第60話 聖剣シャルルのスキル
ゲンナディーは信者たちによって運ばれてきた聖剣を、テーブルの上に置くように指示し部屋から追いだすとニタニタと笑みを浮かべながら聖剣を眺める。
「うほほほっコレが噂の聖剣か。なんとも美しいものだ」
ゲンナディーは手をワキワキさせながら聖剣シャルルを舐め回すように見る。
『気持ち悪っ』
まさか聖剣がそんなことを言ってるなど知るよしもないゲンナディーは手を伸ばすと聖剣シャルルを手に取る。
「ほほぉっ~これは立派な鞘だのぉ。この紫の宝石も価値がありそうだ。ん? 抜けんのか? なにかコツがあるのかもしれんな。まあ、後であの女に聞けばいい」
鞘についている紫色の宝石を撫でると鞘から抜こうとするが、抜くことができず不思議そうに聖剣を回して一通り見た後すぐに諦める。
「ふむふむむふふぅ、この剣の使い方さえ分かればワシのセラフィア教をもっと大きくできる。むはははぁっそのためにも聖女とやらに色々と聞かねばならんなぁああぐふふふふっ」
ゲンナディーは気色の悪い笑みを浮かべながら聖剣に頬擦りをする。
「ペットの鳥を丸焼きにして目の前で食ってやる。悲しんで涙する聖女の顔を想像するとぞくぞくするわ。その後無理矢理押し倒してあの肌を舐め回すかのぉ、おっと想像するだけでヨダレが垂れるわ」
ぐふふと笑いながら垂れるヨダレを袖で拭うと聖剣をテーブルに伏せて上に置いて見下ろす。
「聖剣用の置き場も作らんとな。聖女も手懐けなければいかんし忙しくなるぞおぉぉ」
腰を振りながらテンション高い声を上げるゲンナディーを、テーブルに横たわる聖剣シャルルは冷ややかに見ていた。
聖剣シャルルは触る人を選んでいる。もちろん今はセシリアの物なので、基本セシリア意外は触らせず魔力で弾く。
例え触れても鞘は抜かせないわけだが、今回ゲンナディーに触らせたのには意味がある。
『なるほどな……コヤツからは魔族の痕跡は感じられん。ということはこの騒動はコヤツ自身の私利私欲というわけか』
聖剣シャルルの持つスキルは『鑑定』これは自分に触れた相手のデータを読み取ることができるスキルである。
ただし触れている間のみスキルは有効であり、それも一気に情報を知れるわけではなく触れている時間が長いほどより多くのデータを得ることができる。
此度はゲンナディーの情報を得るため嫌々触れさせたのだが、まさか頬擦りまでされるとは思っておらず、得られた情報もおっさんのプロフィールだった聖剣シャルルのテンションはかなり低くい。
魔族が関与していないという情報は得られたのだが、メンデール王国で起きたアトラの『魅了』による騒動の裏にいた人物に繋がると思っていたが、ただの私利私欲からくる行動であり外れだったことになる。
『魔族が関わってないとなると、暗殺者と冒険者ナンバー2のヤツをけしかけた理由は単純にセシリアを消すだけのも……ふむ、ここはもう少し考えるとして、この状況を利用するには単純に倒して終わりにするには弱いな』
聖剣シャルルは持ち主であるセシリアが近くにいないと自ら動くことも出来ず、多くの魔力も集められない。僅かに集めれる魔力と蓄えている魔力によって触る人間を弾くことしかできない無防備な存在である。
ゆえに生きるために状況を把握し適切な判断をするために思慮深くなる。ただの変態ではないのである。
ドンドンドンッ!
