディーをはじめ、数人の人がその音に気付き、上を見上げると階段から凛とした表情の聖女セシリアが下りてくるのが見える。

 階段を下りてくるだけなのにどこか気品と気高さを感じてしまう、セシリアは紫の瞳に宿る光で広場を見下ろすと手を前に差し出す。


「グランツ!」


 階段を淡々と下りながらセシリアが声を上げると、兵の頭の上でバサバサ羽ばたいていたグランツが光と姿を変える。

 光はセシリアへと吸い込まれると、セシリアの背中から光の粒子が飛び散り翼の形を作ると真っ白な翼へと姿を変える。


 大きく開いた翼を畳み静々と階段を下りるセシリアの姿は大広間に飾られるセラフィアの像と重なる。その見た目にゲンナディーも含めみなが釘付けになってしまう。

 階段の途中で足を止めたセシリアは右手を横へ伸ばすと手を開く。


「シャルル!」


 セシリアの呼びかけに答え紫の稲妻が天から落ちる。


 パラパラと天井から落ちる破片と大きく空いた穴から太陽光が降り注ぐ。その神々しい光を浴びるセシリアの右手には聖剣シャルルが握られている。


「ゲンナディー」


「は、はい」


 セシリアは聖剣シャルルをゆっくり抜きながらゲンナディーの名を呼ぶと、ゲンナディーは思わず返事してしまう。

 ゲンナディーが抜こうとしても全く抜ける気配のなかった聖剣シャルルは、聖女セシリアの手によってあっさりと抜かれ煌々と輝く美しい全貌を見せる。


 眩い紫の光を放つ聖剣と大きく翼を広げた聖女セシリアの前に先ほどまでの混乱は治まり、みな聖女セシリアを見つめている。


「あなたはやりすぎました」


「な、なにをっ」


 セシリアが聖剣を真横に振り抜くと紫の斬撃が走り壁が吹き飛ぶ。


「なにを? 自分の胸に聞いてみなさい」


「は、はひっ」


 聖剣の威力もさることながら、静かに語りかける聖女セシリアのギャップがもたらす威圧感にゲンナディーは座り込んでしまう。


「このセラフィア教をあなたごと吹き飛ばすことなど容易いのですよ。それをしなかったのは私の慈悲。それにも気づきませんか?」


 聖女セシリアがゲンナディーを澄んだ瞳でにらむと、ゲンナディーが震え始める。


「あ、あなたはまさかっ! そ、そんなことって……」


 聖女セシリアは翼を広げ階段から飛び下りゲンナディーの前に静かに着地すると、聖剣シャルルの剣先をゲンナディーの首筋に当てる。


「ひいいっ」


 そのまま聖剣シャルルを首からゆっくり離し床に突き立てると、セシリアは涙目で顔を歪ませるゲンナディーの胸ぐらを掴む。


「あなたみたいな子は……」


 聖女セシリアが手を上げるとゲンナディーがギュッと目をつぶる。


 ぺしっ!!


「人に迷惑ばっかりかけて!!」


 聖女セシリアがゲンナディーの頬を平手打ちする音が響く。


 ぱしっ!!


「恥ずかしいと思わないのですか!!」


「ごめんなさい、ごめんなさい」


 ぺちっ!!


「謝って済む問題ですか! セラフィア教の教えを忘れたのですか!」


「う、うぅぅ、だって、だって」


「だってじゃありません!!」


 ぺしん!!


 神々しく現れた聖女セシリアが何をするかと思えば、教祖を平手打ちして怒り始める。

 なんなのだこれはと、なにが起きているのだと、先ほどまでとはまた違った混乱が信者や兵の間で広まる。


「反省なさい!」


「う、うえ~ん。ごめんなさい、ごめんなさい。セラフィアさまぁ~全てボクが悪いんですぅ〜。全部話します、懺悔(ざんげ)いたします〜」


 床に臥せて泣き始めるゲンナディーが叫んだ言葉にみんなが目をまるくして聖女セシリアを見る。


「今の私は聖女セシリア、あなた方の言うセラフィア様ではありません。ですが、あなた方も迷える者たちというのであれば私は導きましょう」


 聖女セシリアは近くにいた信者の男に手招きをする。信者の男は驚いた表情をして周りをキョロキョロ見渡すが、すぐに聖女セシリアのもとへ小走りで走る。


「あなたの罪を言いなさい」


「わ、私の罪ですか!?」


「そう、あなたの罪です」


 信者の男は焦りながら床で伏せて泣くゲンナディーを見て意を決したように頷き聖女セシリアに向き合う。


「私はゲンナディー様がどうしても欲しいとおっしゃった美需品を値切るために、指示されたとはいえ店主に文句をつけ値下げし購入してしまいました」


「そうですか……」


 聖女セシリアは静かに微笑み頷く。信者の男も懺悔(ざんげ)できて胸のつっかえがとれたのか、胸をなでおろし清々しい表情を見せる。


 ぱしっ!!


「あなたバカですか! 今すぐに店主に謝って来なさい! お金もキッチリ払いなさい!!」


「ひっ! ご、ごめんなさい! い、今すぐ行ってきます!」


 いきなり平手打ちされ怒られた信者の男は頬を押えながら、聖女セシリアにペコペコ頭を下げると慌てて出て行く。


 その姿を見送った聖女セシリアが別の兵に手招きをする。


「あなたの罪を言いなさい」


「は、はいっ。実は私……」


 ぺちぃー!


「次、そこのあなた」


「はい、私は──」


 ばちぃ~!


 しばらく響く平手打ちの音と、懺悔の数々。


 ──これなんなの? 本当にこれでうまくいくわけ??


 聖剣シャルルの指導のもと行われるこの行為に疑問を感じながらアトラの影でコーティングした手のひらで平手打ちを続けるセシリア。

 その横で床に刺さった聖剣シャルルは満足そうにカタカタと音を鳴らす。


『セラフィアの大天使の息吹が発動する技は『聖魂注入(せいこんちゅうにゅう)

 平手打ちと叱咤激励(しったげきれい)の大いなる慈愛によって気合を入れる技の効果はデッキ上にある全てのカードのステータスを上げるだったか。暗殺者の男に聖典を調べさせて思い出せた』


 聖女による聖魂注入(せいこんちゅうにゅう)はゲンナディーをはじめ信者のみなさまにも平等に行われ、注入された人たちは憑き物が落ちたように清々しい表情となって、頬を押さえながら素敵な笑顔でお礼を述べていくのである。


 そしていつの間にか自分の前にできる、うきうきで自分の番を待つ聖魂注入(せいこんちゅうにゅう)希望の人々の長い列を見てセシリアはうんざりするのである。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] デッキ? カード? ステータス? まるで世界がカードゲームのような…? [一言] 悪い子はお仕置きよ!なノリ、ウケるw w w でも、この調子だとセシリア=セラフィアって図式が完成す…
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