ゲンナディーの部屋のドアが激しく叩かれる。
「なんだどうしたぁ?」
「た、大変です!」
不機嫌そうに答えるゲンナディーにドアの向こうから聞こえてくる男の声には焦りが感じ取れる。
「騒々しい、入って報告しろ、あ?」
渋々答えるゲンナディーの言葉を受け、ドアが開くと信者と思わしき男が入ってきて息を切らしながら口を開く。
「た、大変でございます。鳥が、鳥が逃げ出し暴れ回っており怪我人多数。備品や美術品にも被害が及んでいます」
「あぁ? 美術品に被害だと? 鳥ってのは聖女が連れてたあれか? ったく案内しろ。早くしろ! あ?」
「は、はひぃ!」
ゲンナディーに蹴られ、よろけながらも信者の男はゲンナディーの前に出て案内を始める。
ブツブツ文句を言うゲンナディーが外に出るのを聖剣シャルルを見送る。
『グランツは上手くやっているようだな。アトラの方も問題ないだろうが、さて我を迎えに来てもらう為にも……ん?』
ゲンナディーたちが騒々しく出て行った後、訪れた静けさの中を音も立てずに天井から降りて現れた人物を聖剣シャルルは見つける。
『アヤツは確かセシリアを狙った暗殺者か』
深く被ったフードの下から傷のある顔を覗かせると何やら探し始める。
「ちっ、コイツが裏で何をやっているか証拠があればと思ったが……」
机の引き出しを開け小さな声で呟く傷のある男の言葉を聞き聖剣シャルルは考える。
『ふむ、ゲンナディーの悪行を探して世間に晒そうという算段か……。まあそれもいいが、それよりも使えるものは使う主義でな』
聖剣シャルルはテーブルの上で魔力を放ち空気中に紫の電流を走らせる。
「なんだ? これは聖女の持っていた聖剣……つっ!」
傷のある男が聖剣シャルルに手を伸ばすが手は触れる前に弾かれる。
「なんだか建物内が騒がしいと思ったが、聖女に何かあったわけか。……聖女をここに連れてくればいいのか?」
傷のある男が尋ねると聖剣シャルルは紫の電流をドアの方へ伸ばす。
「当りか? 聖女にお前の場所を教えればいいわけだな。それくらいは役にたとう」
傷のある男の言葉に聖剣シャルルはバチっと魔力を放って答える。
「まるで意志があるみたいだな。待ってろすぐに連れてくる」
部屋のドアのカギを開けると廊下へと傷のある男は消えていく。
***
セシリアはアトラのおかげで何の苦労もなく地下牢から出ると、セラフィア教会の本館へと侵入する。
「多分こっちにグランツがいる気がする。シャルルも僅かだけど感じられる」
『早く合流したいところなのじゃ』
「それにしてもなんだか騒がしいね」
入ってすぐに建屋のなかが騒々しいことに気が付いたセシリアは、廊下の角から広間を覗き見る。
バタバタと網を持って走る人たち、壊れたツボや絵などが散乱し折れた矢が壁に刺さり、怪我をしたのか卵まみれの人が励まされながら肩を貸されて運ばれていく。
裂かれたカーテンや割れた窓、割れた卵が散乱する地獄絵図が目の前に広がる。
「なんだこれ?」
『おそらくグランツ先輩の仕業じゃろうな。ここは一旦混乱に乗じてシャルル先輩を見つけた方がいいかもしれんのじゃ』
「う~ん、そうだね。グランツにはも少し頑張ってもらおうかな」
騒ぎの中心にいるであろうグランツにこの場を任せ、先に聖剣シャルルを探しにいくことにしたセシリアは隠れながら先へ進む。
多くの人が騒ぎに向かって出払っているおかげで、閑散としている廊下をセシリアは一応警戒しながら歩く。
だが全員いなくなったわけではない、こそこそ歩くセシリアの目の前でタイミングよくドアが開くと二人の兵が部屋から出て来る。
「あ?」
「え?」
セシリアと兵の目が合いお互いが短く驚きの声を出す。セシリアが逃げようと後ろに下がり、アトラが影の中で身構えたときだった。
「うっ」
「あっ」
二人の兵が白目になって短い声を上げ崩れ落ちる。倒れた兵たちの後ろから傷のある男が姿を現す。
「あなたは……」
「俺のことはどうでもいい。それよりもこっちへ来い。お前の聖剣が待っている」
背中を向けてついてこいと言う傷のある男の登場に驚きつつも、案内するという好意を信じついて行くことにしたセシリアは笑顔で返事をする。
「はい、ありがとうございます」
人に感謝されることに慣れていないのもあるかもしれないが、セシリアのお礼を受けて傷のある男は背中をむけたまま黙って歩くが、その表情がいつもの険しさが和らぎ頬が少し赤くなっていることに本人も気付いていなかったりする。